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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
137/398

バカとテストライダーと召喚美女

 ダミーグリッドに並んだ時点で、すでにシャルロッタとバレンティーナの間に火花が飛び散っていた。明らかにバレンティーナが挑発して、シャルロッタが乗せられている。

 フォーメンションラップが始まると、それは更に激しいものとなり、シャルロッタはタイヤを温めるふりをして、バレンティーナを威嚇する。

 はじめに挑発したバレンティーナであったが、あまりに露骨なシャルロッタの威嚇にたじろぎ、危険な行為だとアピールするが観客は激しいバトルへの期待に盛り上がる一方だ。


 愛華は三列めからその様子を伺い、スタートしたらすぐにシャルロッタさんの傍にいかないといけない、と感じた。


(バレンティーナさんやケリーさんは、きっとスターシアさんとエレーナさんがなんとかしてくれる。でも一番マークしなくちゃいけないのは、スタートが得意なラニーニちゃんだ)


 決勝直前のミーティングで、エレーナからシャルロッタのアシストを任された。少し前の愛華だったら、責任の重大さに震えてしまったかも知れない。しかし今、愛華にあるのはエレーナからの信頼に応えたい気持ちとシャルロッタのパートナーである誇りに溢れている。


(ラニーニちゃんは大好きな友だちだけど、絶対に負けられないライバルでもあるから。ごめんね、ラニーニちゃん。レースじゃ絶対負けられないからね)


 ラニーニだって、愛華に手を緩めてもらうつもりなんてまったくないと確信している。それが二人の信頼関係だ。



 出走するライダーたちがメインストレートに戻ってきて、それぞれのグリッドにマシンを並べていく。場内の緊張が高まり、歓声や鳴り物の応援が収まっていくのに反して、スタートの瞬間を待ち構える数十台のレーシングエキゾストノートが空気を震わせる。


 最後のマシンがグリッドについたのに合わせて、レッドシグナルが消える。攻撃の時を待ち受けていたスズメバチの群れが、凶暴な羽音を響かせ一斉に巣から飛び出した。


 ぴったりのタイミングでスタートできた愛華は、エレーナとケリーの間をすり抜ける。二人とも好スタートだったが、やはり体重の軽さという武器は、スタートでは断然有利だ。同様にラニーニとナオミも二列めから好スタートを決め、一気にシャルロッタの後ろに迫る。この二人もスタートに賭けていた。

 しかし、最初に1コーナーに飛び込んでいったのは、ヤマダのパワーと体重の軽さを活かした一列め内側スタートの琴音だった。


 愛華は、まだ本来の進入速度にまで達しないまま、スロットルを開けながら1コーナーに入っていくバレンティーナとスターシアもかわした。

 スターシアがバレンティーナのブラインドとなってラインを開けてくれたのに助けられたおかげだ。それは同時に、シャルロッタの面倒を託されたことでもあり、礼など言わず、自分の使命に集中する。もう愛華も苺騎士(ストロベリーナイト)の一人として、役割と責任を自覚している。


 回り込んだ1コーナーからタイトな2コーナーへの切り返し、そこからRの大きな3コーナーへと駆け抜けていく先頭四台を、愛華は必死で追った。

 後ろから見ていても、琴音のテクニックがとてもしっかりしたものであるのがわかる。しかしそれは、テストライダーとして培われたもので、シャルロッタのようなトンデモライダーにどこまで通じるかは未知数だ。


 愛華は今、シャルロッタさんが何処で抜いたら驚かせられるか、わくわくしながら狙っているだろう事は容易に想像がついた。


「開発ライダーという連中を甘くみるな。奴らはバイクのことを知り尽くしている。限界を超えてからの対応も熟知している連中だ。バカが暴走しないように注意してくれ」


 スタート前、愛華はエレーナから言われた。慎重に相手を見極めてからいきたいところだ。


(シャルロッタさんに早く追いついて、一旦冷静にさせなきゃ)


 愛華がそう考える矢先、早くも高速S字の5~6コーナーでシャルロッタが仕掛けた。

 Motoミニモクラスであれば、ほぼノーブレーキで進入する5コーナーではあるが、シャルロッタは一直線にコーナー頂点を目指し、フルスロットルのまま突っ込んでいく。

 真横にまで並ばれて初めてシャルロッタに気づいた琴音は、一瞬驚いた様子をみせたが、すぐに自分のラインをキープする。常識であれば真っ直ぐ突っ込んでもコースアウトすることはないが、続く6コーナーで詰まって抜き返せると考えたのだろう。

 しかしそこはシャルロッタ、5コーナー頂点で素早く向きを変えると、中間地点までに左ターンを終え、電光石火の切り返しで6コーナーへのラインに乗せた。

 今度こそ本当に驚いた様子の琴音を、ラニーニとナオミもかわしていく。


(意外と怖がること、ないかも……?)


