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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
147/398

磐石の勝利

 オーストラリアGP決勝は、スタートしてすぐにエレーナが先頭に立ち、シャルロッタと愛華を挟むようにスターシアも後ろに着いた。ブルーストライプスも、ナオミがスタートで出遅れたもののすぐに追いつき、ラニーニを中心とした陣営を形成する形で始まった。ケリーが単独で両チームの間に割り込んでいたが、しばらくは様子見を決め込んでいるらしく、特に動こうとはしない。


 エレーナは、バレンティーナやマリアローザ、琴音といったヤマダ勢が追いついて来ると面倒なので、スターシアも前に出し、序盤から二人で先頭交代しながらハイペースでトップグループを引っ張る。愛華は取り敢えずシャルロッタの後ろで控えた。

 今の愛華の実力なら、決して無理せずとも着いていけるペースではあったが、なんと言ってもやはり海からの強風が不安だ。


 向かい風はまだいい。前にエレーナとスターシアが盾になってくれているので、直接受けなくて済む。全体にいくらか速度が落ちるだけだから、危険はない。

 しかし横風は防ぎようがないし、高速で煽られると心臓が縮む思いがする。

 意外に厄介なのは、追い風を受ける区間だ。元々軽くて小さなエンジンのMotoミニモのマシンは、空気抵抗によってパワーの食われる割合が他のクラスより大きい。

 当然向かい風ではスリップストリームの効果も大きいのだが、逆に追い風を受けると、想定以上にスピードが乗ってしまう事がある。つまり追い風というのは、巨大なスリップストリームの中に集団ごと入っているようなものなのだ。

 速くなるのは歓迎すべき事なのだが、スピードが変わればコーナーリングへのアプローチもブレーキングポイントも変わってくる。しかも風は一定ではない。

 エレーナのハイペースでも遅れないでついて行けるレベルにはなっていても、絶えず変化する条件では、一瞬も気が抜けない。

 厳しい条件になるほど、経験と実力の差がはっきりと浮き出てくる。愛華は自分がチームの足を引っ張らないようにエレーナやスターシアのラインを、緊張しながらトレースして行くほかなかった。

 

 

 条件はブルーストライプスも同じであるが、一発の速さはないものの安定した実力者を揃える彼女たちにとっては、むしろ望ましい状況と言えた。

 悪条件下であってもエレーナやスターシアの方が上手(うわて)であるのは間違いないが、彼女たちとて本来のスピードは発揮できない。リスクを冒さない範囲のペースであれば、十分にエースのラニーニを温存したままついて行ける。ハンナはこの悪条件に望みを託した。


 最終的には単独であるケリーは脱落するだろう。エレーナもスターシアも、このペースでは燃費が厳しくなる可能性が高い。愛華もいつもの走りはできないはずだ。

 最後はシャルロッタの逃げ切りを謀るだろうが、安定性に欠ける彼女なら、ラニーニにもチャンスはある。少なくともシャルロッタとの間に、他のライダーに入られる可能性は低くなる。上手くいけば、シャルロッタひとりを追い込めるかも知れない。



 レース巧者のケリーは、巧みにストロベリーナイツとブルーストライプスの狭間に潜り込んで粘っていたが、レース中盤に入るとエレーナたちが更にペースアップをはかるとさすがにアシスト無しでは厳しくなっていった。その隙をハンナに突かれ、レース半ばでトップグループから締め出された。 

 ブルーストライプスにとっては、単独でもケリーはシャルロッタを揺さぶるのに使える存在ではあったが、自分たちが遅れては元も子もない。ストロベリーナイツにとっても、やはりヤマダパワーは目障りな存在だ。

 両チームともタイトルを賭けて、邪魔の入らない勝負を望んでいた。


 本来、パワーの差を活かせるはずのこのコースで、屈辱的な邪魔者扱いをされたヤマダ陣営であったが、後方ではバレンティーナがマリアローザと共にセカンドグループの先頭まで順位をあげ、琴音と範子も合流すると一気に集団を抜け出していた。

