世界チャンピオンなって普通の女子高生やってみたい。
圧倒的なスピードと狂気。それまでずっと耐えてきたシャルロッタの魔力が解放された。
それでも愛華が遅れずついていけたのは、逝っちゃてるように見えるシャルロッタの走りにも、どこか冷静な部分が残されていたからだ。
シャルロッタの中で、なにかが変わりつつあるように愛華は感じた。そもそもこれまでのシャルロッタなら、ここまで大人しくしていられなかったはずだ。
神経がタイヤの端にまで繋がっているかのような、体の一部になったバイクを自在に振り回す走りは変わらない。ただ今までのように好き放題暴れ回るのでなく、的確に速く走ろうとしているように感じた。
愛華に対しても、ついて来れるならついて来なさい、という居ても居なくても勝手に走る的な態度でなく、速く走るために積極的に愛華を使っている。あからさまな上から目線は変わらないが、ちょっとだけ頼られているみたいで嬉しかった。
本気になったシャルロッタの足を引っ張らないだけでなく、絶対に勝たせようと懸命に役割を果す。
ラニーニはなんとかついて来ているが、ナオミと琴音は少しずつ遅れ始めている。
「アイカ!後ろのちっこいのもぶっちぎるわよ!」
「まだ無茶しなくても大丈夫です!ナオミさんが遅れてますから、ラニーニちゃんだけならラストラップでいけるはずです」
愛華は冷静に答えた。
二対一の勝負なら、こちらが断然有利だ。ラニーニちゃんだって簡単に勝たせてはくれないけど、最後は自分が犠牲になってでもシャルロッタさんを勝たせられる。これ以上ペースをあげるより、それが確実だ。
「あたしは絶対勝ちたいの!それもラニーニに大差をつけてね」
「どうしてですか?リードしているんですから、確実に勝っていけば大丈夫じゃないですか」
「あんた、まさかあの約束忘れたの?」
はて?あの約束ってなんでした?シャルロッタさんをチャンピオンにするとは誓ったけど、それ以外に大事な約束しましたっけ?
「日本GPであたしのチャンピオンを決定させて、トモカたちとタイトル記念パーティーするって約束したじゃない!だからラニーニとのポイント差を少しでも拡げとかなきゃなんないの!」
ああ、あれ……。
それは約束というよりシャルロッタが勝手に決めた目標みたいなものだ。確かに愛華も否定しなかったし、約束したような気もする。しかしあの時点では、ラニーニに大きくリードされていたし、日本GPまでにチャンピオンを決定するぞ!って意気込みみたいなつもりでいた。
でもシャルロッタさんがそのつもりでいたのなら、自分も約束を果たさなければなれない。
とりあえずシャルロッタさんの優勝は絶対条件で、わたしもなんとか二位に入れるように頑張ろう。"あの”シャルロッタさんが、智佳たちをチャンピオン決定パーティーに招待したいために、ずっと我慢の走りを続けてきたんだ。その夢を叶えてあげたい。
「わかりました、シャルロッタさん。限界まで攻めてください。わたしも絶対について行きます」
もしやり過ぎて、シャルロッタが逝っちゃうような結果になれば、愛華もエレーナから叱られる。自分でも賢明な判断でないのはわかっている。
でもシャルロッタさんは、友だちを呼んで記念パーティーがやりたい、ってホント女子高生みたいな理由でチャンピオンめざしている。成し遂げようとしてる事とその理由が、あまりにかけ離れ過ぎてて笑っちゃうけど、シャルロッタさんらしくてかわいい。みんなにも、きっと忘れられない思い出になるはずだ。
シャルロッタの本気の本気のバーニングナントカ走りに絶対遅れないようにしようと決めた。前にシャルロッタのコンタクトにゴミが入った時の感覚が再現出来れば、本気の本気出されても足手まといにはならないはずだ。
だがしかし、ゾーンに入るのは望んで出来るものではない。
あの時の、風景がスローモーションのように流れる感覚は甦らなかった。それでも愛華はシャルロッタのアシストとして、充分な役割を果たせている。まだシャルロッタが本気の本気になっていないからなのだろうか?
否、シャルロッタは普通の女子高生みたいな平凡な夢を叶えるために、本気の本気になっていた。
少し前までは、思いだけで実力以上の走りをしていた愛華であったが、いつの間にかゾーンに頼らなくてもエレーナやスターシアに遜色しない実力が、身についていたのだ。
独りで走るならとてもそんなレベルでは走れない。経験の差は歴然だ。だがそのレベルで走れる力は持っている。シャルロッタもそれを知っていた。
だがそれは、愛華だけが身につけた実力ではなかった。
ラニーニもまた、ブルーストライプスのエースとして、ストロベリーナイツに対抗するジュリエッタ希望の星として、実力とプライドを身につけていた。
スパートの勢いを更に増したシャルロッタと愛華。食い下がるラニーニ。三人が抜け出したかのように思われた。
しかし、伏兵は思わぬところにいた。バックストレートに入ったとき、ナオミと共に離されていた琴音が、怒濤の加速で追い上げてきた!
最終コーナーまでに追い抜かれるには至らなかったが、メインストレートに入った途端、あっという間にスミホーイとジュリエッタを置き去りにする。
コーナー区間に入れば忽ちシャルロッタたちに捉えられるが、序盤のように簡単にパス出来ない。進入もコーナーリングも、明らかに三人より遅いのだが、立ち上がり加速が別次元だ。コーナーリング技術が劣っているのではなく、パワーを活かした立ち上がり重視の走りに徹している。
三味線弾いていたの?琴音だけに……。いや、シャルロッタさんに三味線と琴の違いはわからないでしょ!
愛華は自分がつまらないジョークを思いついたのを恥ずかしく思った。それだけ愛華にもまだ余裕があった。
なんだかんだと言って、バックストレートに戻るまでには三人とも抜き返す。
しかし再びストレート区間に入ればヤマダパワーが炸裂する。このまま最終ラップを迎えれば、琴音に優勝をさらわれてしまう。次第に焦りの色が浮かんでいく。
シャルロッタも愛華も、琴音をなんとかコーナー区間で引き離そうと、必死になっていった。それが微妙に琴音のペースに巻き込まれていることに気づかないほどに……。




