バトルロイヤル
トップグループは、ストロベリーナイツとブルーストライプスのライダーすべて、それにヤマダの主力ライダーまで揃っていた。
三チームの主要ライダーが揃ってポジションを奪い合う展開は、これまでにもあったが、それまでとは激しさが違っていた。序盤からどのライダーも、フル戦闘モードに入っている。
三大ワークスの総力戦、と言うより、ジュリエッタのサテライトチーム、アフロデーテのアンジェラ・ニエトを含めた14人が入り乱れた、バトルロイヤルと言った方が相応しい状況だ。トップグループの中で、チームワークと呼べる連係した動きが出来ているのは、エレーナとスターシア、ハンナとナオミの二組ぐらいだ。それも両チームのエースが、集団の先頭と最後尾に孤立しているという特殊な状況の中で、である。
フレデリカを使ってシャルロッタ愛華コンビに対抗しようとしていたラニーニも、思わぬ展開に最初は戸惑った。
シャルロッタとフレデリカがスタートで出遅れて、前にいるのは親友の愛華一人だけ。勿論親友と言えどレースではライバルだ。問題は愛華をパスして逃げ切りを計るか、ナオミやハンナたちと合流するか?おそらく愛華はシャルロッタが追いつくまで、レースペースを抑えるつもりだろう。
────アイカちゃんをパスできても、逃げ切るのは難しいかも知れない……
後ろには、GPの歴史に名が刻まれるような人たちが揃ってる。逃げ切れる可能性は低い。ハンナさんたちを待って、それから動いた方がいいのかも知れない……。
しかし、ダウンヒルストレートでラニーニの迷いは吹っ切られた。長い下りの直線を、圧倒的パワーでエレーナたちを抜き去ったバレンティーナとフレデリカは、ラニーニにまで並んできた。
速度が速い分だけ90度コーナーへの進入でハードブレーキを余儀なくされ、姿勢を乱した二台は再びエレーナとスターシアの後ろまで後退したが、ハンナたちを待っている余裕がないのを思い知らされた。コーナーで牽制し合っていては、立ち上がり加速に優れるヤマダの思う壷だ。
最終戦に望みを託すには、どうしてもこのレースを制しておきたい。邪魔するなら、愛華でも容赦しない覚悟を決めた。
パワー差を、コーナーリングスピードで補いたいのはスミホーイも同じだ。しかしこれだけ密集した集団では、思うようなラインをとれない。
『アイカ、ハイペースで引っ張って、余計な連中をふるい落とせ』
ラニーニが逃げれるだけ逃げようと決めたのと同じタイミングで、エレーナも愛華に指示を出した。
「でもシャルロッタさんが……」
愛華は集団最後尾にいるシャルロッタが気になった。自分たちの目的は、シャルロッタを勝たせることだ。先頭がペースを上げれば、ますます追いつくのが困難になる。
『ちょっとあんた、誰の心配をしてるの?あんたのせいで渋滞してるから走りつらいのよ。いつまでも通せんぼしてないで、さっさと先に行きなさい!』
唐突に、シャルロッタの声が割り込んできた。リンダ相手に苦戦していても、減らず口は健在のようだ。
『集団がバラければ、シャルロッタは私とスターシアがすぐに先頭まで連れて行く。仮におまえとラニーニが力を合わせて逃げようとしても、私たち三人から逃げ切れると思うか?』
シャルロッタに合わせるようなエレーナのジョーク。ほかの人から言われたら、さすがに愛華でもムッとしていただろう。ようするに、愛華がいくら飛ばしても、絶対に追いついてみせる、シャルロッタの心配してないで、思い切り走れ、ということだ。そこまで言われたら、もう心配なんてしてあげない。
「だあっ!わたしがそのまま優勝しちゃっても、文句言わないでください!」
愛華もジョークで返した。もちろん最強の三人から逃げ切れるとは思ってなかった。
───アイカちゃんはブロックがあまり巧くない。進入でインに寄せたところで、スピードをのせてアウトから被せれば、奥に行くほどインにいるアイカちゃんは行き場がなくなって、加速のタイミングが遅れるはず。
体を張って愛華を封じる。多少荒っぽいが、一刻も早く前に出たいラニーニは、距離を測って愛華がインに寄せるタイミングを狙った。
“えっ!?アイカちゃん、わたしの動きを読んだ?”