 トップグループから脱落したケリーを拾うと、更にスピードを加速させ、猛然とストロベリーナイツとブルーストライプスを追い上げ始めた。

 琴音は自分の不利な区間をよく把握しており、得意とする区間でのみ歴戦のスターライダーたちを積極的に引っ張る。

 途中、範子が遅れ始めたが、誰も気にする事なく、強引とも言える勢いでトップグループをめざした。



「シャルロッタ、ラストスパートの時間だ。調子に乗りすぎるな。アイカは後ろをガードしろ」

 残り五周をきって、ヤマダ勢が迫っている事を知ったエレーナは、シャルロッタにスパートを指示した。

 エレーナもスターシアも、もう燃料がぎりぎりになっている。今回は愛華に前を引かせるには、リスクが高いと判断した。責任感が強いだけに、無理をしてしまう可能性が高い。愛華が無理するのはいつもの事だが、強風という条件には、もう少し経験を積んでから限界に挑ませてやりたい。どうしてもという状況になればそうも言ってられないが、この状況で無理させる必要はないだろう。


「待ってました!アイカ、遅れるんじゃないよ!」

「だあっ!頑張ります」

 正直言って、愛華はほっとした。

 さすがにこの条件でシャルロッタさんを引っ張るなんて、とても出来るとは思えない。自分とそれほど変わらない体格なのに、シャルロッタさんはまるで風に煽られるのを楽しんでいるかのように自由自在に戯れる。まるで空を飛ぶカモメのように。

 少しでも参考にしようと、目を凝らして秘密を探るが、やはり魔力を使う者の走りは参考にならない。

 もしシャルロッタさんが調子に乗りすぎても、自分に一体なにが出来るだろう。もしもの場合に、同じ生身の人間であるライバルを近づけさせないようにする事ぐらいしか、出来る事はない気がする。

 愛華は出来ないことしようとするより、出来ることに集中しようと心掛けた。


 シャルロッタと愛華より先にスパートを仕掛けようと構えていたハンナたちだったが、一瞬先を越された。直ぐ様追おうとするが、エレーナとスターシアをパスするのに手間取り、完全に出遅れてしまった。結果的にこの時点で勝敗は決していたと言える。

 ニ周ほどでエレーナがガス欠でリタイアし、間もなくスターシアもスローダウンしたが、既にシャルロッタのミスを願うしかない差まで拡げられていた。


 シャルロッタが調子こいてもおかしくない状況だったが、今日の彼女は、いつもほどトリッキーな走りは見せなかった。と言っても決して遅い訳ではなく、後ろから見ている愛華には、充分にその人間離れした感覚を感じずにはいられない。

 悪条件を考慮して、不必要なリスクを冒さないよう考えた走りも出来るようになったのかと、安心したりしていたが、当のシャルロッタは、まったく別の事を考えていたのであるが、結果良ければ、善しとすべきだろう。今日の愛華に、活躍する機会も自信もなかった。



 真面目に走っても(?)、シャルロッタは速かった。ほとんど彼女一人で前を受け持っていたが、ブルーストライプスがチーム総掛かりで追っても差はなかなか縮められず、シャルロッタ優勝、愛華二位という必勝パターンを阻止する事は叶わなかった。それどころか後半、あわやラニーニの表彰台も危ないのでは?というところまでヤマダに追い込まれるシーンも見られたが、三位死守に専念したチームの結束と、ヤマダのハイパワーが仇となったタイヤのダレから、なんとかラニーニが表彰台に滑り込み、タイトルへの望みを辛うじて繋げた。