 愛華としては、シャルロッタに早く追いつくには琴音にもう少し粘って欲しかったりしたのだが、案外あっさり抜かれたことに拍子抜けした感が否めない。

 もともと絶対負けられない相手はラニーニとナオミだ。自分も手早く琴音をパスして、早くシャルロッタに追いつきたい。愛華は序盤から全力で先を急いだ。


 しかし琴音は、愛華に対して意外と粘りをみせる。すぐに追いついたものの、なかなか前に出られないまま三周が経過していた。シャルロッタとラニーニとナオミの三人からは、それほど離されていないが、シャルロッタを孤立させてしまっている。


 現時点ではまだまだシャルロッタのスピードが優位を保っているが、ラニーニとナオミは交互に庇い合いながらぴったり後ろにつけている。後半になれば、シャルロッタが追いつめられるのは必至だ。


(なんとか早く追いつかなきゃ。でも琴音さん、どうにも抜き難いなあ、もう!)


 愛華は次第に苛立ちを募らせていた。確かに琴音はバイクの扱いは愛華より上かも知れない。それでも明らかにレース慣れしていない走りは、隙だらけだ。日本でレースをしているかも知れないが、GPのバトルとは激しさが違う。それなのに、愛華はどうしても琴音の前に出られない。



 愛華の走りの特長は、その体重の軽さを活かしたレスポンスの良さにある。これまでその優位性を生かして、テクニックで上回るライバルたちと対等に渡り合ってきた。しかし琴音は、愛華とほぼ同じ体格、走りのリズムも似ている。


 サーキットを走ったことのある者なら経験があると思うが、同じくらいのレベル、同じような走り方のライダーというのは、どうにも抜き難いものだ。後ろについている間に、ますます相手のリズムとシンクロしてしまい、なかなかパス出来そうで出来ない状態に陥ってしまう。


 愛華は初めて自分と同じタイプのライダーに相対して、焦れば焦るほど相手に合わせさせられてしまっていった。


 後方からは、徐々にセカンドグループが追い上げてきている。エレーナとスターシアがコントロールしているが、バレンティーナやケリー、それにハンナとリンダに加えてマリアローザまでのアタックを受けて、ペースを抑えきれなくなっている。


(もうっ、なにやってるの、わたし!)


 このままでは、自分の役割を果たせないまま集団に呑み込まれてしまう。先頭で孤立したシャルロッタは、消耗だけを強いられ、混戦に巻き込まれたら、非常に厳しい状況になるだろう。


 なんとか追いつかれる前にパスしようと、気合いを入れて突っ込むが、立ち上がり加速ではヤマダパワーの前に出るには至らない。苛立ちは思考の柔軟性を奪い、剥きになるほどより深みへと嵌まっていった。





「あらあら、アイカちゃんずいぶん苦労しているみたいですね」

 ほとんど射程圏内に迫ったスターシアが、エレーナに話し掛けた。彼女もGP屈指の実力者たちを相手に厳しいレースをしているのだが、場違いなほどのんびりした口ぶりだ。

「アイカにとっては、初めての自分と同じタイプの相手だからな」

 琴音を甘くみるなと注意していたエレーナだったが、こういう形で愛華が苦戦するとは想定外だった。シャルロッタのようなチート走りにも合わせられる反面、意外な弱点が露呈してしまった。

「まあそれほど深刻な弱点という訳ではないし、自分で答えを見出だすまで経験を積ませてやりたいところだが、今はそんな悠長なことを言っていられない。私が手本を見せて、さっさと揃ってシャルロッタを助けにいくぞ」

