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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
165/398

信じられない……

 シャルロッタとエレーナが転倒した時、下位の順位を単独で走っていた愛華は、メインストレートでイエローフラッグが振られているのを目にした。


 1コーナーでアクシデントがあったみたいだ。イエローフラッグは追い越し禁止だから、密集している時にはペースが落ちるけど、独りで走っている時には差を詰めるチャンスだ。コース上に危険がないか注意しながら、ペースを落とさないように1コーナーに向かった。


 そのコースサイドで、シャルロッタが係員に羽交い締めにされながらも足をばたつかせ、フレデリカにサンドトラップの小石を蹴りかけている姿が目に入った。

 コースマーシャルが移動させているバイクは三台。フレデリカのヤマダとシャルロッタのスミホーイ、もう一台はエレーナのスミホーイだ。

 エレーナの姿を確認出来ずに通り過ぎたが、担架のようなものが見えた気がする。バイクを停めて確かめたい衝動に駆られたが、レースを放棄出来ない。


 友だちや多くの人たちが自分のレースを観にわざわざ来てくれている。入賞の望みがなくなっても、その人たちを裏切れない。エレーナさんなら最後まで責任を果たせと言うにちがいない。


 愛華は自分が駆けつけても状況は変わらないと言い聞かせ、心配を堪えて走り続けた。






 二転三転するレースに興奮していた観客も、シャルロッタとエレーナのリタイアによって一転、レースの行方に興味を失ったかのような雰囲気が立ち込める。場内のアナウンスは、1コーナーで三人が転倒リタイヤしたとしか伝えていない。

 独走に入ったバレンティーナも、ハイパワー故に終盤タイヤがダレてペースがガクッと落ちた。


 そのバレンティーナを、シャルロッタとエレーナがリタイアした事を知ったスターシアは、ぎりぎりの燃費を計算した完璧な走りで追いつめると、観客の興味は再びレースに向けられた。

 スターシアはゴール手前でバレンティーノをかわし、日本のレースファンに容姿だけでなく、ライディングの美しさでも魅了し、今季初優勝を飾った。

 どちらかというと色物的な紹介をしていた一般のマスコミと、そのように見ていた一般人に、スターシアの実力とプロフェッショナルの仕事を魅せつけ、Motoミニモの見方を変えさせるには十分な見せ場を作ったと言えよう。


 バレンティーナ同様、後半ペースの落ちた他のヤマダ勢を抜いて三位表彰台に入ったのは、意外にも三大ワークス以外のチーム、アフロディーテのアンジェラ・ニエトだった。ラニーニもチーム一丸となって表彰台まであと一歩というところまで迫ったが、僅かにアンジェラに届かなかった。



 愛華は結局17位でレースを終え、ピットに戻り、ミーシャにマシンを預けると真っ先にエレーナの事を尋ねた。

「エレーナさんとシャルロッタは、医務室に運ばれた。ニコライさんが行ってて、今、シャルロッタの怪我は大したことないって連絡があった」

「シャルロッタさんは元気に暴れてたの見ました!それでエレーナさんは?」

 ミーシャがエレーナの事を言わないのがもどかしい。嫌な予感が胸をよぎる。

「転倒したところにフレデリカのバイクがぶつかったんだ。咄嗟に蹴飛ばしたみたいだから、脚は骨折したけど直撃は逃れたようなんだけど……、まだ意識を失っているらしくて、なんとも……」


 意識を失っている?あの不屈のエレーナさんが……。

 頭の中で、悪い考えがどんどん膨らんでいく。

 ピット上のテラス席で観戦していた智佳たちも深刻な顔つきでやって来た。

「あいか!エレーナさんは大丈夫?」

「それが……、よくわからないんだけど、まだ意識が戻らないらしくて……」

「ええっ、まさか?」

 智佳の顔色が、一層深刻さが増した。

「なに?どうしたの?」

 愛華が尋ねると、口ごもりながら智佳は答え始めた。

「えっと……上から見えたんだけど、ヘリポートのヘリコプターに、操縦士みたいな人たちが乗り込んで、飛び立つ準備してるみたいだったんだけど……」

 最後まで聞かずに、愛華は革つなぎにブーツのまま、医務室に向かって走り出していた。


 緊急救命用のヘリが飛び立つ理由は一つしかない。GP専属のレース外傷専門のドクターも来ており、ちょっとした町の医院より設備の整っているはずのサーキットの医務室でも対応出来ないほど危険な状態だと意味している!


 決勝を終えたばかりのMotoミニモの関係者とこれから決勝が始まるMotoGPの関係者で、パドックは慌ただしかった。その人混みの中を、愛華はライディングブーツのまま、バタバタと走った。すぐに智佳が追いついて、人混みを掻き分けてくれた。レーシングウェアを着ていたおかげで、誰も文句を言わない。GPに携わる者なら誰もが、エレーナを心配していた。


 医務室の外には、よく見知っているジャーナリストが数人立っていた。彼らが外にいるのが、事の深刻さを物語っているようで怖い。

「すいません!ちょっと通してください」

 愛華が建物の中に入ろうとすると、フランス人のカメラマンが呼び止めた。

「ノン、今は入らないほうがいい」

 ドアに手をかけたまま振り返ると、他の人たちが無言で首を横に振る。悪い予感が確信へと変わっていく。

「そんな……わたしが呼び掛ければきっと!」

 愛華はカメラマンの制止を振り払って、中に飛び込んだ。

「いや、そうじゃなくて、中は今、とっても危険な状態なんだけど……」

 ジャーナリストたちは、もう一度首を横に振った。


「ぎゃーっ!エレーナさま~ぁ!」

 シャルロッタの悲鳴が聞こえる。エレーナの傷ついたヘルメットが廊下の椅子の上に置かれている。

(嘘だ!エレーナさんは絶対に、絶対に不死身なんだから!)

