チャンピオンへのシナリオ
予選本番には、シャルロッタのカウルも本来のカラーリングに仕上げられた。シャルロッタは何か言いたそうな顔をしていたが、全員何食わぬ顔でしらばっくれる。
さすがにシャルロッタも、騙されていたことに気づいたが、ヴァシリーがノーマルのカラーリングの上から特別に描いてくれた魔法陣に目が止まると、忽ち上機嫌となり、ステルス塗装の件はなかったことにしたようだ。
彼女としても、今さら文句を言って自分の愚かさをぶり返すより、レース中魔力を増幅させ、強力な魔法が使える魔法陣の方がありがたいと考えたのだろう。
その魔法陣の威力か、新型カウルの効果か、予選でもシャルロッタが断トツのタイムを記録し、会場を盛り上げた。二番手スターシア、三番手エレーナ、四番手に愛華と、スミホーイがフロントローを独占する速さを発揮したので、たぶん新型カウルの効果が大きいのだろう。ただ魔法陣がシャルロッタの邪気を振り払った可能性は否めない。
シャルロッタは「アイカも魔法陣描いてもらったら、もっといいタイムがでたはず!」とヴァシリーに描かせようとしたが、愛華は仕返しと思われる嫌がらせを丁重にお断りさせてもらった。たぶん愛華では魔法陣の威力を使いこなせないであろう。異世界へととばされてしまいそうで怖い。
二列目には、バレンティーナが意地をみせて五番手タイム。ポイントリーダーのラニーニは六番手、ナオミ、ケリーと続き、ハンナとリンダは三列目スタートとなった。
絶好調のシャルロッタに勝つのは難しいにしても、なんとしてもラニーニを表彰台に上げたいハンナであったが、どうにもストロベリーナイツを崩す隙が見出だせない。
決勝のスターティンググリッドに並んだ四台のスミホーイの廻りには、シャルロッタではないが、まるで本当に結界が存在しているかのような近寄りがたい威圧感がある。それほど今回のストロベリーナイツの強さは圧倒的で、他を寄せ付けないオーラを放っていた。
単にカウルが精悍になっただけではない。チーム全員がシャルロッタの逆転に何の疑いをもっておらず、魔法にかけられているかのように一丸となっている。これがストロベリーナイツの最も恐いところだ。ライダー一人一人の速さも然る事ながら、チームとして一丸となった時の強さは手に負えない。
個性の強いライダーたちを一つに束ねる。エレーナというカリスマが放つ、正にエレーナマジックである。現在のブルーストライプスの強味を、完全に凌駕してしまっている。
レースがスタートすると、予想通りストロベリーナイツはすぐに単独チームによる集団を形成し、初めから逃げきり体制に入った。
ラニーニはなんとか追い縋ろうとしたが、こうなってしまえばもうどうにもならない。実力が近い愛華も、こういう状況では先陣をきってチームを引っ張るほどの強さを発揮する。それどころか、ラニーニたちブルーストライプスは、フレデリカを欠いたヤマダ勢にまで苦しめられた。
バレンティーナにとって、フレデリカの欠場しているこの期間に、是が非でも自分の存在をアピールしようと見栄も外聞も棄てて、上位進出を狙っていた。今さらランキング争いに拘りもないが、来季のために、そして彼女がブルーストライプスから引き連れてきたマリアローザのためにも、ヤマダ内での立場を築きたいと強く願い、ケリーに頭を下げてまで結果を残そうと必死になっていた。
ケリーはバレンティーナの熱意を認め、彼女のエース扱いを決めた。
バレンティーナの熱意に、これまでパッとしなかったマリアローザもよく応え、スタートと同時に二人と合流すると、かつてのチームメイトたちとバトルを繰り広げる。
ラニーニはあくまでシャルロッタたちに追いつきたかったが、ハンナの冷静な判断に従い、セカンドグループの争いに集中することに切り替えるしかなかった。
シャルロッタは危うげなく二連勝で今期8勝目を飾り、表彰台はおろか、思わぬ伏兵(!)に苦しめられたラニーニは、5位に入るのが精一杯の結果に終わった。
これにより、遂にラニーニとシャルロッタのシーズンランキングは逆転した。
主役の交替する瞬間とは、必ずしもドラマチックとは限らない。むしろ現実は、見せ場を盛り上げられなくなった主役が、勢いに乗る演技者に、気づいたら舞台脇へと押しやられているケースの方が多い。現実の観客たちもまた、ラニーニもよく頑張ったがこれでほぼ、流れはシャルロッタのものになったと確信した。
ブルーストライプス監督のアレクセイにとっては、こうなる事は初めから想定内であった。
───やはりシャルロッタの速さは、GP史上最速の天才の名に相応しいものだ。ラニーニの僅かなリードなど、最後まで守りきれるものでないとわかっていた。エレーナはじめ他のライダーの実力でも、うちのチームそれを上回っている。一旦勢いづかせれば、簡単に流れを持っていかれるのも見えていた。ここまではエレーナの描いたシナリオ通りの展開だろう。
しかし最後まで向こうのシナリオ通りにいかないのも現実である。現実とは、いつまた主役が交替するかわからないものだ。役者の数だけ台本がある。
───昨シーズン、バレンティーナは大量リードしていながらエレーナの逆転を許した。バレンティーナのシナリオにない事態に、自滅したと言っていいだろう。
その意味でラニーニは、最初から主役の意識はなく、挑戦者のつもりで戦ってきたので、まわりが心配するほど落ち込んではいない。逆にこれでプレッシャーから解放され、思いきり走れるようになったとポジティブに捉えるべきだろう。ラニーニのメンタルでは、そろそろ追われる立場に耐えられなくなる頃だった。
勿論、流れはストロベリーナイツにあるのは動かし難い事実だが、我がチームの雰囲気も、ハンナ加入のおかげで昨年とはがらりと違う。重圧に耐えられなくなったバレンティーナ自身がプレッシャーを撒き散らし、チーム全体を潰した去年とは違い、ハンナが全員のモチベーションを上手く保ち続けてくれている。重要なのは、最終局面まで粘る事にある。
順当にいけば勝ち目はないが、チャンピオンを目前にした天才のシャルロッタには、バレンティーナ以上の弱点がある。必ず隙が生まれるはずだ。
ギャンブルは好きではないが、それ以外に勝てる策はないと、はじめからアレクセイの筋書きには描かれていた。
第13戦アラゴンGP終了時点のポイントランキング
1 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S
249p
2 ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J
242p
3 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S
173p
4 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S
150p
5 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J
140p
6 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J
131p
7 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S
125p
8 ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y
112p
9 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J
101p
10 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y
98p
11 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J
60p
12 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y
56p
13 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y
48p
14 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J
26p
15 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS
24p
16 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS
23p
17 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y
15p
18 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)
12p
19 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J
12p
20 ノリコ・カタベ(ヤマダインターナショナル)Y
7p
21 アンナ・マンク(アルテミス)LS
3p
22 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y
2p




