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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
141/398

響け!スミホーイ

 一旦は優勝戦線から脱落したかと思われたナオミが再び追いついてきた事で、ようやく愛華は自分たちのラップタイムが落ちている事に気づいた。しかもナオミが加わった事により、ラニーニの動きも活発になり、シャルロッタの頭にますます血を昇らせた。

「シャルロッタさん!一旦落ち着しましょう。剥きになってもペースを乱されるだけです」

 冷静にシャルロッタを導かなければならない立場だったはずの自分が、熱くなってしまっていたことを反省しつつ愛華は呼び掛ける。

「一旦なんて言ってたらレースが終わっちゃうわよ!あたしがこんなやつらに負けるはずないんだから!」

「でもこのままでは、いくらやっても同じです。コトネさんの直線スピードには太刀打ち出来ません」

「じゃあどうするっていうの?落ち着いたところでこいつの直線スピードは遅くなってくれないわよ!」

 シャルロッタの言うことはもっともだ。最終コーナーを回る時点で大きく差をつけておかないと、コントロールラインを越えるまでに抜き返される。ストレート以外の区間では優勢とはいえ、ヤマダパワーにものを言わせた琴音の立ち上がり加速は、コーナーでもこちらの出ばなを挫く。知らないうちに、ラップタイムまで落ちていた。更にはラニーニとナオミまで加わって、制約は大きくなる一方だ。このままでは、後続のグループにも吸収されてしまう。


 愛華は自分の未熟さを思い知らされた。確実に一勝ずつ重ねていかなければならないところを、シャルロッタに乗せられたとはいえ、欲張りなことを考えてしまったばかりに、いや、シャルロッタに乗せられたんじゃない。自分でもそれを夢見て堅実さを忘れた。エレーナから余計な事を考えるなと言われていたのに……。


 だが、もしあそこで無難な戦い方を選んだとして、状況は変わっただろうか?

 結局最後のストレート勝負で、どうしようもなくなってしまってた気がする。


 エレーナさんだったら、どんな手を打つのだろうか?




 エレーナは、逃げに入ったシャルロッタたちのペースが落ちていくのを苦々しく眺めていた。スターシアと二人でセカンドグループのペースをコントロールしていたが、バレンティーナやケリーといったレース巧者を抑えるのは容易ではない。残り少ない周回数であっても追いついてしまうのは最早疑いない。


 嫌な予感は的中した。琴音は只のテストライダーではなかった。レース慣れしている様子ではなかったが、巧みにリズムを狂わす何かを持っている。

 愛華とシャルロッタを責めるのは酷だろう。エレーナすら想定していなかったのだ。

 勘が当たっても、なんの自慢にもならない。対処する策を考じていなかったのなら、ハズレたのと同じだ。



 ゴールまで二周余りを残して、トップグループを形成していた五台はついにセカンド集団に呑み込まれた。ストロベリーナイツの逃げは完全に失敗に終わった。

 シャルロッタが、自分のお馬鹿なミス以外で逃げ切れなかったケースが、過去にあっただろうか。それもいくらパワフルなマシンに乗っているとはいえ、特別に速いとは言えないライダーからである。


 エレーナとスターシアが、シャルロッタと愛華に合流する。行き詰まっていた二人にとっては、頼もしい援軍の到着だが、同時に琴音やラニーニにとっても同じである。特に孤立していた琴音にとっては、本来勝たせるべきエースが追いついた事で、まだ見せていない顔を覗かせる可能性も考慮しなくてはならない。


 バックストレートで、バレンティーナとケリーが一気に琴音の背後に入る。

 最終コーナーでは、エレーナとスターシアの加わったストロベリーナイツが、琴音の立ち上がりラインを塞いだが、メインストレートに入るとすぐに並ばれた。


 ラスト2ラップ、12台のマシンが入り乱れてメインストレートを通過する。


 これほどの大集団で、しかも残り二周を切ったとくれば、秘かにチャンスを窺っていたハンナも傍観していられなくなった。隙を狙うにも、狙えるポジションに居なければどうにもならない。

 密集した塊に混じって、第一コーナーに雪崩れ込んで行く。


 もう作戦も何もない。ただライバルを蹴落とし、自分たちが前に出る事しか考えられない。


 そんなカオス状態の中でも、愛華は自分の果たせなかった責任を感じていた。

「すいません、エレーナさん。わたしがちゃんとレースを組み立てていれば……」

 謝られたエレーナは、少し驚いた。GP屈指の猛者どもが無秩序に暴れるこの最前線において、反省の言葉を述べてくる愛華の肝っ玉の太さにだ。

「おまえのせいではない。シャルロッタに思いきり走れと言ったのは私だ。とにかく今は、シャルロッタから絶対離れるな。ほかの連中は私とスターシアに任せろ」

 圧倒的なストレートスピードの差に、打つ手の思いつかないままエレーナは答えた。


 これほどの混戦、しかもゴール手前に長いストレートの連続するこのコースでは、圧倒的パワーのヤマダの優勢は動かしがたい。如何にシャルロッタと云えども、ストレート勝負ではどうにもならない。

 だが、この愛華の座った根性とシャルロッタのイカれた走りなら、奇跡が起こせるかも知れない。もしかしたらと思わせる何かを、エレーナの勘が訴えていた。




 コーナー区間では、スミホーイの方が上回っていた。S字の切り返しなどでは、ヤマダの重苦しさが際立つ。おそらくエンジンパワーと車体(シャーシ)剛性のバランスが、まだ完全には熟成されていないのだろう。立ち上がり加速の鋭さに苛つきながらも、ストロベリーナイツの四人がパスしていく。それどころか、ラニーニやナオミたちまで簡単に割り込めた。