 バレンティーナのアタックをブロックしながらエレーナが言う。スターシア同様、話ぶりとは裏腹に、走りにそれほど余裕はない。これ以上集団を抑えるのは難しい状況だ。作戦を変更して、全員で先頭に出ることにした。

「待ってください、エレーナさん。手本は私が見せますわ。エレーナさんばかりいい役やらせられません」

「この前はスターシアもいい役やっただろ?」

「もうずっと前のことです。アイカちゃん、スタートしてすぐに道を作ってあげたのに、そのまま行ってしまいました。お姉さんとしてはちょっとさみしいのです」

「それがチームワークだ!なにを恩着せがましく言っている?」

「恩を着せるつもりなんてありません。私はただ、アイカちゃんの憧れの視線をエレーナさんに譲りたくないだけです」

「なんだそれは?あっ、コラっ!ちょっと待て!」

 エレーナが文句を言おうとしたときにはすでにスターシアは、愛華の横に並んでいた。




 エレーナとスターシアの会話は、愛華にも全部聞こえていて、なんだか気まづくなってしまった。

「あっ、あのスターシアさん、先ほどは道を作ってくれて、ありがとうございます……」

 取り合えずお礼を言った。

「そんなこといいのよ、チームなんだからあたりまえでしょ」

 ヘルメットの隙間から柔かな微笑みを覗かせてスターシアが応える。エレーナに対する態度とずいぶん違う。この微笑みの裏に腹黒さが潜んでいるかと思うと、ちょっと怖い。


「アイカちゃん、こういう相手には自分の走りにこだわっちゃダメよ。意地になるほど縛りつけられて、相手の思う壺になるんだから」

「スターシア!縛りつけるとかイヤらしい言い方はするな!さっさとパスしないなら私が行くぞ」

 エレーナが後ろから怒鳴った。

「まあ、エレーナさんは下品で嫌ですね。エレーナさんみたいな強引な抜き方見せようと思ったけど、やっぱりアイカちゃんには美しいライディングを覚えてほしいから綺麗にパスしましょうね。ついてきて」


 スターシアはそう言うと、減速に入った琴音の後ろにすーっと入っていく。愛華もそれに続く。

 琴音がターンインする僅かに外側のラインを、僅かに速い速度でコーナーを曲がる。


 愛華の感覚だと、少し進入速度が速すぎる気がするが、スターシアを信頼してついて行く。


 肘が路面に触れるほど深くバンクさせても、タイヤはしっかりと横Gを受け止めてくれている。


 ほんの少し速いだけで、何も特別なところのないあたり前のコーナーリング。


 僅かに速度が速いだけで、クリップポイントを通過するときには、既に琴音の横に並んでいた。そこから琴音がスロットルを開けるより僅かに早く、スロットルを開け始める。コーナーリング速度自体で勝っていた上に、より早く開けているので、ヤマダのパワーが発揮される前に、二人は琴音をパスしていた。


 更には琴音が立ち上がりで追い返そうとしたところを、クロスラインで入ってきたエレーナと交差して、追撃の出鼻を挫いた。



 愛華はスターシアの後ろ姿を羨望の眼差しで見つめた。

 自分が剥きになって、何度挑んでも叶わなかったことを、事も無げに成し遂げてしまったスターシアさんはやっぱり凄い!


 確かに後ろをついて行って、愛華も一緒にパス出来たのだから決して特殊なテクニックを使った訳ではない。適格に限界を見極めたスピードコントロールと安定した基本技術だけで、ここまで高いレベルで走れるのかと、今さらながら驚いた。


「スターシアさん、凄いです!感動しました。やっぱりスターシアさんは、わたしの最高のお手本です!」


 愛華の羨望の眼差しを背中に受け、恍惚に浸りたいスターシアだったが、エレーナの怒鳴り声に邪魔された。

「なんも凄くないわ!アイカが勝手に自分を縛りつけていただけで、おまえのレベルなら最初から出来たことだ!それより早くシャルロッタと合流するぞ」

「あらエレーナさん、やきもちですか?縛りつけるとか、イヤらしい言い方しないでください」

 愛華の羨望に水をさされたスターシアは、嫌味で返しながらもそのままラニーニとナオミに迫っていった。



 その背後で、バレンティーナとケリー、マリアローザと合流した琴音が、別の顔を見せようとしていることは知る由もなかった。


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[一言] 伏兵か⁈
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