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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
16/398

愛華の思いとエレーナの覚悟

 コークスクリューは、GPの中でも愛華の大好きなコーナーになった。初めは上手く走れなかっただけに、克服出来た歓びは大きい。


 エレーナさんとスターシアさんからのアドバイスのおかげだ。二人はかなり痛いところもあるけど、やっぱり最高のライダーだ。アドバイスはいつも的確で、たまに意見が違う時もあるけど、たぶんどちらも正しい。そこは自分で試して自分なりのスタイルを見つけなけくてはならないってことだ。


 愛華が恵まれているのは、タイプの違う最高のライダー二人が傍にいる事だった。ライディングに唯一絶対の正解はない。一人ひとりに個性があるように、個々に違った乗り方がある。

 例えばエレーナが完璧なライディングだとして、愛華がそれをパーフェクトにコピー出来たとしても、エレーナとまったく同じタイムでは走れないだろう。それがスターシアであっても、或はバレンティーナであっても同じ事が言える。

 二人の優れたライダーを手本として、二人から異なったアドバイスをもらえることは、愛華に自分で考える余地を残してくれていることでもあった。

 ともすれば盲目的に信じ込みがちな偉大なカリスマも、決して完璧な手本とはならないという事を教えてくれていた。

 そう考えると、バイクを降りた時の二人の残念な会話も、わざとしているのかと思えてきたが、それは考え過ぎだろう。


 エレーナの指摘した通り、愛華が身体を起こしても立ち木の先端は見づらかった。やはり目標はゼブラから5フィート、だいたい愛華が両手を拡げたぐらいがいい。スリップに入って進入スピードが速い時には、そこからバイク幅1台分インに寄せた方が走り易い事が、実際に試してみてわかった。

 それからスターシアの走りも試してわかったことは、目線を高くした方が愛華には斜面変化に対応し易いこと。

 過重が抜けて、切り返した次にくる高い縱Gに伏せたままの姿勢では、上体が潰されてタンクに体重が架かってしまう。たぶんエレーナは並外れた背筋力とバランス感覚で繊細なマシンコントロールを可能にしているのだろう。凄すぎて愛華には真似出来ない。


 それでもスピードを維持したままコークスクリューに飛び込んで行く時の、ロードレースには珍しい一瞬の無重力感は、体操競技をやっていた愛華のお気に入りになった。

 上手く決まった時には、体重の軽い愛華のマシンは切り返しでフロントタイヤが路面から離れる。かつて、フレームもサスペンションも貧弱だった時代のスーパーバイクレースを思い起こさせ、観客も大喜びで愛華に声援を送った。ライブビジョンも愛華がコークスクリューに差し掛かると、中継するカメラが切り替わって、跳ぶように駆け降りてくる愛華の姿が映し出された。


 周囲の注目よりも、愛華にはエレーナさんとスターシアさんの期待通り、二人のいい部分を彼女なりに自分のものに出来たことが嬉しかった。


 エレーナとスターシアも順調な仕上がりで、今回もストロベリーナイツの快進撃かと思われた。


 だが、今回からブルーストライプスの持ち込んだジュリエッタのニューマシンは、予想以上に速い。

 特に立ち上がり加速は、80ccとは思えない力強さで、他のチームのマシンを寄せ付けない。

 フリー走行では流していたのか目立ったタイムを記録していなかったが、予選が始まると本性を現した。


 予選結果は、ポールポジションのバレンティーナを先頭に、フロントローはすべてブルーストライプスに独占された。スターシアは6位、愛華が7位、エレーナは10位という結果に終わり、トップから5位までジュリエッタのニューマシンが占める圧倒的強さだ。


 バレンティーナとスターシアのタイム差は、1秒近い。この短いコースで1秒は大きい。


 エレーナのタイムが伸びなかったのは、彼女のタイムアタック時、コークスクリューに向かう上りの尾根区間を走行中、強い突風が吹いて逆風を受けてしまった為でもあった。自然現象とは言え、それはあたかもこのレースの流れを暗示しているようでもあった。


 予選後のミーティングは暗い雰囲気で始まった。

「さすがに厳しい予選結果になったな。私のアンラッキーはあったものの、スターシアとアイカはベストに近い状態でこの差だ。決勝はこれまで以上に厳しいレースになる事を覚悟しなければなるまい」

