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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
164/398

運命は浮気者

 S字のコースサイドにラニーニと愛華を見た時、シャルロッタは怒りに震えた。


「な、なにやってるのよ、そんなとこで!」

 シャルロッタは、今日のレースでラニーニより先にゴールすれば、チャンピオンが決定する。しかしそれは、どんな勝ち方でもよい、ってものではない。


 グランプリの歴史に燦然と輝く、カルロタ・デ・フェリーニの、記念すべき初タイトルの瞬間なのに!

 もっと感動的じゃなくっちゃならないはずなのに!こんなの許さないから!


 スタートで出遅れ、ラニーニに先行を許した、そこまではいい。これから劇的な逆転優勝を遂げて、チャンピオン獲得を飾るつもりだったのに……、


 よりによって、トップのままアイカと揃ってコースアウト?

 ちょっとアイカ、あんたもなにやってんるのよ?!あんた、そいつと友だちでしょ?ちゃんと面倒見てなさいよ、誰が転ばせって言ったのよ!


 愛華とラニーニが、どうやってコースアウトしたか、詳細はわからない。しかし、この事実だけを見れば、幸運(ラッキー)によってチャンピオンが確定したみたいだ。絡んだのがアシストの愛華という事で、もしかしたら疑惑の目が向けられるかも知れない。


 そんなの絶対に許さない!こうなったら、ヤマダのカメどもを全部ぶち抜いて、ラニーニがコースアウトしなくたって絶対敵わなかった、って全世界の人がわかるぐらいの大差でフィニッシュしてやるわ!


 シャルロッタは、エレーナとスターシアの間から飛び出した。

 


 シャルロッタとは逆に、ラニーニと愛華が脱落した事で、冷静さを取り戻したバレンティーナは、ケリーの指示を訊き入れ、マリアローザ、琴音を含めた四人で隊列を組んでいた。フレデリカは一番後ろにいたが、先頭交代にも加わらず、単独で着いているだけ、という感じだ。

 そのフレデリカを、シャルロッタはあっさり抜き去り、ヤマダの隊列を蹴散らすように飛び込んで行く。

 エレーナとスターシアの緻密なチームワークに備えていたケリーは面食らった。

「マリア、バレと逃げて!コトネは私とコイツを抑えるわよ」

 バレンティーナとマリアローザはすぐに行動に移ろうとしたが、一番前にいた琴音には、ケリーの怒鳴るような英語が聞き取れなかった。

 何かが起こった事はわかったが、確認しようと後ろを振り返ろうとして、バレンティーナたちの抜け出しを邪魔する形となる。

 混乱するヤマダの集団に追い討ちを掛けるかのように、もう一人が飛び込んで来る。


『ヒャッホー!ようやく来たわね!あんたが来るのを待っていたんだから!』

 一旦抜かれたフレデリカが、シャルロッタを追って、自らのチームの混乱を助長させる。ここまで大人しくしていたのは、シャルロッタとのバトルを待っていたからだ。チームとして動くつもりはおそらく元からない。


「シャルロッタ!落ちつけ」

 エレーナは呼び掛けながらも、今のシャルロッタが聞くとは思ってない。

 シャルロッタの気持ちは、理解出来なくもない。こんな形でのタイトル決定は、エレーナとて不本意だ。しかしそれがグランプリというものだ。


 愛華とラニーニが、どのようにしてコースアウトしたのか、エレーナにもわかっていなかったが、純粋なレーシングアクシデントだったと確信している。あの二人が故意にぶつけ合ったとは考えられない。

 偶発的なアクシデントや疑惑を持たれるような行為によってタイトルが決まってしまう事は、これまでもあったし、これからもあるだろう。運命の悪戯としか思えない事態でタイトルが決まってしまうのは、決して珍しくない。