ラニーニがスピードを維持したまま背後に迫っても、愛華はインを塞ぐラインを取らない。そのままタイムアタックするように、外側いっぱいから一気にクリッピングポイントへ切れ込んで行く。反射的にラニーニもそれに続く。
“シャルロッタさんを置いて、逃げを仕掛けるの?”
疑問の浮かんだラニーニの頭に、ハンナの声が響く。
『ラニーニさん!アイカさんに遅れないで。エレーナさんはこの混戦で身動きとれないシャルロッタさんが動きやすいように、ペースアップさせたのです。シャルロッタさんは私たちが足止めしますから、逆にエレーナさんの作戦を利用してやりましょう!』
長くエレーナと組んでいたハンナには、エレーナのことを愛華以上にわかっていた。エースが一番後ろにいても、レースをコントロールしているのはやはりストロベリーナイツだ。
エレーナとスターシアは、一旦下がるだろう。代わって自分たちがバレンティーナたちを押し留めなければならない。どこまで時間が稼げるかはわからない。相手は数で上回る上、ストレートでは対抗しようがない。それでラニーニと愛華でバレンティーナたちを振り切れるかどうか、逃げ切れればそれに越した事はないが、このレースで一番大事なのは、シャルロッタより前でラニーニをゴールさせて、最終戦まで生き残ることだ。
「この際ヤマダの成績なんて、どうでもいいのですが、そのあとにやってくる三人を迎え撃つのには、つき合ってもらいますよ」
フルアタックモードに入った愛華に遅れず、ラニーニも続いた。
最終コーナーの立ち上がりで、ラニーニが愛華のスリップストリームに入り、早めにシフトアップする。愛華のエンジンが吹け切る直前で飛び出し、今度は愛華がラニーニの後ろにぴったりとつく。同じチームのような見事なコンビネーションをシフトアップする度繰り返し、メインストレートだけで四回前後を入れ替えた。
エレーナとスターシアにブロックされたバレンティーナとフレデリカは、追撃のタイミングを逃した。ストレートでようやく前に出るが、愛華とラニーニとは対照的に、同じチームなのに協力しようとはしない。それどころか彼女たちのスリップに入ったナオミとハンナに、1~2コーナーでインを奪われ、愛華たちとの差を詰められない。それでもトップグループ全体としての急激なペースアップは、各車の間隔を拡げていった。
シャルロッタを抑えていたリンダの前にも、スペースが出来る。
「ハンナさん、すいません。私の力ではここまでみたいです。あとは頼みます」
ここまで前を走るアンジェラ・ニエトを使ってどうにか抑えられたが、スペースが空けば、リンダにシャルロッタを抑えるすべはない。
『よく頑張ってくれました。あなたのおかげで、エレーナさんとスターシアさんが下がらずにいられなくなったのです。誇りを持ってゴールをめざしてください』
ハンナの言葉に、涙が溢れそうになる。
───シャルロッタに、最後の意地を見せてやるわ。
リンダは最後の力を振り絞って、タイムアタックでも躊躇う速度で3コーナーに入った。
グリップ限界の横Gを受けて、フロントタイヤがズルズルと外に逃げようとする。転倒の恐怖と戦いながらも、狙ったラインを追い続ける。
回り込んだコーナーの出口が近づくと、マシンを起こしながらスロットルを開けていく。トラクションが掛かり、今度はリアタイヤが流れようとする。ぎりぎりのところでスロットルをコントロールしながら、アウトに膨らんでいく。
“シャルロッタを自力で抑えた!”
そう思ったとき、シャルロッタが横に並んでいた。
“一体どうやって走ってきたの?”
今のコーナーリングはタイヤの限界まで攻めた最高のコーナーリングだったはずだ。シャルロッタの超絶ぶりは知っていても、出口でイン側に並ばれてる状況が信じられない。
エレーナの迫力とも、スターシアの完璧さとも違う、魔法を使ったとしか思えない別次元のセンスに、リンダは悔しさよりも、こんな怪物をここまで抑えたことをむしろ自慢したい気分だ。
「ラニーニ、こいつに勝てたら、あんた本当に世界一だよ」
リンダは独りつぶやいた。そしてその声が、もう届かないところまで離れていてくれることを願った。




