冷酷なる愛華
サンマリノGPの行われるミサノワールドサーキット・マルコシモンチェリは、実際にはサンマリノ共和国でなく、イタリアエミリアのロマーニャ州にあるが、イタリアGPはムジェロで開催されており、一国一開催というGPの規定上、無理矢理サンマリノGPの名称で開催されてきた。それは複数回開催しても観客を集められるだけのイタリアでのGP人気が高いという事であり、スペインなどは州ごとに別の国としてスペインGP、カタロニアGP、アラゴンGP、バレンシアGPの名称で1年で四回開催されている。かつては日本でも日本GPとパシフィックGPの名で、鈴鹿ともてぎの二回開催されてた時期もあったが、それだけの人気は遠い昔となった……。アメリカでの複数開催は、少し事情が異なるのでまた別の話である。
名称は何であれ、ラニーニ、シャルロッタ、バレンティーナたちの母国イタリア開催であり、ここでも熱烈な地元ファンが大勢詰めかけていた。
特にすぐに逆転されるだろうと思われていたポイントリーダー、ジュリエッタに乗るラニーニが、シリーズ後半を迎えても首位をキープしている事へのイタリア人の期待は大きい。イタリアGPのとき以上のラニーニ応援団が詰めかけていたが、今回のラニーニは、前回のイタリアでの大会、ムジェロのときほど緊張していない様子だ。なんとなく、開き直ったと言うか、ふっ切れた顔をしている。
対するシャルロッタの方がむしろピリピリした印象と言える。エレーナから言わせれば、普段舐めきっているだけで、これでようやく正常ということらしい。愛華もシャルロッタがおバカなまねしないでレースに集中してくれるのは有難いが、どうも調子が狂う。愛華も普通ではなくなってしまってるかも知れない。
実際、愛華自身はこれまで通り、シャルロッタのアシストに徹しようと覚悟しているのだが、シルバーストーンの優勝は予想以上に反響が大きく、まわりの視線が違うのに些か戸惑っていた。デビュー戦以来、愛華は立派なストロベリーナイツの一人として認められてきてはいたが、優勝を経験したライダーとその他のライダーとでは、まわりの期待も扱いも明らかに違うのを実感した。よそのチームのライダーを含めて、関係者や観客の態度が違うのはまだいい。自分が認められたからだと更なる奮起につながる。うんざりしたのは日本から急遽やってきたテレビ局の取材だ。
日本では、プロ野球中継のすき間に放送していたMotoGPだったが、昨年あたりからダイジェストとは言え、Motoミニモまで取り上げてくれるようになっていた。それは有難いのだが、愛華の初優勝をきっかけに、地上波でも稼げると企んだ大手テレビ局が、シーズン途中からの放映権を法外な価格で買いつけ、愛華の特集番組まで企画しているらしい。勿論愛華としては喜ぶべき事だし、日本でのMotoミニモの普及につながれば協力したいのだが、彼らからはまったくGPやそれに人生を賭けてる人たちに対する思いが感じられない。ド素人まるだしのイケメン俳優によるピント外れのインタビューにも辟易した。愛華もあまり人の事言えずこの世界に入ったが、もう少し勉強してから取材して欲しい。
「今回も優勝を狙ってる?」などまだマシな質問で、「恋人はいるの?」とか、無理にシャルロッタへの不満を引き出そうとする質問や、エレーナさんとスターシアさんの関係を疑うような発言には、さすがの愛華もムッとした。これまで地味ながらGPを放送しようとしてきた人たちにも失礼な取材だ。せめてモータースポーツ好きなタレント使って欲しい。
チャラい顔して「エレーナさんって、なんか怖そうですね」と言われたときには、「あなたなんて、瞬殺されますよ」と言ってしまった。
自分のことはともかく、Motoミニモやチームのイメージダウンにならないか余計な心配をさせられながらも、それはそれで、愛華に自分の仕事を認識させてくれたのも事実である。
ーーーたった一勝したくらいでいい気になったらダメ!自分がどこまで速くなったか試したい気持ちはあるけど、わたしはシャルロッタさんをチャンピオンにするためにここにいるんだから。
雑音から耳を塞ごうと努力した結果、集中力をより高めてくれた。
予選結果は、「あたしの指定席」と公言するシャルロッタがポール。二番手以降も指定席になりつつあるラニーニ、フレデリカ、愛華の順でフロントローに並べた。
記録を塗り替えるタイムでシャルロッタが抜きん出ていたのが話題となったが、ラニーニとフレデリカのタイムも、昨年のポールタイムを上回っている。フレデリカの過去のデータはないが、他のライダーのタイムが昨年のタイムとそれほど変わっていないのをみれば、この二人も調子が悪くないと視るべきだろう。もちろん愛華も初めてのサーキットで立派と言えるタイムだったが、裏ストレートからタイトな8コーナーへのブレーキングでミスを犯していた。真剣勝負に「もしも」という仮定は禁句だが、それがなければシャルロッタと競り合っていただろうと、多くの愛華ファンは悔しがった。
しかしエレーナやスターシアたちは、そのミスに冷静に対処し、最小限のタイムロスで立て直した愛華の成長ぶりに感心していた。
