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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
156/398

冷静さとテクニック

 Motoミニモの予選は、一人ずつ順にタイムアタックしていく、スーパーポールと呼ばれる方式で行われる。

 ウォームアップを二周、三周めにワンラップオンリーのタイムアタックを行う。


 最大排気量のMotoGPクラスの予選の後、云わば土曜日のメインイベントとも言えるMotoミニモ予選がスタートした。

 ランキング下位のライダーから順に、残り少ないチャンスを掴もうとフルスロットルでメインストレートを駆け抜けて行っていた。


『もうのすぐXXXX近くまで来てるけどXXXXXX……』

 スマートフォンを通した智佳の声が、走り去るマシンとこれからコースインしようとするマシンのエンジン音に掻き消されて、上手く聞き取れない。

「え、どこ?大丈夫、わたしのスタートはまだ先だから心配しないで。とにかく、着いたらメールして。亜理沙先生に運転気をつけるように言っといて!」

『わかった。それじゃまたあとで!あいかも頑張れ』

 愛華は電話を切ると、シャルロッタの様子を窺った。電話中からずっとこちらを気にしているのが、背中越しにも伝わってきていた。

「もうすぐ近くまで来てるそうです。たぶんわたしのスタートまでには間に合うと思います……」

 愛華が話しかけると、ぷいっと横を向いてしまった。


 下位のライダーたちは一周毎にコースインしていくが、上位15人(トップ15)からは、前のライダーがアタックラップに入ってから次のライダーがコースインしていくので、インターバルは長くなる。ランキング三位の愛華、首位のシャルロッタまでは、まだ一時間近く余裕があった。


 主催者推薦枠(ワイルドカード)出場の田中琴音が、フリー走行での愛華のベストタイムを上回るタイムを出したと場内アナウンスがされた。パドックの屋外スピーカーから、『ヤマダのテストライダーが、レースを引っ張るトップグループに、最初に名乗りをあげたぁ!』と興奮してがなり立てる実況者の声が響く。

 ランキング上位のライダーが走っていない現時点であっても、琴音の出したタイムなら、十分先頭集団に絡む事は可能だろう。


 愛華はシャルロッタの様子が気になったが、彼女のことばかり気にしていられないと思い直した。人の心配をしていて、自分のタイムが遅かったでは格好がつかない。


(シャルロッタさんのことは、今のわたしにはどうしようもないんだから、とりあえず自分の予選に集中しなくちゃ)


 愛華は小走りしながら、膝を高く上げたり、肩をぐるぐる回したりして、予選に集中しようと準備運動を始めた。

 エレーナの言葉にすら苛立つ今のシャルロッタに、愛華の励ましなど、イライラに油を注ぐようなものだ。せめて智佳たちが到着すれば、少しは落ち着くと期待するしかない。




 右手首の手術から復帰したフレデリカが、フリー走行でスターシアが記録した最速タイムに0.02秒遅れのタイムを叩き出した。現時点のマシンとタイヤでは、単独での限界タイムだろうと言われたスターシアのタイムに、一発勝負の予選でそこまで迫るのは、やはり桁外れの才能と集中力だ。右手首の回復は、完璧と思われた。


 その後、ヤマダのマリアローザ・アラゴネス、アフロデーテのアンジェラ・ニエト、ブルーストライプスのリンダ・アンダーソンが琴音のタイムを越えられず予選を終えると、ケリーがフレデリカに継ぐタイムで暫定二位のタイムを記録する。

 そのすぐあと、バレンティーナがフレデリカとケリーの間に割り込んだ。


 ここまでトップから四番手までをヤマダが独占している。五番手タイムのリンダを挟んで六番手にマリアローザもいる。しかも五人とも、フリー走行の自己ベストタイムを上回っている。メインスタンドの中央が、ヤマダカラーの赤い小旗で揺れている。ヤマダも会社をあげて、並々ならぬ思いで予選に挑んでいる。 

 それでもヤマダのピットに、浮かれた様子はない。上位ランキングのストロベリーナイツとブルーストライプスの主力は、これから出てくる。

 サーキット中の視線が、タイムアタックに入ったスターシアの走りに集中した。



 ざわめく会場の中で、愛華は自分の世界に入ろうとしていた。

 革ツナギに着替え、タイムアタックする自分をイメージしようとするが、シャルロッタの、そして智佳たちの到着が気になって、なかなか集中できない。


(大事な予選前なのに、わたしまで落ち着きなくしちゃダメじゃない!みんなはもうサーキットまで来てるから、自分のやるべきことに集中、集中……)


 スマートフォンは、担当メカニックのミーシャくんに預けてある。自分で持ってると気になって仕方ない。メールか電話があったら知らせてくれるはずだ。

 その時、大きなどよめきがスタンドから起こった。

 モニターを見ると、スターシアが自身のベストタイムを0.01秒、フレデリカのタイムをコンマ03秒上回るタイムを予選で出した。


(スターシアさん、すごい!)


