勢力バランス
予選でもシャルロッタの絶好調は続き、最近は多くのマスコミも指定席と認めるポールポジションを獲得した。しかし二位以下は、フリー走行のつど調子を上げてきたベテラン勢と、ラニーニや愛華といった若手が入り乱れる結果となった。中でもヤマダのマシンがこのサーキットとの相性がいいらしく、バレンティーナがスターシアを僅かに上回るタイムで二番手ポジション、三番手のスターシアに遅れること僅かコンマ02秒差でフロントロー最後の席を獲得したのが、なんとヤマダのピンチヒッター田中琴音だった。
二列めには、ラニーニ、エレーナ、ケリー、ナオミが並び、愛華はリンダ、ハンナ、マリアローザとともに、三列めスタートとなった。
ポールポジションのシャルロッタから12番手のマリアローザまでコンマ8秒差という接戦ではあったが、愛華自身は調子よく走れたつもりだったので、三列めスタートという結果にちょっとがっかりする。
「おそらくコトネもアイカと同じ小柄なだけに、スタートダッシュは得意だろう。だがあまり意識はするな。バレンティーナをどれくらい引っ張れるかはわからないが、我々は我々の走りをする」
チーム全員を集めたミーティングで、明日の決勝についてエレーナが作戦を説明する。基本的には、前半はエレーナとスターシアががっちりガードを固めて、勝負処でシャルロッタと愛華が抜け出すのに変わりはない。琴音が実戦でどの程度のものかは未知数であっても、好調なストロベリーナイツを止められないだろう。唯一の不安な要素は……、
「所詮はテストライダーなんでしょ?実際のレースの厳しさ、教えてやるわ」
シャルロッタの傲慢である。こいつには随分レースの厳しさを味合わされてきたチーム全員が、溜息混じりの相槌をした。最近は少しまともになってきたが、まだまだ油断は出来ない。
「ちょっとアイカ!なによその目は?あんた三列めなんてスタートポジションで、後ろから見物しようなんて考えてないでしょうね。いい、スタートと同時に、あたしのところに来るのよ!言い訳は許さないから」
「だあっ、出来るだけがんばります」
なんだかんだと愛華は頼りにしてくれているようだ。もちろん愛華もそれがうれしいし、エレーナにとっても、シャルロッタが愛華を頼っている限り、暴走はしないだろうと安心できた。
「レースの厳しさという点では、やはり注意すべきはブルーストライプスだ。アレクセイの戦略とハンナの統率力を侮るな。追われる側から追う側になった彼女たちは、これまで以上にアグレッシブに攻めて来るはずだ」
ランキング首位になった今、大事な事は確実にポイントを重ね、ブルーストライプスにつけ入る隙を与えない事だ。優勝は二の次と言う訳ではない。連勝してタイトルを確定的に出来ればそれに越した事はない。しかしタイトルを焦れば必ず隙が生まれる。シャルロッタなら特に。アレクセイはそれを待っているはずだ。
このマレーシアGPを含めて残り四戦、勢いに乗っているがその差は僅かだ。一瞬のミスで立場は再び逆転するし、ここでノーポイントなどという失態を演じれば、取り返しが極めて困難となる。若かりし頃のエレーナ自身もそうであったが、シャルロッタのような攻撃的なライダーは、追われる立場になると意外な弱点を晒す。まあシャルロッタの場合、意外と言うより誰もが知っていることであるのだが。
エレーナの不安を煽るように、決勝当日の朝のフリー走行で、バレンティーナ、マリアローザ、ケリー、琴音のヤマダ勢が上位を独占する好タイムで揃えてきた。
当日のフリー走行は、各チーム、レースに向けた最終調整に勤しんでおり、タイムアタックを挑んでいる訳ではない。ただレースを前提にしてる以上、限界まで攻めないにしろ、それなりのレースペースで走る。ストロベリーナイツもブルーストライプスも、流して走っていた訳ではない。
パワーが抜きん出ているヤマダが、タイトコーナーからフル加速する長いストレートを二本も有してしいるセパンサーキットとの相性がいいのはわかっていたが、琴音の加入とマリアローザの好調が、チームとしてのまとまりに繋がり、集団として機能を果たすようになったのは明らかだ。
今さらバレンティーナやケリーの逆転はあり得ないし、シャルロッタ最大のライバルはブルーストライプスのラニーニに変わりはないのだが、ヤマダにとって今シーズン残りのレースで、自らの強さをファンやスポンサーにアピールするのは大きな意味を持つ。向こうも本気で勝つつもりでいるのだろう。
ストロベリーナイツやブルーストライプスにとっても、タイトル争いに関係ないと無視はしていられない。ヤマダに圧倒されるような結果になれば、自分たちの評価が下がってしまう。
両チームとも、今シーズンスポンサーから資金を集めるのに随分苦労させられた。ヤマダが優勝争いに加わってMotoミニモが盛り上がるのは結構だが、ヤマダが抜きん出ている印象を植えつけられると、来期の交渉が今シーズン以上に厳しい状況になるだろう。
この場合、負けず嫌いなシャルロッタの性格がいいのか、悪いのか、只でさえ面倒なシャルロッタの取り扱いが、尚更難しくなったことにエレーナは頭を抱えた。