 スタッフ全員を前に、エレーナが切り出す。全員真剣な表情である。チーフメカニックのニコライが愛華を含むライダー三人に詫びた。

「すみません、今回は我々の力不足です」

「いや、諸君らはよくやってくれている。ジュリエッタが速すぎるのだろう」

「我々の力不足を棚に上げる訳ではありませんが、あの速さは異常です。何かレギュレーション違反があるとしか思えません」

「他のチームからクレームが上がり、調べたが違反はなかったそうだ」

「せめてスミホーイsu-32タイプが実戦投入できれば、まだなんとか……」

「出来ない事を言っても仕方ない。ニコライたちは今のマシンをベストな状態に仕上げてくれ。後は監督である私の責任だ」

 エレーナは責任を感じるニコライを宥める。しかし彼は発言を続けた。

「これも弁解に思われるでしょうが、ジュリエッタに比べ、我々スミホーイの技術力がそれほど劣っているとは思えません。車両違反がないとするなら、どこかで無理をしている筈です。レースになれば思わぬトラブルが発生する可能性もあります」

 ニコライは自分を弁護するような男ではない。あくまでも客観的見解として、エレーナも同じ見解を持っていた。画期的なブレークスルーでもなければ、そう急激な進化などあるものではない。

「我々のつけ入る隙はそこだ。レースはテストコースとは違う。特にラグナセカは特長あるサーキットだ。必ず問題を発生させるだろう」

 そこまで言って、スターシアと愛華の顔を見た。二人ともマシンに問題がなかったのは判っている。それだけにこの差はショックだろう。特に愛華は、自分のライディングに自信を持ち始めた矢先だ。


『アイカが悪いんじゃない。おまえは前よりずっと速くなっている』


 心の中で愛華に話しかけ、ミーティングを進めた。口に出せば、ニコライたちが責任を感じるだろう。


 ライバルのトラブルを願って勝ちを期待するなどと言う作戦は、苺騎士団では作戦とは呼ばない。トラブルに追い込む事はあっても、何もしないで奇跡を待つというのは、エレーナの戦い方にない。


「で、具体的にどのような作戦を?」

 スターシアが質問した。

「作戦は、ジュリエッタの抱える問題は何か?が鍵だ」

「それは何なんですか?」

 ニコライを見るが、彼は首を横に振るだけだった。


 それが解れば苦労しない。もしかしたら、問題などないかも知れない。あったとしても、つけ入るだけの隙がある保障もない。すべて状況が解らなければ、作戦の起てようがない。


「アイカならこの状況をどうする?」

 ここでいきなり愛華に振った。別に意地悪している訳でも、自分の無策を誤魔化そうとした訳でもない。

 専門家がお手上げな状況も、素人の発想に意外なヒントが隠されている事もある。


「えっ?えっと、この状況って、相手の抱える問題は何なんですか?」

 だからそれが解れば苦労しないんだって。エレーナは質問を変えてみた。

「そうだな、アイカには自由に発想してもらいたい。質問の条件を変えよう。相手は何らかのトラブルを抱えていると思われる。もしかすると大したトラブルでないかも知れん。だが我々は相手のトラブルにつけ入らなければ勝てない。どうやって相手のトラブルを引き出す?間違っても構わない、考えてみろ」

 愛華は疑う事なく真剣に考えた。

「えっ……と、やっぱりエレーナさんの言う通り、相手をトラブルに追い込まなくちゃダメですよね。待ってても、トラブルなしかも知れないし」

「そうだ。積極的にトラブルを誘わなければならない」

「う〜ん、相手がぎりぎりまで走らなければならないように、三人で追い込む!……って、それじゃあ問題なかったら勝てませんよね。ああぁ、ぜんぜん作戦になってません……すみません」

 愛華は自分の策士としての才能の無さに落胆しながらも、女王エレーナの作戦に期待する。

「いや、アイカの考え方は正しい。作戦とは相手の事が正確にわからなくては、立てようがない。緻密な情報収集と念密な準備を積んで初めて成功するものだ。安易な奇策など自滅への早道でしかない。アイカの言う通り、我々に出来る事はまず奴らを必死に逃げさせる事だ。楽なレースをさせず、しつこく追い回すしかない。奴らはアドバンテージがあるだけに、接戦は避けたいだろう。離そうとペースを上げればそれだけ負担は大きくなる」

「地味ですが、エレーナさんらしい正攻法ですね。でもブルーストライプス全員を追い込む必要はありません。バレンティーナのマシンにさえ問題が発生すれば、私たちの勝利と言ってよいのでは?」

 スターシアが補足した。エレーナは頷く。

 愛華からは特にヒントは得られなかったが、いちいち説明していくうちに考えを整理出来た。希望的推測に沿った作戦などない方がマシだ。全力で向かって、勝てないならそれまでだ。決して諦めた訳ではない。エレーナは腹を括った。


「正直、厳しいがマシンとメカニックたち、そしてチームメイトを信じて全力で戦うしかない。アイカ、今回も苛酷なレースとなるが、思いきり走れ。負けても気にする必要はない。苺騎士団の走りを世界に魅せつけてやろう」

「だあっ!」

 愛華が元気よく返事をする。

「メカニックの皆も私たちの乗るマシンをよろしく頼む。皆が手塩に掛けたマシンを酷使するのは申し訳ないが、必ず酬いるつもりだ。後は各自、担当メカニックと打ち合わせするように!以上、解散!」