「エレーナ様!脚折れてるんだから、乱暴はやめて!」

(えっ?)

 愛華は半泣きで処置室のドアを開けると、そこには下着姿に首と左足にエア式の応急固定具をつけたエレーナが、床に這いつくばるシャルロッタを馬乗りになってボコっていた。


「どうしておまえがここにいる!?レースはどうした?まさか投げたんじゃないだろうな!」

「落ち着いてください、エレーナ様!転倒でマシンは大破、あたしも重症を負って救急車で」

「嘘つけ!気を失う瞬間までおまえを見ていたぞ。バイクはきれいに路面を滑っていた。サンドトラップで止まってダメージはそれほどなかったはずだ。そうだろ?ニコライ」

「えっ、ええ、まあ……」

 突然振られて、エレーナを止めようとしていたニコライは、曖昧に頷いた。

「おまえの体もぴんぴんしている」

「いえ、エレーナ様に殴られて大ケガですって!」

「どこが大ケガだ?望み通りにしてやるか?」


「えっと、一体これは……?」

「アイカ!見てないで助けて。エレーナ様に殺される!」

 愛華に気づいたシャルロッタが助けを求めてきた。


 状況が把握できないが、とりあえずエレーナさんは大丈夫そうだ。しかし医務室で暴れるのはまずい。ニコライさんが抑えようとしているが、エレーナさんの怪我に気を使って、しかも下着姿のエレーナさんに遠慮してしまって強く体を掴めないみたいだ。ドクターもナースも、部屋の隅に避難している。


「トモ、手伝って!」

 愛華は智佳に応援を頼んで、エレーナの体に抱きついた。智佳もエレーナの後ろから脇に手を回して羽交い締めにする。怪我してるのに凄い力に驚く。

 愛華と智佳に気づいたエレーナは、ようやく落ち着いてくれた。


「一体どうなっているんですか?エレーナさん意識不明だって聞いて飛んできたのに」

 愛華は少し怒りを含ませて三人に尋ねた。

「意識不明で危険な状態だったのは本当だけど、ちょっと前に意識が戻って、その後のレース展開を聞いたら突然シャルロッタに怒りだして、ご覧の通りだよ」

「レース結果に怒っているんじゃない!このバカが大事なレースを放り出してフレデリカと喧嘩していたからだ」

「わたしは喧嘩なんてしてませぇん。抗議してたんですぅ!それもエレーナ様を思って」

「私を思うならエースとして責任を果たせ!私はおまえに心配されるほど落ちぶれておらんわ」

「ずっと気絶してたくせに!」

「おまえも眠らせてやるわ!」

「あたしはゾンビみたいに蘇ったりできませんから」

「ちょうどいい。永久に眠らせてやる」

 ニコライの説明にエレーナとシャルロッタがまた掴みかからんばかりの言い合いを始めた。外でカメラマンの人が入らないほうがいいと言ったのは、このことだったのか……。


 要するに、シャルロッタさんが再スタート出来るのに、レースそっちのけでフレデリカに食ってか掛かっていたのを意識の戻ったエレーナさんが知って、シャルロッタさんをボコっていたらしい。


 シャルロッタが自分のことよりエレーナを思って、フレデリカに怒ったのは、愛華にも理解できる。

 エレーナにすれば、自分の事よりもレースを優先すべきだったと言いたいのだろう。


(止まらなくてよかった)

 エレーナのバイクが運ばれているのを見た時、愛華も止まって確かめたい衝動に駆られたのを思い出した。

 もし自分がシャルロッタの立場だったら、同じようにしたかも知れない。

 なんにしても、愛華が心配した最悪の事態とは違っていたらしい。

 ほっとしたら力が抜けてきた、と同時に、なんだか心配して損した気分だ。まったく、信じられない人たちだ。


 力強いロシア国歌が聞こえてきた。エレーナが心配で忘れていたが、表彰式をやっている頃だ。

「そう言えば、スターシアさんが優勝したんでした!みんなここにいたら、スターシアさん拗ねちゃいますから、わたし祝福してきます。エレーナさん、あんまり暴れないでください」

 愛華は智佳と出て行こうとする。

「ちょっと待って。あたしも行く!」

 シャルロッタもエレーナから逃げるようについてきた。

「おまえにはまだ話があるぞ」

「エレーナ様はおとなしく寝ててください。トモカ、行くわよ」

 シャルロッタは振り返って言うと、向き直って舌を出した。智佳を強調するすることで、エレーナが自制するのを計算している。まあ愛華も、エレーナには説教より安静にしていて欲しかったので、シャルロッタを連れて医務室を出た。


 最終戦にエレーナが出場出来るか心配だったが、今は考えたくない。暴れるほど元気であるだけで、今はうれしい。

 愛華とシャルロッタは、同じことを思っていた。


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[一言] 鉄人だあ〜!
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