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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
135/398

キッズバイク教室

 マレーシアGPの行われるセパンインターナショナルサーキットは、愛華にとってGPコースの中でも特に慣れ親しんだコースといえる。昨年のレースも走っており、何よりも開幕前の合同テストでたっぷり走り込んだコースだ。とは言ってもオフシーズンの合同テストは、毎年冬のない赤道近くのセパンサーキットで行われており、他のライダーにとっても、いや愛華以上にセパンには慣れているのでアドバンテージはないが、やはり知っているコースは走りやすい。


 ヤマダからのプレスリリースで、ここでもフレデリカは出走できない事が発表された。代役として、日本人の開発ライダーが走るらしい。

 日本の国内レースではそこそこ実績があるらしいが、日本のMotoミニモレースは、ほとんど報道されていなかったので、愛華は名前すら知らない人だ。もっとも広く報道されていたとしても、日本にいた頃の愛華は、オートバイレースにまったく興味がなかったので、たぶん知らなかっただろう。

 ただ、愛華自身も代役としてGPにデビューした経緯があるので、少し気になるのも事実だ。フレデリカさんには悪いが、日本人ライダーが増えるのもうれしい。


 どんな人かなぁ?怖い人じゃないといいけど……。


 もう一人の日本人ライダー、片部範子は、今でもどうも苦手であった。愛華に対抗意識を向けてくるのはシャルロッタも同じだったが、成績ではまったく対抗出来ていないことに、向こうが相当なコンプレックスを抱いているらしい。パドックで見掛けても、あからさまに無視されているようで、あまりいい印象がない。それで愛華が困ることもないので積極的に話し掛ける努力もしてないのだが、他のヤマダの日本人技術者の人なんかは、わりと気楽に声をかけてくれて、時々日本のカップ麺やお茶なんか分けてくれたりするので、もう少し範子とも仲良くしたい気はする。

 レースではライバルでも、自分とラニーニちゃんのような友だち関係はあるはずだ。同じGPを転戦する仲間として、ハンナさんやナオミさんたちとも仲良くやっている。シャルロッタさんがバレンティーナさんを仇としているのはあるにせよ、エレーナさんもスターシアさんも、レース以外ではケリーさんたちとも冗談言い合ったりして、普通につき合っている。

 もしかしたら、知らないうちに自分が生意気な態度をしてたかも知れないと反省しつつ、その代役ライダーと共に、範子とも仲良くしたい愛華だった。


 マレーシアに限らず、経済発展のめざましい東南アジアの国々では、中間層の購買力が高まり、中でも若者のモーターサイクルへの憧れは、ちょっとしたブームになっている。社会主義の一党独裁体制と急激な経済発展によって歪な格差が生じた中国と違い、二輪に対する劣等感みたいなものはない。自家用車には届かないけどオートバイなら、という若者に溢れ、二輪業界にとっては中国以上に活気ある市場だ。


 今回のマレーシアGPでも、業界各社は様々なイベントを開催して自社のみならず、モーターサイクルの普及とイメージアップを画策している。


 ヤマダの主催するキッズバイク教室には、メーカーの垣根を越え、Motoミニモ主力クラスのライダーに参加を呼び掛け、豪華な顔ぶれが揃った。

 ストロベリーナイツからは、スターシアと愛華が代表して参加した。シャルロッタは以前のイベントで、6歳児に挑発されて剥きになり、子ども用のミニバイクに乗ってガチで追い回し泣かせてしまった過去がある。きっと子どもにとっては忘れられない思い出になったろうが、やはり頭の中身は6歳児レベルである事を証明してしまった。進行役のおねえさんも涙目になっていた。

 今回は優しくて子ども向けアニメ大好きのスターシアと、身長が小学生並みの愛華が参加することになった。


 キッズ教室といっても、多くの子どもは経験者らしく、中には愛華より器用に乗りこなす子もいる。小さなバイクで自在にコースを駆け回り、慣れないオートマチックのミニバイク操作に手こずる愛華を煽ってくる生意気な子どもを見てると、シャルロッタさんなら確実にキレてるだろうなと納得してしまう。ラニーニなんかは昔から乗っていたからなのか、窮屈なポジションにも拘わらず、割りと上手に走っていた。


