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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
152/398

誘惑

 都内のホテルで開かれたストロベリーナイツの記者会見 (プレスカンファレンス)では、チャンピオンに王手をかけたシャルロッタに質問が集中した。

 当然予測されていた事であり、エレーナは無難な答えを用意している。当のシャルロッタも、相変わらず強気な発言をするものの、いつもほどお馬鹿なことは言わない。

 エレーナにしっかりと手綱を握られているのか、やはりナーバスになっているのか、愛華は少し気になったが、記者たちは前者と思ったようだ。

 それより愛華自身、自分がヤマダに移籍するという噂について、いつ質問されるかドキドキしていたが、ストロベリーナイツの公式会見の場で、移籍に関する噂について質問する記者はいなかった。




「どうしましたアイカちゃん。あまり元気がないようでしたが?」

 記者会見のあと、シャルロッタと違い、もともとメディアの前であまり積極的に話すことのない愛華だったが、いつもより緊張気味な様子が気になったスターシアが、控え室に戻った愛華に話しかけた。

「いえ、大丈夫です。地元なんで、知り合いとかたくさん見てると思ったら、ちょっと緊張しちゃっただけですから」

 愛華は明るく言った。しかしその明るさに、どこか無理しているのをスターシアはすぐに見抜いた。

「もしかして、ヤマダとアイカちゃんに関しての噂を気にしているのですか?」

「えっ、そんなのぜんぜん気にしてません!」

 愛華は懸命に平常を装って答えた。だが強い語調とひきつった顔が、図星であることを物語っている。

「アイカちゃんはヤマダに行きたいのですか?」

 スターシアは優しい微笑みを浮かべて訊いてくる。愛華を責めるのではなく、ごく自然に夕食は何にするか訊くように。

「そんなつもりはぜんぜんないです。……ってどうして知ってるんですか!?」

「そんなの誰でも知ってるわよ!イタリアのサイトでも、あたしやラニーニより件数多いぐらいよ!なんで下僕の分際であたしより目立ってるのよ!」

 愛華とスターシアの会話に聞き耳立てていたシャルロッタが割り込んできた。

「すいません……わたしのぜんぜん知らないところで盛り上がってるだけで……」

 チームの人には知られたくないと思っていたのに、すでにシャルロッタまで知っていたとは、なんて弁明したらいいのかわからない。

「いろいろ言われるのは、有名な証拠!あたしなんて、あんたの百倍は失礼なこと言われてるわ」

「それはおまえがアホな証拠だ!」

 突然エレーナが、シャルロッタの頭をどついた。

「だがアイカ、シャルロッタの言うのも、もっともだ。有名になればいろいろ言われるのは仕方ない」

「だったらあたしの頭叩かなくても……」

「おまえの場合は、叩かれて当然のことをしている」

 シャルロッタは理不尽な暴力だと訴えたが、エレーナは毅然と言い放った。たぶん誰でもそう思うだろう。

「これほど時の人になっているのに、アイカに対する悪口の少なさは、むしろ異例だろう。身に覚えのないことで騒がれて困惑してるかも知れんが、ほとんどはアイカに対する期待だ。普通はもっとアンチが湧いて出てくるものだ」

 その点は、愛華も有難いと思っているが、期待に応えたいと頑張ってきた愛華故に複雑な心境になってしまう。期待を裏切るのが生き甲斐のシャルロッタとは正反対だ。


 悲痛そうな表情の愛華を見てると、エレーナは少し弄りたくなった。根底には愛華を元気づけようとする、彼女なりの思いやりがあるのは言うまでもない。

「アイカが私たちに気を使っているのなら、心配無用だ。アイカが望むなら、祝福して送り出そう」

「そんなっ!わたし、絶対にこのチームを離れたくありません!」

 どうもエレーナの思いやりは、愛華には伝わらないようだった。

「その方がアイカのためになるとしてもか?」

 愛華には、エレーナの表情がひどく冷酷に思えた。

「本当に勝手に知らない人たちが騒いでるだけなんです!信じてください。わたし、ずっとエレーナさんとスターシアさん、それにシャルロッタさんと一緒に走っていたいんです」

