表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
155/398

最速タイム

 土曜日、朝一番からMotoミニモクラスのフリー走行が始まると、いきなりシャルロッタが前日ラニーニの記録したベストタイムを、コンマ5秒も上回るタイムを叩き出した。

 フレデリカもバレンティーナも、前日の自己ベストを更新してくるが、シャルロッタの驚異的なタイムには届かない。愛華も僅かに自己ベストを更新したに留まった。

 ラニーニはハンナたちと決勝を想定したチーム走行に専念しており、タイムの更新は見られない。


 おそらく誰も更新出来ないだろう断トツのタイムに満足したシャルロッタが、走行時間を残してピットに戻り、ヘルメットを脱いだ時、意外なライダーによって、立て続けにベストタイムが更新された。走行終了3分前のことだった。


 意外と言っては失礼だろう。それまでラインの読みとセッティングに終始していた同じストロベリーナイツのスターシアがトップタイム、チームリーダー(司令塔)のエレーナも、シャルロッタを上回るタイムを記録したのだ。

 土曜のまだ朝というのに、すでに昨日とは比べ物にならないほどの観客が入っているスタンドがどよめいた。


 ディフェンディングチャンピオンであり、今季も一勝あげているエレーナの実力を疑う者はいない。しかし、全盛期を知る者には、その速さに翳りを感じていたのも事実だった。女王も年齢には勝てない、そう囁かれていたエレーナが、シャルロッタの会心のアタックをあっさりと破った。古くからのファンが歓ばない筈がない。

 スターシアにしても、いつでもチャンピオンを狙えるテクニシャンと言われながら、自らアシストに固執し、幻のチャンピオンの異名を持っていただけに、その容姿同様に美しいライディングが最速を記録して、予選前のフリー走行を締めくくったのは、俄かに興味を持った日本の観客たちも歓喜した。


 モテギは、回り込んだコーナーとストレートが連続する、つまり減速とフル加速が繰り返されるコースだ。

 ヤマダのように加速性能に突出したマシンは、コーナーリングの遅れをフル加速区間で取り戻せるが、パワーで負けていて、しかも体重のあるエレーナやスターシアのようなライダーには酷しいコースと言える。どこのコースであっても有利とは為り難いが、特にこのようなコースでの加速の大きな劣勢は、相当にコーナーリングスピードで稼がないと、対等には走れないと言われている。

 しかし、エレーナとスターシアには、どうしてもシャルロッタに近いスタートポジションを確保しておく必要があった。

 たとえ予選でシャルロッタがトップタイムでポールポジションを獲得しても、おそらく決勝ではヤマダ勢に絡まれるだろう。レースでは、自分の走りやすいラインを走れない。

 今のシャルロッタと愛華なら、ヤマダを駆るフレデリカやバレンティーナであっても十分に太刀打ち出来るだろうが、挑発にのせられるのが最大の懸念だった。

 シャルロッタが暴走し出したら、愛華だけでは抑えられない。チャンピオンを目前にした今必要なのは、冷静なレース運びで確実にポイントをゲットする事だ。

 シャルロッタの近く、出来れば彼女より前のスタートグリッドを獲得する為に、昨日から念入りなセットアップとライン取りを試してきた。

 確かな手応えは掴んでいたが、やはり最終チェックはしておきたい。予選まで隠しておくのも面白そうだったが、リスクに見合うだけの効果は期待できない。予選前にフルアタックを試した訳だが、期待通りの仕上がりだった。



 エレーナとスターシア、そしてシャルロッタのベストタイムは、ライバルたちにプレッシャーを与えたが、肝心のシャルロッタまで動揺させてしまった。

 シャルロッタが慌てるだろう事は、エレーナもある程度想定していたが、絶対に単独では破られないと自信満々だったシャルロッタにとって、強さは認めるエレーナとスターシアと云えど、あっさり抜かれてしまったショックは、予想以上に大きかった。


