決戦に向けて
愛華よりもシャルロッタの方が、智佳や紗季たちとの再会を歓んでいるようだった。
「みんなが到着するのが遅いからって、直前まですごく落ち着きなかったんだよ」
愛華が予選前のシャルロッタの様子を説明すると、シャルロッタは「あんた余計なこと言わなくていいの!」とむくれてしまう。
「ごめんね、シャルロッタさん。でも予選のアタック、わたしらから見ても、ホント凄かったよ」
智佳が褒めると、途端に機嫌を直して、ドヤ顔に戻る。
「あんたたちが見えたから、サービスしてあげたわ。滅多に見せないスーパーウルトラハイパーアタックよ」
また面倒くさい名前を出してきた。前に言ってたスーパーウルトラバーニングナントカなんて名前、たぶん忘れているのだろう。それでもみんなは「すごーい!」とか「なんか見ててもわかるくらい速かったよね」「音がぜんぜんちがってたもん」などと、シャルロッタのプライドをくすぐることを言ってくれる。まあ実際その通りなので、愛華も突っ込まなかった。
「あんたは去年見なかった顔よね。今年初めて?」
端っこの方で大人しく座ってた子に、シャルロッタが尋ねた。去年も来てた子たちの会話に加わり難そうにしてるのに、気を使ったようにも感じる。意外とシャルロッタは、こういう優しさがあったりする。今年初めての子はもう一人いたが、自分がぼっちだったので、その子が余計に気になったのかも知れない。
「はいっ!体操部で河合先輩の後輩だった加藤由加理といいます。よろしくお願いします!」
如何にも運動部!という感じに、活発そうな挨拶をされた。
ぼっちとは逆のタイプだ。後輩だから遠慮してただけっぽい。愛華の後輩とあって、雰囲気も似てる。
「そう……せいぜいあたしの凄さを楽しんでいって……」
ぼっちを期待したシャルロッタは、ちょっとがっかりしたようだ。
そこはがっかりするところじゃない。それにシャルロッタだって、大人しくてぼっちだった訳じゃなく、騒がしすぎて誰も近づけなかったのだろうに、何を期待していたの?と愛華は首をひねった。
「そう言えば、ミホは?」
気を取り直したシャルロッタは、去年いっぱい苺大福を作ってくれた美穂がいないことに気づいた。
「美穂は東京の音大めざしてるから、残念だけど今年は来られなかった」
智佳が説明してくれる。
「すごーい!美穂、本格的に音楽の道、進むんだ」
彼女から受験で行けないと聞いていた愛華だが、音楽大学めざすと決めたのは、ちょっと驚きだ。ピアノコンクールでは何度か受賞していても、その道でやっていけるか自信が持てないと言っていた。厳しい世界だと思うけど、頑張ってほしい。
「なに言ってんだよ。あいかの活躍見てるうちに、『私もやらなきゃ』って決めたみたいだよ。私も含めて、あいかからみんな勇気をもらってるんだぞ」
「そうだよ。『あいかが一緒だと思って、ピアノのレッスン頑張る』って言ってたから」
愛華は涙を堪える努力をしなければならなかった。
自分を見て、みんなが頑張れるなんて、これほどうれしいことが他にあるだろうか。エレーナさんがよく口にする「プロスポーツ選手の存在意義は、子どもたちの憧れであること」というのに、自分と同じ年齢で道も違うけど、誰かに影響を与えられたことで少しは近づけた気がする。同級生から憧れなんて言われると、恥ずかしくて赤面するけど。
「ミホは親友のレースより、ピアノレッスンの方が大事なの?」
シャルロッタがまたワガママを言ってる。
「当たり前じゃないですか。でもきっと、名古屋から応援してくれてますから、わたしたちもがんばりましょう!」
「あたしの制服は……」
「制服?」
「なんでもないわ!」
去年も来ていた子たちは、シャルロッタの憂いの正体に気づいて、くすくすと笑いあった。愛華はまだ思い出してない。
美穂は愛華より少しだけ身長が高い。つまりシャルロッタと同じくらい。つまりは、美穂の制服はシャルロッタにぴったりのはずだった。
紗季が、下級生の由加理に耳打ちをした。由加理はニコニコして頷くと、立ち上がってシャルロッタに近づいた。
「あんた、なによ!?」
由加理に気づいて、シャルロッタも立ち上がる。
「ほんとですね。私、美穂先輩と制服のサイズ同じなので、たぶんシャルロッタさんにもぴったりじゃないかなって。良かっ、わっ!」
突然シャルロッタに抱きつかれて、危うく転びそうになった。
「あんた、いい子ね!」
「いえいえ……、でもありがとうございます」
由加理は、抱きついくるシャルロッタからなんとか逃れようとした。
「あんたもあたしの下僕にしてあげるわ、ユカリーナ!」
……ユカリーナ?