 シーズン終盤に来て、リザルト上はストロベリーナイツが圧倒していた。しかしエレーナは、何かしっくりこないものを、ずっと感じていた。

 シャルロッタの重圧。過剰な取材。ネットを騒がす愛華の移籍話。それぞれ手を打って収めてきた。それでもスタートから波乱続きだ。愛華とラニーニが絡んで転倒するというのも、普通ではない証拠だ。まだまだ波乱の予感が立ち込めている。


 ────レースの神様は、まだまだ遊び足りないとみえる。


 エレーナは神の存在を信じている。信じてはいても、理不尽な意思に従うつもりはない。


 ────運命を選択するのも責任を負うのも人だ。


 もうシャルロッタを止める事は困難だろう。ある意味彼女なりに運命に挑んでいると言える。確実に勝てる方法はあったが、もうこうなってしまえば、シャルロッタに突破させ、思う存分独走させるしかなくなった。


「シャルロッタをガードする。スターシア、バックアップを頼む」

「わかりました」

 シャルロッタとフレデリカの間に割って入るのは、エレーナとて楽な仕事ではない。浮気者のレースの神が、スターシアの美しさに魅入られてくれることを祈った。魅了されないなら、力づくで従わせるしかない。

 


 

 一旦はセカンドグループの後ろまで落ちたブルーストライプスだったが、2周ほどで集団の先頭まで順位を上げて来ていた。しかし、トップグループとの差は、残り6周で追いつける距離ではない。トップを争う集団の中は、これまで以上に混戦になっていたが、駆け引きのないラストスパートに入っている。

 バレンティーナは必死に逃げ、シャルロッタはガードするケリーと琴音などお構い無しに追いつめて行く。そのシャルロッタを追いかけるフレデリカとエレーナ。愛華とラニーニのように、互いに高め合うのではなく、エゴ剥き出しの自分勝手な走りをしているのだが、それでいてペースは恐ろしく速い。


 バレンティーナをアシストしていたマリアローザが、徐々にそのペースについて行けなくなっていた。

 単独になったバレンティーナに、シャルロッタが襲い掛かろうとした時、先にフレデリカがそのラインに入った。

「なに、あんた!邪魔するんじゃないわよ!」

 後ろなど、まったく気にしていなかったシャルロッタは、危うくぶつかりそうになった。

 シャルロッタは威嚇するようにバイクをフレデリカに寄せるが、フレデリカも避けるどころか、尚も寄せて来る。互いにぶつかる寸前まで譲ろうとせず、揃って窮屈なコーナーリングを強いられる。


 シャルロッタとフレデリカは、同じ部類のライダーだ。バイクの性能を含めたトータルの二人の競争力は、ほぼ同じと見ていい。しかし、相性が悪すぎる。そもそもスミホーイとヤマダでは、マシンの方向性がまったく違う。

 コーナーリングスピード重視と加速重視。コース幅目一杯使って、スピードを保ったまま大きな弧で曲がるスミホーイと、速度を落として小さく曲がり、豪快に加速するヤマダ。周回ペースは然程違わなくても、タイムの詰め方がまったく違う。

 特にスミホーイにとって、競り合いでは分が悪い。

 他の連中ならともかく、相手はシャルロッタと同レベルの才能を有するフレデリカだ。

 シャルロッタは当然負けるとは思っていないし、フレデリカがリベンジしたいなら何度でもつき合って、返り討ちにしてやりたいところだが、今コイツと遊ぶつもりはない。

 今、シャルロッタにあるのは、圧倒的な差をつけて優勝する事だけだ。


 高いコーナーリングスピードを活かして、一気に振り切ろうとするが、立ち上がりで並ばれてしまう。モテギのようにコーナーとコーナーを、短い直線で結んだ区間の多いレイアウトでは、なかなか振り切れない。コーナーが連続する区間でも、先に入られると、速く走れるラインを塞がれ、速度を落としてしまうとどうしようもない。