走り自体は前と変わらない。このレベルになると、それほど急激に変わることは滅多にない。何が成長したのか?それは愛華のメンタルだ。
よく「選手選考に迷ったら、二位を何度も経験している選手より、一度でも優勝経験のある選手を選べ」と言わる。
表彰台の頂点に立つというのは、選手の内面を変える。
立った事のない者にはわからない。
どんなに自信を持っていても、人の頂点に立った事のない者は何処かに不安を持っている。
たとえまぐれでも、一度でもトップに立った者は、並みいる強豪たちと、自分も同等なんだと気づく。
愛華のように自分に厳しく驕らない者でも、いやむしろ謙虚な者ほど大きな自信となる。
これまで別格だと思っていた強豪たちから見上げられる経験、勝者として接しられる経験は、自分も彼等と同じ立場なんだと自覚させる。
まぐれだとわかっていても、彼等に自分は勝てた。自分もミスをするが彼等もミスする。彼等も怪物でなく、自分と同じ人間だ、と。
愛華の冷静なリカバリーは、これくらいのミスでは敗けにはならないという自信に裏打ちされてたものだ。元々諦めの悪い性格で、簡単に投げたりしなかったが、あのリカバリーは、無理に奮い起つのでなく、自然に立て直していた。
誰でも初めてはあるわけで、選手選考に関しては、経験がないのは未知の可能性を秘めている事でもあり、必ずしも格言が正しいとは言えない。エレーナも愛華の潜在的可能性を見込んでチームに加えた。そして予想以上に順調にその可能性を伸ばしているのに満足していた。
グリッド二列目、五番手タイムを記録したのは、今日も完璧な走りを見せたスターシア。彼女のタイムが思ったほど伸びなかったのは、何本ものストレートをタイトコーナーで繋いだようなレイアウトのこのサーキットでは、体重のハンディが大きく響いたためである。目の肥えたファンには歯痒いが、ストップ&ゴーの連続するコースでは、美しいコーナーリングより、エンジンパワーや体重の軽さを活かしたライディングの方がタイムを稼ぎやすい。勿論レースになれば、駆け引きや様々なテクニックで補う事も可能である。
六番手、七番手にバレンティーナ、ケリーのヤマダ勢、そしてエレーナと、ストロベリーナイツが一~二列目の両脇に並ぶ。エレーナのタイムが奮わなかったのはスターシアと同様の理由と、急に増えた取材申し込みに、シャルロッタと愛華の集中力を妨げないよう配慮しなければならなかったからである。
ラニーニ以外のブルーストライプス勢は、三列目外側からナオミ、間にヤマダのマリアローザを挟んでハンナとリンダが並んだ。
スターティンググリッドだけ見れば、今回もストロベリーナイツ優勢と思われるが、レースは何が起こるかわからない。それに三チームの中でパワー的に一番劣るマシンで、シャルロッタを勝たせるだけでなく、一人でも多くラニーニの前に入らなくてはならない。
日本では、例のイケメン俳優による愛華へのインタビューが、サンマリノGP決勝の中継を大々的に宣伝するテレビ局の土曜夜遅くのスポーツニュースでそのまま流されたらしい。心配した通り、ネット上で炎上していると、イケメン俳優のファンだった白百合学院の元クラスメイト紗季ちゃんがメールしてくれた。
紗季ちゃんがファンだったことを思い出して、“悪いことしちゃったな”と思いつつも、読み進めてみれば、あれはあの俳優が悪い、努力してきた一流の選手に対して失礼だと言ってくれていた。
ネット上の意見も大半がタレントを非難するもので、以前から彼は、他のスポーツ中継のキャスターなどもよくしており、顔見知りのスポーツ選手も多いのだが、しばしば人の何倍も努力し勝ち抜いてきた選手に馴れ馴れしく接したり、ときには小馬鹿にするような態度をみせて、真剣にスポーツを愛する人たちから批判があったようだ。逆に愛華には、
「よく言ってくれた\(^o^)/」
「若いのに度胸すわってる!!!」
「かわいくてカッコいい、惚れた」
といった支持する書き込みが多かった。
当然そのインタビュー場面は、違法ながら動画投稿サイトにもUPされ、おそらく他のクラスの日本人ライダーかメカニック、或いは取材記者が見つけたのだろう、瞬く間に遠く離れたミサノサーキットのパドックでも広まってしまった。
エレーナさんになったつもりで、精一杯の冷酷な顔してイケメン俳優を睨む愛華の動画を観たシャルロッタは、「ぎゃは、は、はっ、笑わせないでよ!なにこれ?あんた、この妙に歯の白い日焼け男と変顔対決してるの!?」と爆笑された。スターシアとラニーニからは「愛華ちゃん、かわい~い」と言われ、エレーナからも、「めずらしくシャルロッタが真面目にやってると思ったら、アイカがふざけてどうする!」と叱られてしまった。
愛華は真面目にエレーナさんの真似してるとは言えなかった。
ただこれも、結果的には愛華の人気をさらに高める事となったわけで、テレビ局がそこまで見越して起用していたとしたら大したものだ。
なんにしても愛華にとって、勿論それ以上にシャルロッタとラニーニにとっては、世界中が注目する大事な一戦である。余計な演出などしないで、質の高い放送で伝えてくれる事を願った。