 本気で抜かせまいというより、この区間での勝負は最初から捨てているようにも感じる。

 それが正しい読みであるのは、バックストレートまで辿り着けば一目瞭然となった。

 琴音、バレンティーナ、ケリー、マリアローザの四人は、ストレート区間に入った途端、ラニーニたちを置き去りにして、エレーナとスターシアにまで迫る。

 最終コーナーはやはりエレーナとスターシアが抑えるが、ホームストレートに入ると、ぐんぐん加速して行く。ヤマダは此処セパンサーキットを、茂木や鈴鹿に次いで、開発テストの場としており、琴音はGPレギュラーライダー以上にこのサーキットを走り込んでいた。その琴音の走りに合わせれば、ヤマダのマシンで負ける事はないと、バレンティーナもケリーも気づいた。

 愛華とシャルロッタは、少しでもトップスピードを稼ごうと、交替で風避けになるぐらいしか出来ることはない。

 二人の懸命な努力も虚しく、コントロールライン手前で抜き去られ、バレンティーナトップで最終ラップへと突入した。



「もうっ、ホントにアタマきたわ!なんなのコイツら!直線しか速く走れないヘタレのクセに、人の前にウロチョロ出てくんじゃないわよ!」

 とうとうシャルロッタがキレた。シャルロッタだけでなく、愛華も何もさせてもらえない苛立ちに我慢の限界にきていた。このままでは、自分の判断ミスを挽回するチャンスすらないままレースが終わってしまいそうだ。

「エレーナ様、あたしにはやっぱり確実な勝ち方なんてムリみたいです。エレーナ様の意に反して、コイツらに本当のあたしの姿を見せつけねばならなくなりました。お許しください」

 なんか凄い悲愴な決意を語ってるっぽいが、エレーナの意に反するのはいつものことだ。

 だがエレーナは呆気なく了解した。チャンピオンを視野に入れた戦い方なら、ヤマダを無視してラニーニだけに集中するのもあり得たが、もうそういう問題ではなくなっていた。ここでヤマダに敗れる事は、来シーズンどころか、残りのレースでも主役がヤマダに移る事になる。例えタイトルを手にしたところで、真の最速と呼ばれるだろうか。何よりシャルロッタのモチベーションが心配だ。シャルロッタ中心の流れを、空け渡したくない。


「いいだろう……。本物のレーシングというものを、ヤマダの連中とマレーシアの観客に教えてやれ。愛華も絶対に負けるな」

 エレーナは、この二人の起こす奇跡に賭けた。


「アイカ、あんたにはあたしの本当の姿、見せたくなかったわ……。この姿を見たらきっと……」

「なんでもいいからとっととやってください!」

 この場に及んでも中二病設定にこだわるシャルロッタに、愛華はキレた。

「シャルロッタさんのチート走りは、設定が大事なんですから、面倒でもつきあってあげないとダメよ、アイカちゃん」

「スターシアさんは余計なこと言わないでいいです!」

 まったくこの人たちは、本気になるほどふざけているような気がする。それに慣れてしまった愛華自身も、何か大切なものを失った気がしてならない。


 そんなやり取りをしてる間に、第一コーナーが迫る。シャルロッタは、先行するヤマダの四台のイン側、縁石との僅かな隙間へ、高いスピードを保ったまま突進して行く。愛華もそれに続くが、深く右に回り込んだ先にあるきつい左コーナーを考えると、速度を緩めざる得ない。

 しかしシャルロッタの排気管から弾き出されるエキゾーストノートは、高回転維持を示すかん高い音のままだ。

 シャルロッタは深く回り込みながら、リアを大きくスライドさせていた。まるでフレデリカのような、ドリフトでスピードをコントロールするような走り方だ。

 そのままマシンを起こすと、一瞬で左側に倒し込む。ハイサイドかと思わせるような瞬間の切り返し。目の前で見せつけられたヤマダの四人は、瞬きの間、呆然としてしまった。

 その一瞬の隙をついて、愛華、ラニーニ、エレーナ、ナオミ、スターシアも次々と雪崩れ込む。


「なに驚いた顔してんの?あんたとこのフレデリカがやってたテクニックでしょ?なんか珍しい?」

 シャルロッタは勝ち誇ったように言い放った。確かにフレデリカと同じようなドリフト走法だったが、簡単に真似出来るものではない。というよりフレデリカしか出来ない走法だと誰もが思っていた。シャルロッタのチームメイト以外は……。


「あらあら、どんな必殺技見せてくれるのかと期待したのに、フレデリカさんのコピーですか?」

「なっ、スターシアお姉さまっ」

「わたしに見せたくないって、人の真似だったんですね」

「アイカにまで……。あれだってけっこう難しい技なのよ!いいわ、あたしの本当の必殺技、見せてあげるから絶対遅れないでついて来なさい!」

 ヤマダの四人とは異なる、チームメイトの冷ややかな反応に、シャルロッタのプライドは傷ついた。大きくスライドさせた状態からの切り返しの早さは、フレデリカ以上だったはずなのに……。

 まあ彼女たちも、この土壇場でフレデリカばりの特異なドリフト走法を再現出来るのは真の天才だけだというのはわかっていて言っている。


 シャルロッタの才能はこんなものじゃない。まだまだ加速してもらわないと困る。ヤマダのパワーも届かないほど遠くへと。

 ヤマダの力強い排気音をかき消すように、かん高いスミホーイサウンドがセパンサーキットに響き渡る。

 シャルロッタの二度目にして最後のスパートは、始まったばかりだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 馬鹿にすればするほど速くなる⁈ まるで酔拳‼︎
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