「「「「「だあっ!」」」」」

 スタッフ全員が、だあっ!と返事した。


「いいか、姉御と姫んたちの信頼を裏切るんじゃねえぞ。マシンで負けてんのに、必死で挑んでいくんだ。マシントラブルなんかで絶対リタイヤなんかさせるんじゃねえぞ!」

 ニコライも、自分たちを決して責めようとしない三人のために、せめて全力で整備するようメカニックたちに気合いを入れた。



『今日のエレーナさんの締め、カッコよかった。わたしのイメージ通りだ。いつもあんなだったら、ホント惚れちゃうかも?』


 愛華は自分のバイクの横で、メカニックにセッティングを指示しながら思い出していた。指示と言っても、どちらかと言うと教えてもらっていると言った方が正しい。愛華の担当はセルゲイと言うベテランで、メカ的な知識が不足している愛華からの要領を得ない感触を訊いて、的確なセッティングを出してくれる頼れる存在である。

 セルゲイおじさんの作業を観ながら、明日のレースへ気持ちを昂らせる。


『エレーナさん、わたしの意見認めてくれた。明日の決勝は、絶対自分が斬り込んでエレーナさんに道を開いてみせるんだ!』


 愛華は、得意のスタートでバレンティーナの周りを堅めるブルーストライプスのライダーたちの間に割り込み、バレンティーナに迫る自分を想像して一人ニンマリした。その後ろをエレーナさんとスターシアさんがついてくるシーンだ。そして、

『バレンティーナさんを守るラニーニちゃん対エレーナさんに道を拓くわたしの対決かぁ!そうなったらわくわくするなぁ』

 愛華に緊張は微塵もなく、明日のレースを楽しみにしていた。


「珍しくエレーナさんが綺麗にまとめましたね」

 エレーナとスターシアは、主催者から提供されたモーターホームで、二人きりの打ち合わせをしていた。

「そう言うスターシアも、あまり突っ込まなかったな。突っ込み処はたくさんあったろ?」

「アイカちゃんを不安にさせたくなかったので」

「私もアイカに弱気を見せたくなかった。しかし、今回ばかりは手の打ちようがない。正直、相手のミスかトラブル以外勝てる要素が見つからない。一周で1秒差、しかも5台すべてこちらより速いときた。例えどれかにトラブルが起きても勝てるチャンスは少ない」

「そうですね。しかし、ここでポイント差を再び拡げられると、タイトルは絶望的でしょうね。私たちのスミホーイの新型はまだ先でしょうし、なんとか流れだけは渡したくない所です」

「ここで堪えた処で、流れを持ってかれるのは時間の問題だろう」

「本気で言ってませんよね?アイカちゃんの発言の後、エレーナさん、覚悟を決めたように見えましたが」

「アイカか?不思議な少女だ。ほんわかしてるクセに、肚が据わってる。こちらの覚悟まで決めさせてくる。もっともあの時はやけくそと言うやつだったがな。小手先で誤魔化せるタイム差じゃない」

「では、私も明日はやけくそでバレンティーナを追い込みます。エレーナさんはアイカちゃんとゴールを目指してください」

「スターシアひとりでか?私も一緒だ」

「私たちがバレンティーナさえ抑えればいいのと同じように、向こうもエレーナさんさえ抑えればいいと考えているでしょう。両方リタイヤなら、リードされている私たちの敗けです。トップでなくとも、バレンティーナより先にゴールしてください」

 この時、スターシアの表情に悲壮感が漂っているのに気づいた。今日のスターシアはどこかおかしい。


「スターシア、自分からリタイヤするような真似は許さんぞ。それに汚い手でバレンティーナを潰す事もだ」

「あら、信用ないんですね。苺騎士団の紋章を背負っているんですよ、そんな事する筈ないじゃないですか」


 スターシアは、蒼い瞳を遠くに向け、懐かしそうな表情をした。

「そう言えば、私が苺ケーキ食べたがったのが始まりでしたね、苺騎士団の名前……」


 スターシアもなにか覚悟を決めた様子だった。しかし、エレーナはそれが演技だと見抜いた。


「そうやって自分で死亡フラグ立てて気を惹こうとするのはやめろ。キモいわっ!」

 昔話はやり過ぎた。愛華ならコロッと騙されたかも知れない。

「大丈夫です。もし私が死んでも、ずっとエレーナさんとアイカちゃんを傍で見守りますから」

「怖っ!おまえら、オカルトマニアか?呪われとる。ソンビチームか?このチーム、まじ怖いわっ!」

 幽霊より生き霊の方が怖いエレーナだった。


 何だかんだと、いつもの二人だった。やはり二人にネガティブな雰囲気は似合わない。


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