 上級者コースの先導役をスターシアと交替した愛華は、初心者の子どもたちの面倒をみてまわった。ほとんどの子は、初めて乗るバイクに夢中で、有名なライダーが傍らに来ても、一心不乱に初めてのバイク運転に夢中になっている。


 なんかわたし、あまり役立たないみたい……。


 そんなふうに思いはじめた頃、エリアの片隅でバイクに跨がったまま動けないでいる10歳くらいの少女が目に止まった。

 愛華はアカデミーに入る前に、初めてバイクに乗った頃の自分を思い出した。


 まわりは自分より年下の子ばかりで、しかもずっと上手く乗っていた。クラッチもない簡単なバイクで、一通り操作は教えられていても、緊張してなかなか走り出せないでいた。


 愛華は過去の自分と重なったその子を励まそうと、近づいて簡単な英語で話しかけた。

 しかしその子は、大きな黒い瞳できょとんと愛華を見つめるだけで、反応がない。

 英語がわからないのかな?でも現地の言葉はわたしがわからないし……

「えっと、ハロー……?」

 それくらいならたぶん子どもでもわかるはずと呼び掛けてみたが、相変わらず無反応。どうしようかと困ってしまい、とりあえず最高の親しみを込めてニッコリ微笑むと、少しだけ笑顔をみせてくれた。

「えっと、じゃあレッツゴーしよう」

 言葉が通じなくても、走りはじめてしまえば他の子と同じように夢中になってくれるだろうともう一度言ってみるが、なかなか走り出してくれない。


「スミマセン、ソノコハ、ワタシガミマス」

 ちょうどそこへヤマダのポロシャツを着た女性が声をかけてきた。最初は日本語と気づかなかった。たぶん現地スタッフだろうと思った。日本語で話しかけられるのを予想していなかったのもあるが、少ししゃべり方に違和感がある。と言っても外国人の話す片言の日本語でもない気がする。

 その女性が、愛華を見つめていた女の子に何度か手でジェスチャーを示すと、その子は頷いて恐る恐るという感じだったがスロットルを捻った。愛華はその女性と並んで、ふらふらと動き出した少女のライディングを、優しく見守った。


 女性の身長は愛華と同じくらい。つまりかなり小柄だ。年齢は二十代半ばぐらいだろうか。顔つきや仕草から、日本人のような気もする。


「あの子、聴こえないんです。わたしも聴こえません、が、ゆっくり話してもらえば、だいたい、わかります」

 女性が愛華にわかりやすい日本語で話しかけてきた。愛華はようやくそのしゃべり方に違和感を感じた理由がわかると同時に、恥ずかしくなった。彼女たちは聴覚障害者だったのだ。

「すみません。わたし知らなくって……」

「大丈夫、です。みんな最初はわかりませんから。あなた、愛華さん、ですよね?お逢いできて、うれしいです。わたしは、田中琴音、といいます。音は聴こえませんが、琴音です」

「あっ、はい。こちらこそ……、」

 愛華は障害者にもちろん差別意識などもっていないが、自分の耳が聴こえないことも明るく話す琴音に、本当に偏見をもっていなかったのかとますます恥ずかしくなってしまう。ライダーやメカニックの中には、長年バイクの爆音に曝されて、難聴気味になっている人もいるが、聴覚障害者といえる人と話したことがなかった。