 Motoミニモでは他のクラスと違い、タイヤのワンメークス化はされていなかったが、タイヤサイズの規定はある。ハイパワーなマシンにはそれに見合うタイヤが必要だが、どのタイヤメーカーも最先端の技術を投入している以上、グリップ力と耐久性に限界はある。これ以上のワイド化が許されないとなれば、グリップ力を稼ぐために耐久性を犠牲にするか、タイヤへの負担を減らすマイルドなセッティングにするしかない。前戦マレーシアGPでの琴音のラストラップのハイサイドを含めて、改めてタイヤとマシンのバランスが如何に重要か、そしてハイパワーマシンの弱点が浮き彫りとなった。

 どんなに強力なエンジンを載せていても、パワーを路面に伝えるタイヤが追いつかなければフルに発揮出来ない。これまでMotoミニモでは、ワイド化より転がり抵抗を減らす事の方が重要とされてきたが、ヤマダエンジンはタイヤコンパウドの進歩を一気に追い越してしまった。


 それに気づいた一部関係者の間では、以前からヤマダの独壇場を阻止する(興行を盛り上げる)為にも、来期にもMotoミニモでもタイヤのワンメーク化すべきとの声も上がっていたが、欧州のタイヤメーカー、そして意外にもスミホーイとジュリエッタの反対によって見送られた。


『ワンメークス化というのは、一見どのチームにも平等で、盛り上がるように思えるが、タイヤというのはマシン開発の要である。同じタイヤを使えば、当然それに合わせたマシンにならざる得ず、マシンに個性がなくなっていく。結果として独自の発展をしていたMotoミニモ自体をつまらなくする』


 というのが表向きの主張だが、当然それぞれの思惑もある。

 イコールコンディションと言えば聞こえはいいが、実際にはヤマダ有利になるのは目に見えていた。

 ストロベリーナイツにタイヤ供給しているフランスのメーカーは、「ワンメークでは競争がなくなり、開発が停滞する」としてワンメークス化になれば撤退を公言している。

 ジュリエッタに供給するイタリアのメーカーは、他のカテゴリーではワンメークスのタイヤメーカーとして供給していたが、Motoミニモ全チームに供給するには現状より膨大に規模を拡大しなければならない。その割りにフランスのメーカー同様、競争のない世界で勝っても宣伝効果は薄いので、これ以上手を拡げるのに乗り気でない。

 そうなると、現在ヤマダに供給している日本のメーカーが唯一の候補であり、開発から関わってきたヤマダが圧倒的有利になるであろう事は判りきっていた。スミホーイもジュリエッタも、来シーズン用のマシン開発を、それぞれのタイヤメーカーに要望を出しながら、既に進めているのだ。


 日本のタイヤメーカーにしても、全チームに供給するのは大変な負担だ。況してヤマダはともかく、スミホーイやジュリエッタが前より遅くなったりしたら逆宣伝になる可能性もある。タイヤのワンメークス化を一番望んでいないのは、実は供給するメーカーだったりする。


 いずれにしろ、ヤマダのマシンがレースでも速さを発揮するに従い、新たな弱点も見えてきた。

 只こういった問題は、進化の過程に付き物であり、いずれ克服されるのも時間の問題ではあるのだが……。


 第15戦オーストラリアGP終了時点のポイントランキング


1 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S

            299p

2  ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J

            274p                 

3 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S

            213p

4 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S

            160p 

5 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J

            158p

6 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J 

           149p             

7 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S

            136p

8 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y

            124p

9ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y

            120p

 

10 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J

            117p

11 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J

             67p 

12 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y

             60p            

13 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y

             56p

14 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J

             31p 

15 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS

             26p

16 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS

             24p

17 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y

             20p   

18 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J

             17p             

19 ノリコ・カタベ(ヤマダインターナショナル)Y

             16p

20 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)

             12p

21 コトネ・タナカ(ヤマダインターナショナル)

              7p

22アンナ・マンク(アルテミス)LS

              3p

22 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y

              2p

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― 新着の感想 ―
[一言] タイヤとパワー。コレも永遠の課題でしょう。 私の持論では、一般路でタイヤから路面に伝えられるパワーは、30年で10PSくらいしか上がっていないと思ってます。
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