 愛華はその大きな瞳に涙を溢れださんばかりの表情で訴えた。

 はじめから愛華にその気持ちがないのはわかっていて弄ったエレーナだったが、もっと弄りたくもあり、ちょっとかわいそうでもある微妙な気持ちになってしまった。

「そんなに剥きにならなくてもわかっている。ちょっとからかってみただけだ」


 愛華の頬が、プーとむくれた。

 エレーナさんはすごく尊敬する女性だけど、こういうところは直した方がいいと思う。


「エレーナさんは、デリカシーが無さすぎですっ!わたし、本当に困っていたんですから!」

 愛華が半泣きで抗議した。スターシアも責めるような視線をエレーナに向ける。

「いや軽い冗談だ。私がチームにとって一番要のアイカを移籍させる訳ないだろ」

「エレーナさま……、一番はエースのあたしじゃ……」

 今度はシャルロッタが涙目で訴えるがエレーナは無視して続ける。

「それより驚いたのは、ヤマダのイトウ社長が自ら詫びの電話を私にしてきた事だ。今インターネット上を賑わせている噂は、ヤマダとは関係のないファンのしている事ではあるが、アイカ並びにうちのチームに迷惑を掛けた事を申し訳なく思っているそうだ。そして、こう付け加えた。アイカと交渉する際は、必ず私に筋を通すとな。アイカとうちの契約は一年契約なので、最終戦が終われば、私に交渉する事まで禁ずる権限はないが、裏を返せば、向こうは本気でおまえを欲しがっているという事だ。勿論、私はアイカには来シーズンもうちで走って貰うつもりでいるがな」


 ヤマダの社長がわざわざ電話をかけてくるとは、もうファンの妄想とは言えない。否定はしているが、愛華にただならぬ注目をしているのは間違いないだろう。

「えっ……と、それはエレーナさんが恐いからでは……?」

「長年この世界でやってきたが、ヤマダの社長から直接電話がかかってきたのは初めてだ。私が全盛期(ピーク)だった頃、何度かヤマダから誘われた事もあったが、社長自らが出てきた事はなかったぞ。今の社長のミスターイトウは、レース畑出身で、私も面識はあるが、会社の代表取締役という立場になれば、安易に謝ったりしないものだ。況してやネット上での単なる噂で直接連絡してくるなど、普通はないだろうな」


 それが誇れる事なのかよくわからないが、エレーナから必要ないと言われない限り、チームを離れるつもりのない愛華には困惑する話でしかない。


「わたし、絶対にこのチーム以外で走るつもりはありません!それにまだシーズンは終わってないです。そんな話に浮かれてなんていられませんから!」

 愛華はきっぱりと断言した。


 エレーナもスターシアもシャルロッタも、愛華の気持ちなどわかっている。おそらく全員が同じ気持ちだろう。ストロベリーナイツは、彼女たちにとって家族同然だ。面倒ばかり起こす娘も一人いるが。


 だがエレーナは、ずっとこのままではいられないのも知っていた。


 愛華はまだまだ成長していく。現時点ではシャルロッタについていくのがやっとだが、いずれシャルロッタと並ぶまで成長するであろう。そうさせるつもりだ。


 その時がきても、愛華はアシストに甘んじられるだろうか?

 たとえ愛華が納得しても、はたしてシャルロッタが受け入れられるだろうか?


 インターネットを賑わす無責任な噂話の中で、エレーナすら誘惑されてしまった書き込みがあった。


『アイカとシャルロッタの、エース対決が見たい!』


 シャルロッタは、もう気づいているかも知れない。

 そして愛華も、その誘惑にあらがえなくなるだろう……。


 自分たちは、そういう人種なのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] サーキットで競うと言う病気に侵されると、治療はなかなか難しい。
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