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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
148/398

シャルロッタの異変、再び?

 ランキング二位のラニーニとの差を25ポイントと拡げたシャルロッタは、次の日本GPでラニーニより先にゴールすればチャンピオンが確定する。喩え両者とも日本GPをポイント圏外で終え、最終戦でラニーニが優勝、シャルロッタがノーポイントであっても同点、優勝回数の多いシャルロッタがタイトルを手にする。


 前に智佳や紗季たちが応援に来る茂木で、チャンピオンを決めると愛華に宣言した事が、いよいよ現実味を帯びてきた。愛華は珍しく興奮していたが、シャルロッタがラニーニなど眼中にないみたいな態度を取らないか気になった。目立ちたがりの彼女の事だ、なにをしでかすかわからない。

 だがシャルロッタは、意外にもウィニングランでも派手なパフォーマンスはしなかった。


 愛華は少しシャルロッタを見直した。

 まだニ戦を残して、可能性は低いとは言え、ラニーニちゃんだってまだ諦めてないはず。友だち以前に真剣に戦っている相手を馬鹿にするような真似をしたら、例えチームメイトでも許せなくなると心配だったけど、やっぱりシャルロッタさんも互いの命を晒して競い合う、レースの世界に生きている人なんだ、と疑った自分が恥ずかしい。ライバルであっても、相手への信頼と敬意がなければ高速での接近バトルなどできない。


 それとは別に「基本中二病というのは、勇者とか騎士に憧れてるから、余裕のあるときなら強敵にも敬意をはらうものです。彼女たちにとって重要な美意識なんですから」と以前スターシアさんが教えてくれたのも思い出した。重要と言いつつ余裕のあるときだけというのが少し引っ掛かるけど、なんとなくそっちの方が当たってる気がしないでもない。


 しかし、表彰式が始まると、シャルロッタの様子が少し違うのに愛華はすぐに気づいた。勇者の余裕とかとは、まったく違う……。


 優勝者の名前をコールされたシャルロッタは、右手と右足を同時に出す歩き方で舞台に登場した。最初はふざけてるのかと思った。しかしその顔はひきつっていて、唇は震え、瞳も明後日の方を向いているみたいだ。


 なんと、あのシャルロッタが、ガチガチに緊張しているように見える。

 愛華だけでなく、三位のラニーニもその異変に気づいていたが、下段にいるファンとマスコミは、まだパフォーマンスだと思っているようだ。


「シャルロッタさん、なんか堅いですよ。どうしたんですか?」

 シャルロッタさんが緊張などあり得ないと思いつつも、なんだか気になって訊いてみた。

「ア、アイカ……べ、べつに普通よ!こ、これでチャンピオンにまた一歩近づいたんだから、いつもよりちょっと嬉しいだけ」

 どう見ても普通じゃない。愛華の脳裏に、去年の最終戦の出来事が甦った。


(まさか、また何か問題を抱えているの?)


「シャルロッタさん、わたしたち、パートナーですよね!なにかあるなら、話してください!」

「アイカちゃん、ここ表彰台だから。みんな観てるよ」

 愛華が思わず大きな声で尋ねたので、反対側にいたラニーニが嗜めた。

 慌てて口を押さえ、あたりをキョロキョロ見回したが、ラニーニ以外は気づいた様子はなかったので、ほっとした。

「シャルロッタさん、とりあえず今は普通にしてください。笑顔、笑顔で」

「だから普通よ!」

 愛華が小声で呼び掛けると、シャルロッタのムッとした声が返ってきた。

「もし本当に体調が悪かったら、休んだ方がいいよ」

 ラニーニの方が、愛華より適切な助言をしてくれた。負けているのにライバルの異変を気づかうことの出来るラニーニは、本当に素敵なライダーなんだと、愛華は改めて思った。


(わたしなんか、やっぱりぜんぜん余裕ないな。出来ればラニーニちゃんとは、最終戦までタイトル争いしたいなぁ……)


 そんなこと考えて、すぐにずいぶん傲慢な思い上がりだと気づいた。


(ラニーニちゃんだって凄いライダーだ。余裕なんて咬ましてたら、足下を掬われる。一戦一戦、本気で戦っていかなきゃいけないし、ラニーニちゃんにも失礼だよね)