 先ほどの少女が初めてバイクを運転する喜びを、真剣な表情ながらチラ見で伝えてくるのを見て、琴音はにこやかに手を振って応える。愛華も慌てて手を振った。





 初日のフリー走行は、相変わらず絶好調のシャルロッタがベストタイムで、タイトル奪取が確定的であるかのような印象をアピールした。

 そのシャルロッタから僅かに遅れて、なんとしてもこれ以上離されたくないラニーニが、意地をみせて二番手タイムを記録する。


 周囲を驚かせたのは、三番手タイムを記録した、ヤマダの代役ライダー、田中琴音だ。

 彼女について、まったく情報のなかったヤマダ関係者以外は、一時騒然となった。


「あの人、フレデリカさんの代役だったんだ」

 初日の走行を終えて、ラップタイム表を見ていた愛華も、その名前を目にして驚いた。

「知っているのか?」

 エレーナが尋ねる。彼女も気になっていたようだ。

「知っているってほどでもないんですけど、たぶんキッズバイク教室の時に知り合った人だと思います」

 スターシアも思い当たったのか、「ああ、あの方ですね」と頷く。

「資料ではワークスの開発ライダーをしているようだな。合同テストの時にもいたのだろうかうか」

 合同テストの時には、ヤマダのマシンはまだまともに走れる状態ではなく、バレンティーナやケリーのような有名ライダー以外、それほど注意してみていなかった。

「たぶん一番小さな人だと思います。わたしと背が同じくらいでしたから」

 愛華も初めて参加した合同テストの時は、自分のチームとハンナさんたちブルーストライプスのことしか頭になかった。

「うむ……、しかしこれほどの人材を、何故今まで投入してこなかったのだろう。初日の練習走行とはいえ、予選でも上位に食い込めるタイムだ」

 エレーナの疑問はもっともだ。今シーズンのヤマダは、バレンティーナとケリーとフレデリカ、あとはマリアローザ以外、まともにポイント圏内でゴールすらできない状態だ。もっと早く不調なライダーと交替されていれば、もう少し状況も変わっていたかも知れないと思うのは、ライバルチームだけではないだろう。

「えっと、その人、耳が聞こえないみたいなんです。日本語でゆっくりと話せば、口の動きでだいたいわかるみたいなんですけど……、」

 生まれつき聴覚障害のある場合、言語の習得自体にも努力を要する。言葉そのものを認識する感覚が育っていないのだ。その上で相手の口の動きで言っていることを理解するには、大変な努力をしてきたことは愛華でも想像できる。そのハンディを背負いながらトップクラスの速さを獲得したのは、尊敬するほかない。


「なるほど……。だがそれでも母国語以外となると、なかなかコミュニケーションが難しいだろうな」

 エースクラスを揃えたヤマダに最も欠けているのは、エースを生かせる有能なアシストだ。Motoミニモで使われている骨伝導スピーカーが内蔵されたヘルメットであれば、聴覚に障害があっても会話は可能かも知れない。しかし日本語の習得も大変だったであろう彼女に、ケリーやバレンティーナたちとレース中瞬時な意志疎通を、期待するのは酷だろう。特にバレンティーナは、英語も話せるが、イタリア訛りが強い。


「単独での速さはあるようだが、アシストとしてどれ程使えるかは、未知数というところか」

 エレーナは、一人のライダーとしての琴音の能力に、興味をもっていた。





 その頃シャルロッタは、キッズバイク教室と同じヤマダ主催で行われていた『GPライダーによるスクータータンデム体験コーナー』で、子どもを後ろに載せて、ミニバイクコースを暴れまわっていた。

 シャルロッタの場合、生意気なガキ以外は基本、子ども好きで(と言うより彼女の頭が子ども)、特に自分のことを「すごい!すごい!」と喜んでくれる子には、とてもサービス精神旺盛だ。時速40キロに満たないコースでも、シャルロッタの運転するスクーターは、ジェットコースターなど遥かに及ばないスリリングなものとなる。同じく子どもをタンデムさせていたバレンティーナの順番待ちより、長蛇の列が出来ていたのに上機嫌だ。

 ハラハラするスタッフの心配をよそに、シャルロッタコースターに乗った子どもたちは、大喜びをしていた。


 やはり同じレベルだ……。





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