仲のいい友だちからは、「ゆか」とか「ゆかりん」と呼ばれることはあったが、ユカリーナは初めてだ。ロシアンっぽくてちょっといいかも?いやその前に、勝手に下僕認定とか、なぜそんなに上からなの?
その場の全員が思っていたが、嬉しそうなシャルロッタを見ていると「余程楽しみにしていたんだなぁ」と微笑ましくなってしまう。
チャンピオン確定したらやらせてあげよう。
制服で、トースト口にくわえて走って来るやつ。
若い子たち愉しそうなおしゃべりの聞こえる隣のマシン整備用テントで、エレーナとスターシアは、ニコライやセルゲイたちと決勝に向けて、真剣な打ち合わせをしていた。
一見、すべてが順調そうに見えても、決して楽観できるレースでないことを、彼女たちは知っていた。
「それにしても、嫌なタイミングで復帰してくれた」
「手首の状態は、どこまで治っているのでしょうね」
「さぁな。練習走行と予選を見る限り、少なくてもレース前半で逃げ切る作戦は難しそうだ」
「せめて次のレースであれば、シャルロッタさんにも思い切り戦わせてあげるのですが……」
チャンピオンが確定したあとなら、心ゆくまで競わせてやりたい。しかし、ここでシャルロッタに余計な対抗意識を生じさせるのは、悪い予感しかしない。
シャルロッタを熱くさせ過ぎる相手、言わずと知れたフレデリカのことである。予選では僅差でフレデリカを抑えたスターシアでも、決勝でも抑えきれる自信はない。
スターシアの予選タイムは、タイムアタックのためのセッティングをしたマシンで、タイムアタックの走りをした結果だ。だがレースとなれば、強引な突っ込みとブレーキング勝負、インからアウトからポジションを奪い合い、相手より前でコーナーから立ち上がる事が重要となってくる。理想のラインなど走っていられないし、走らせてくれない。
勿論、フレデリカにも同じことが言えるのだが、彼女のライディングスタイルは、もともとコーナーリングスピードより立ち上がり加速を優先したものだ。
エレーナやスターシアには、当然そういう走りも出来る。しかし、同じ速度でコーナーを回れば、立ち上がりはパワーの差がそのまま表れる結果となるだろう。
シャルロッタや愛華が体重の軽さを活かせば、なんとか勝負になるだろうが、差をつけるまでには到らない。そうしてる間にバレンティーナや琴音たちにまで追いつかれて混戦となり、ますますペースが上がらず、ブルーストライプスまで加われば、アレクセイとハンナの思う壺だ。
「いっそフレデリカを先行させ、引っ張らせるというのはどうでしょう?」
ニコライが発言した。しかしその顔には、それほど上手くいかないのはわかっていると書いてある。ニコライの責任ではなのだが、マシン性能の差に負い目を感じてる彼なりに、何らかの打開策を必死に模索しているのだろう。
「それは私も考えた。だがシャルロッタが大人しく引っ張られていられると思うか?」
ニコライは首を横に振った。
スターシアが大きく溜息をついてから、口を開いた。
「と言っても、ヤマダの人たちとまともに相手しても、シャルロッタさんのリスクは高くなるだけでしょうね。かと言って、彼女たちはほっといて、勝負はラニーニさんだけに絞るというのも、シャルロッタさんだけでなく、出来れば私もしたくありません。そもそもブルーストライプス相手なら勝てるという前提も、足を掬われる要因でしょう。彼女たちも絶対負けられない覚悟でいます。そんな覚悟がレースでは思わぬ力となることを、私たちが一番よく知っているはずです」
これまでストロベリーナイツは、特に愛華が、何度も追いつめられた状況で実力以上の力を発揮し、勝利を呼び寄せてきた。ブルーストライプスにはそれが出来ないという根拠はない。ラニーニには、シャルロッタのような派手さはないが、堅実さと愛華と共通する粘り強さがある。
結局、ニコライの言った通り、フレデリカに先行させ、シャルロッタは温存、エレーナ、スターシア、愛華で追いまくる、というのが最も現実的な作戦と思われた。シャルロッタには最大の見せ場で勝負させてやると言えば、当面は大人しくしているだろう。
但し、それもフレデリカだけが前に出て、他がついて来れないという前提が必要だった。
ライバルは皆追いつめられている。決死で挑んでくるだろう。
最終的には出たとこ勝負、一瞬も気の抜けないレースを覚悟しなければならない。
「明日、その制服着てチャンピオン確定の記念撮影するから、トーストも焼いといて。それから苺大福もいっぱい用意しとくのよ!」
エレーナたちの心配をよそに、シャルロッタはすでにチャンピオンになったつもりでいた……。