「おまえも念入りにセットアップして、しっかりとコースを研究していれば、私たちでも及ばないタイムが出せた筈だ」

 いつもならつい反論してしまうようなことをエレーナから言われても、シャルロッタは大人しく反省するしかなかった。エレーナが決してシャルロッタをおだてることがないのをわかっているだけに、そしてエレーナの言うことが事実であるだけに、彼女は自分の不甲斐なさに苛ついているようにも見えた。


 いつものシャルロッタなら、強がりでなく、本気で「予選では、絶対更新不可能な限界タイムを叩き出してみせるわ!」と言い切っただろう。

 そしてミスさえしなければ、それを実現する。しかし今回に限って、彼女はいつもの大言を吐かなかった。それを成長と捉えるのか、シャルロッタらしからぬ弱気と見るかは、この時点では判断しかねた。

 いずれにしろシャルロッタが大人しくなるというのは、エレーナの想定外だった。


 スターシアをトップに、エレーナ、シャルロッタがそれ以下から抜きん出たタイムで、愛華もフレデリカとバレンティーナに続く6番手タイムを記録した。

 掲示されたフリー走行のラップタイムリストは、ストロベリーナイツの層の厚さと強さを証明している。日本でのチャンピオン決定に、確実に近づいていたのだが、チームの中には緊張した空気が漂っていた。順調な滑り出しのはずなのに、どこかが噛み合っていないのをエレーナは感じていた。



 予選の時間が迫るにつれ、シャルロッタの落ち着きがなくなっていく。普段から落ち着きのないシャルロッタだが、予選や決勝前には馬鹿な事言いながらも、それでモチベーションが高めていた側面もある。しかし、今のシャルロッタは、明らかに走ることに集中できていない様子だった。


「トモカたちはどうしたの!?ちゃんと来るんでしょうね!」

 イライラした様子でシャルロッタは愛華に詰め寄った。

 土曜の朝にやって来ると聞いていた愛華の友人たち、智佳や紗季たちが、お昼を過ぎても現れないのが、シャルロッタの苛つきに拍車をかけているようだ。

「こっちに向かう途中だけど、事故があったみたいで、すごい渋滞に巻き込まれたそうです。でももうすぐ到着するみたいですから。メールがきてました」

 愛華は紗季から届いたメールを見せたが、当然シャルロッタは日本語が読めない。愛華はシャルロッタを落ち着かせようと少しだけ嘘をついた。紗季からのメールには、もうすぐ到着するとは記されてない。

「あの子たち、お金持ちのお嬢様なんでしょ?だったらヘリで飛んで来なさいよ!」

 無茶振りで愛華を困らせた。

 確かに白百合女学院には、一般的には裕福と言われる家庭の子が多いが、ヘリとなるとみんなが持っているものではない。愛華はよく知らないが、あったとしても、日本では自由にどこでも飛んで行けるものではないと思う。モテギにはヘリポートもあるが、基本救急用で、特にレース期間中は緊急時以外まず使用許可は出ないだろう。第一今さら言っても仕方ない。


 智佳たちは、昨日の夕方、学校が終わってから東海道新幹線で東京に向かい、東北新幹線に乗り換えて宇都宮へ。ホテルで一泊して朝、亜理沙先生の運転するレンタカーでサーキットにやって来る予定だった。通常なら一時間位で到着する地方の道だが、GP開催中は日本中から観客が押し寄せる。おまけに事故でもあると、迂回する道もあまりない。亜理沙先生の運転で裏道なんか入ったら、今日中にたどり着けなくなりそうだ。

 エレーナさんが関係者用の駐車パスを手配してくれたので、パドックパスと一緒に送ってある。サーキットまで来れば、並ばないでパドック近くまで来られるはずだが、途中の道路渋滞はどうしようもない。


 遥々名古屋から応援に来てくれるみんなに感謝しながらも、「お願いだから早く来て」と祈らずにはいられない愛華だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 応援団というより救援隊の様相。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