 午前中のフリー走行でのタイムは、じっくりと走り込んで、ぎりぎりまで削っていった結果のタイムだ。それをこの一発勝負の場面で、更に詰めてくるとは、本当のプロフェッショナルにしか出来ない真似だ。


 普段は少し緩くて、愛華には優しいお姉さんみたいなスターシアさんだけど、決める時は決めてくれる。


 スターシアさんだけでなく、ヤマダの人たちもプロフェッショナルだ。負けられない場面で、きっちりと実力を発揮している。

 これから走るハンナさんやナオミさん、そしてラニーニちゃんも、シャルロッタさんを打ち破るために、全力で挑むにちがいない。勝つ以外のことを考えている人なんて、ここには一人もいない。シャルロッタさんだって、わたしなんかが心配しなくても、勝負となればきっと本気になるはずだ。


 愛華はすでに温まっている身体を、大きく背伸びして全身を伸ばした。そのまま片脚を高く上げ、上体を後ろに反らして地面に手を着けると、くるりと一回転した。


 やっぱりじっとしてるより、身体を動かしている方が、集中できる。




 エレーナがアタックラップに入った。ハンナはケリーと琴音の間、ナオミはバレンティーナに継ぐタイムを記録していた。

 いよいよ愛華がコースインする。

 智佳たちが到着した連絡はまだなかった。でも何処かで応援してくれると信じて、走りに集中する。


 自分の前を走る、もう一人の自分、エレーナさんとスターシアさんとシャルロッタさんのいいところを取り込んで、自分なりにアレンジした理想の走りのイメージを追う。

 コーナーをクリアする毎に、幻影(イメージ)にだんだん近づいて行き、イメージと自分が重なった時、アタックラップに入った。


 先輩たちの走りを参考に、何度も自分で試して見つけた最適なブレーキングポイントで減速に入る。

 マシンは狙ったラインを、正確にトレースしてくれる。肘がクリッピッングポイントのゼブラを掠める。

 はやる気持ちを抑えて、慎重にスロットルを開ける。タイヤは限界ぎりぎりで路面を捉え、力強くマシンを推し出す。


 計測(コントロール)ラインを通過した瞬間、愛華は出せる力は出し切ったと自分を納得させた。


 掲示板を見ると、前に走ったエレーナが暫定三番手、フレデリカの次のタイムを示していた。

 愛華の名前は、バレンティーナの下、暫定の五番手タイムを表示していた。

 上位の顔ぶれとバイクの性能を考えれば、妥当な順位と言えるだろう。しかし今の愛華には、納得はできても満足出来るものではなかった。せめてエレーナさんのすぐ後ろについていたかった。


 これが今の愛華の実力だ。タイムアタックに頑張りや根性は通じない。

 極端な才能は別にして、必要なのは冷静なコースの読みと正確な技術(テクニック)だ。スターシアがそれを証明している。

 愛華には、悔しくても、もっともっと実力をつけるしかない。


 ピットロードに入ったところで、コース上をラニーニが駆け抜けて行く。彼女がこれからアタックラップに入る。ポイント争いで追いつめられているラニーニの排気音が、ものすごく力強く感じる。絶対に負けられないという強い意思が、空気まで震わせて伝わって来るみたいだ。


 次にコースインするライダーを紹介する特設ステージには、シャルロッタがバイクに跨がって出番を待っていた。

 ラニーニとは対称的に、なんだか肩を落として、いつもの覇気がないように見える。

 十分とは言えないまでも自分の仕事を終えた愛華は、彼女も実力を出し切れることを願った。



 愛華はピットに戻り、バイクをミーシャに委ねた。

「お疲れさま、いい走りだったよ。あっ、そうそう、アイカちゃんがコースインしてすぐに着信があったよ。メールも来てるみたい」

 愛華はミーシャが言い終わらない内に、胸ポケットから出してくれた自分のスマフォをひったくるように掴むと、ヘルメットも脱がず、グローブをはめたまま開こうとする。

「覗いたりしてないから、落ち着ついて。まずはグローブをとろうよ」

 ミーシャくんが覗いたりしないのは、もちろんわかっている。心の中で失礼な態度を謝りながら、もう一度ミーシャにスマフォを持ってもらう。大切なスマフォを預ける愛華の心中を察して、彼はニコリと微笑んでくれた。


 両手のグローブを外して、改めてスマフォを受け取った。画面を指でなぞると、着信とメール受信が通知されていた。

 もどかしく未読メールを開くと、やっぱり智佳からだった。


 《1コーナーの外側にいるよ。ちょうど今、エレーナさんが走っているのが見える。ここで応援してるから、あいかも頑張れ!》


 コース上から1コーナー外側のオーバルコースのバンクに人がいるのが見えてた。向こうからも、コースがよく見えるはずだ。

 たぶん智佳たちは、愛華の走るぎりぎりの時間にスポンサー招待客用の駐車場に着いて、そこからピットまで歩いて来るより、バンクで観た方が早いと考えたのだろう。自分の走りも観ててくれてたとわかって、うれしくなった。


「あっ、そうだっ!」

 愛華は慌ててピットのプラットホームに向かって駆け出した。シャルロッタにも伝えてあげたい。しかし彼女はもうコースインしている。伝えるには、サインボードしかない。


「ちょっと借ります!」

 チーフメカニックのニコライに大声でお願いすると、返事も待たずに壁に立て掛けてあったサインボードを手にすると、アルファベットのプレート探した。


 TOMO

 LOOKING

 1CN !


(智佳が1コーナーで見てる!)


 入れられる文字も、時間もあまりないのでこれが精一杯だ。愛華がサインボードに文字プレートをセットし終わるとすぐに、シャルロッタが最終コーナーを立ち上がって来た。愛華はプラットホームの窓から、シャルロッタに向かって、サインボードをつき出した。

 ニコライは意味不明なボードの文字に、不思議そうな顔をしていたが、愛華には、智佳たちを待ちわびていたシャルロッタなら、これだけで伝わると確信がある。


 問題は、シャルロッタがサインボードを気にして走っているかだ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最後のオチが一番厄介で根本的問題。
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