 肝心のシャルロッタの様子が変なのは気掛かりではあったが、確実にタイトルを獲得する事に集中しなければならないと肝に銘じた。



 なんとか表彰式は終えることが出来たが、大勢の記者たちからの質問に直接答えるプレスカンファレンスでは、シャルロッタの様子がおかしいことを誤魔化す事は出来ない。

 三位のラニーニから順番に質問されている間も、シャルロッタは固まったままだ。いつもなら他人の質問にも横から口を挟んでくる彼女がおとなしくしていれば、当然記者たちは異変に気づいてくる。一般の人より遥かに観察力の鋭い人たちだ。


 元々思い込み易く、タイトルに近づいて過敏になっている愛華は、シャルロッタの事が気になって仕方ない。もし前のような問題を抱えているとしたら……、どうしたらいいのかわからないが、とりあえず真相を訊くまではマスコミに知られる訳にはいかないと、必死で考えを巡らせた。

 ラニーニへの質問が終わり、次に愛華へのインタビューに移る。愛華はおそらく一番多くされるであろうシャルロッタへの質問を、どうやって手短に終わらせるかばかり考えて、自身はシドロモドロに質問に答えていた。

 いよいよシャルロッタの番になった時、愛華は咄嗟にマイクを手で押さえ、直接記者たちに口を開いた。

「あのっ!……お手洗いに行ってもいいですか!?レース中からずっと我慢してたんです」


 インタビュー会場が一瞬静まり返った。

 うら若き乙女が記者会見の場で、お手洗いに行きたいと口にしたのだ。女性記者は勿論、いやむしろ男性記者の方が気を使ったかも知れない。

 誰からも好感を持たれ、一部マスコミからはGP界のアイドルとして取り上げられている愛華となれば、下手な突っ込みは出来ない。

 そして愛華の人柄から察するに、先ほどからいつもと違うと気になっていた、シャルロッタの様子と結びついた。


 本当にお手洗いに行きたいのは……?


 愛華の健気けなげにチームメイトを想う気持ちと、チャンピオンにリーチをかけたシャルロッタへの媚びから、彼女への質問は「今の心境は?」の一つだけという異例の短さで会見は終了した。勿論いくら普段おもしろキャラのシャルロッタに対しても、女性の生理現象への配慮があったのは言うまでもない。



 記者会見を早々に終わらせた愛華は、シャルロッタの手を引っぱって、女性用トイレに駆け込んだ。

「ちょっと、あんた何考えてるの!?あたしまでトイレ我慢してたみたいじゃないの!」

 化粧室に入るなり、シャルロッタは愛華の手を振りほどいて訊ねた。


 いやたぶん、ほとんどの記者は、シャルロッタのために愛華が恥かしい思いをしてくれたと思われている。


「すいません……、咄嗟にあんなことしか思い浮かばなくて……」

 申し訳なさそうに愛華が答えた。

「だからなんで、あんなこと言ったのよ?おしっこしたいなら、一人で早くしてきなさいよ!」

「いえ、本当にトイレ行きたかったわけじゃなくって……、えっと、シャルロッタさんが心配だったんです」

「はあ?なんであたしが心配なのよ?」

「だってシャルロッタさん、いつもと様子が違うし……いつもだったら、これ見よがしに派手なパフォーマンスやって、エレーナさんを怒らせるじゃないですか。なのに今日は全然普通だし……て言うか、おとなしくしてるからまたなにか……」

「あたしが普通だったら普通じゃないの!?おとなしくしてたら、そんなに心配なの?」

 シャルロッタが世間でいうところの『普通』にしてたら、彼女を知る者からすれば『普通』ではない。愛華の心配は少し過剰な気もするが、シャルロッタには前例があり、シャルロッタがおとなしくなった姿は、昨年の最終戦の時しか、愛華は知らない。


「もし悩みとかあるなら、エレーナさんに相談しましょう!エレーナさんに話し難いなら、わたしにだけ教えてください。あたしに何ができるかわからないけど……、たぶん……、がんばって、きっと力になります!」

「ぜんぜん意味がわからないわ。あたしはぜんぜん普通だから!」

「嘘です!ゴールしてからのシャルロッタさん、なんだか急に緊張してるみたいになっちゃいました」

 シャルロッタは、ギクリと図星を突かれたような表情をした。やはり緊張していたのは明白だ。

 問題は、何を怖れて緊張しているのか?だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分でコントロール出来ない緊張はタチが悪い。
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