 二人のラップタイムが落ち、その隙にバレンティーナが独走に入ろうとしていた。

 観てる者にとっては、コーナーではシャルロッタの方が明らかに速いのに、バイクの性能でフレデリカがつきまとっているようにも見える。実際、走っているシャルロッタにすれば、フレデリカが執拗に絡んで来てるとしか思えない。

「鬱陶しいわね!あんたと遊んでる暇ないんだから、引っ込んでなさいよ!」

 シャルロッタは拳を突き上げて怒鳴った。

 それでも尚フレデリカは怯まず、バレンティーナを逃がす為に故意に妨害しているようにも見えるほど、執拗に絡んで来る。


「シャルロッタ、そいつに構うな!」

 苛立つシャルロッタに、エレーナが呼び掛ける。闘志が燃え上がるのはよいのだが、イライラと興奮は危険だ。一旦は脱落していたマリアローザたちまでもが、再び迫って来ていた。

「あたしじゃなくて、コイツがしつこいんです!」

「私とスターシアでそいつを封じる」

「こんなヤツにエレーナ様とスターシアお姉様の手を煩わせなくても、って言いたいところだけど、早くバレンティーナをぶっちぎってやらないと気がすまないから、お願いします」

 珍しく素直に従った。


 仕掛けたのはダウンヒルからフルブレーキングの90°コーナー。そこからメインストレートまでコーナーが連続する。その区間で差をつけ、メインストレートを三台のスリップストリームで引き合えば、さすがのヤマダパワーでも簡単には追いつけないはずだ。フレデリカにはスリップを使い合うチームメイトがいない。


 ブレーキングでリアを振るフレデリカのインを、スターシアが刺した。フレデリカは一瞬慌てたようだったが、コーナーでスターシアを相手にする気はないらしい。更にエレーナがフレデリカの前に入り、シャルロッタを先行させた。

 90°コーナーの立ち上がりをエレーナに抑えられたフレデリカは、抜き返せないままトンネルを抜ける。すぐに左コーナーが続き、切り返してのタイトな30Rの最終コーナーを立ち上がる頃には、三台から引き離されていた。


 メインストレートに入り、三台のスミホーイは先頭交代しながら駆け抜けて行く。フレデリカもフルスロットルで追い、徐々に差を詰めて行く。琴音とマリアローザがフレデリカに追いつこうとしているが、彼女に待つ意思も余裕もない。二つのコーナーが連続して回り込む第1、第2コーナーは、ヤマダの苦手とする区間だ。ここで取り逃がすと、三人に追いつくのは難しくなるだろう。


 邪魔する者のいない1コーナーを、スターシアが綺麗に進入して行く。その後ろにシャルロッタがぴったりと続き、しんがりをエレーナが勤める。


 愛華はいないが、ストロベリーナイツ必勝の布陣だ。この三人にとって、単独のバレンティーナなど敵ではない。エレーナとスターシアの燃費が最後まで保つかは不安だが、それまでにはシャルロッタがチャンピオン街道を独走しているだろう。

 最後まで気を緩めることなく、!

 フルバンクさせたエレーナのマシンが、突然後ろから弾かれた。エレーナはバイクから落とされ、路面に叩きつけられる。

 フレデリカがオーバースピードで1コーナーに入り、エレーナに追突したのだ!

 悪い事に、弾かれたエレーナのバイクが、前にいたシャルロッタにもぶつかる。

「くそっ!」

 路面を滑りながら自分のバイクが、シャルロッタを払い倒すのを見たエレーナは、シャルロッタと彼女のバイクのダメージが少ない事を祈るしかない。

 止まったらすぐにシャルロッタを再スタートさせるために、出来るだけ同じ方向に滑り込もうともがく。コースから飛び出したところで、体がころころ転がる。回転しながらエレーナが目にしたものは、ぶつけたフレデリカのヤマダYC213Vが、バウンドしながら自分に向かって来る光景だった。避けようとするが、転がるのが止まらない。


 強い衝撃と共に、エレーナの意識が途切れた。


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[一言] うわ、最悪‼︎
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