表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
124/398

日の丸と巨人

 グランプリ表彰式で君が代が流れるのは何年ぶりだろうか。

 かつてはあたりまえの光景だった。’90年代には125ccや250ccクラスで毎回のように君が代が流された。最高峰の500ccクラスでも聞くことができた。しかし最近ではしばらく聞く機会もなくなっていた。メインポールを揚がっていく日の丸に、当時を知る人たち、他のクラスに参加している日本人メカニックや関係者、ジャーナリスト、イギリス在住の日本人や遥々日本から観戦に来た熱烈なレースファンなど、すべての日本人が胸を熱くした。



 自分の初優勝に、まわりへの感謝の気持ちは抱いても、正直、してしまえば意外とあっさりだったと感じていた愛華も、小雨に濡れながらメインポールを揚がっていく日の丸を見つめていくうちに、これまでの経緯が思い起こされ、また涙が溢れてしまう。


 アシストとして、優勝をめざして走っていたわけじゃない。


 スタート直後は、もうダメだとレースを諦めた。


 思えば、憧れのエレーナさんのチームに、代役として抜擢され、ただストロベリーナイツのライダーとして認められたくて夢中で走ってきた。


 誰にも負けないくらい努力したつもりはある。でも幸運だったのは間違いない。


 この優勝も、スターシアさんはじめ、チームの人たち、素敵なライバルと運のおかげだ。


 最後のラニーニちゃんとの勝負だって、もうほんの少しゴールラインが手前だったり、奥だったりしたら、違う結果になっていたかも知れない。


 でも優勝出来てよかった。

 表彰台の一番高いところからの眺めは、二位や三位とはまるで違う。


 一人じゃ何も出来ないのはわかっているけど、次は幸運なだけと言われないように頑張ろう。


 右にはラニーニが一段低い位置にいた。ライバルだと思ってたけど、自分より早くこの景色を眺めていたんだとふと気づいた。少しだけ追いつけた気がする。


 左を見ると、三位表彰台に立つ長身のスターシアさんの顔が、ちょうど同じ高さぐらいにあった。目が合うと、ドキリとするような素敵な笑顔で微笑んでくれてた。ライダーとしても女性としても、まだまだ身長以上の差がある。


 表彰台の三人にシャンパンが手渡された。

 愛華は思いきりシャンパンを振り、ポーンと勢いよく詮を飛ばして表彰台の下に押し寄せている人たちに浴びせた。あとで洗濯たいへんだろうなって思ったけど、みんなうれしそうだ。愛華の両側からも泡が吹きあがる。

 イギリスの法律では、愛華の年齢でもシャンパンを呑んでも違法にはならないが、アルコールに弱い愛華は一口も口にしないつもりだったのに、スターシアから思いきり浴びせられた。思わず背を向けると今度はラニーニがかけてくる。匂いだけで酔っ払うのに、頭からずぶ濡れだ。口の中にもだいぶ入った。


 ーーーまっ、いっか。今日は特別なんだから。



 シャルロッタとエレーナは、レインタイヤのマシンに乗り換えてから猛烈に追い上げたものの、早いタイミングでレインに乗り換えたライダーすべては捕らえきれず、10位11位でフィニッシュした。この結果、シャルロッタは2ポイント差まで詰めていたラニーニとの差は再び開き、かなり機嫌が悪いはずだったが、「あんたの実力で優勝したわけじゃないんだから、勘違いしないでよね!こういうときぐらい優勝できないようじゃぁ、あたしの下僕失格だったけど、……とりあえず、おめでとうって言っとくわ。まあ褒めるほどのことでもないわね」とツンツンしながらもパートナーの初勝利に頬を弛めていた。


 ストロベリーナイツにとっては、愛華が優勝したとはいえ、エースシャルロッタの成績が満足いくものでなく、ブルーストライプスにとっては、シャルロッタとのポイント差を再び拡げることができたのだが、優勝ポイントを逃したのは惜しい。


 ストロベリーナイツファンは、『ライダー全員がチャンピオンを狙えるチーム』と言われるストロベリーナイツの中で、唯一優勝経験がなかった愛華にもその力があることを証明したと騒ぎ立てた。

 しかしエレーナにとってそれは証明するまでもないことだ。愛華の初優勝はもちろん喜んでいるが、大嫌いな雨の中、納得のいかないポジションに甘んじて尚諦めず、1ポイントでも多く獲得しようと走り切ったシャルロッタを褒めてやりたかった。

 そしてそれは、ブルーストライプスのアレクセイとハンナも、同じ意見だった。愛華の実力ならとっくに知っている。それより気まぐれシャルロッタが、ずぶ濡れになりながらも走り切ったことは、愛華の優勝以上の事件である。

 シーズンを戦う上で、必ず今回のように思い通りにいかないレースがある。それでも諦めず、どんな形でもポイントを獲得する執念がタイトルを獲るには必要な資質だ。安定したポイント獲得がラニーニの強みであり、シャルロッタの最大の弱点だった。しかしそのバランスが崩れたとすれば、現時点でのラニーニのリードはないに等しいと考えねばならない。

 このレースの結果は、思った以上に最終的なタイトルの行方を左右するかも知れない。




 多くの人たちが愛華の優勝を祝福してくれた。チームの人たちはもちろん、ラニーニやハンナ、ケリーやバレンティーナまで「おめでとう」の声をかけてくれた。それだけでなく、ヤマダ技研の伊藤代表取締役社長から祝電と花束まで届いていたのには驚かされた。日本の経済界の重鎮、愛華にとっては雲の上の人である。いくらレースに力を入れてるてるとはいえ、自社のライダーすら、一勝したぐらいでは花束など贈られないと思っていた。


 愛華たちのライバルチームであり、業界最大の巨人、ヤマダは創業者から一貫してモータースポーツと共に歩んできた。愛華のいたGPアカデミーのスポンサーの一つでもある。

 現在の社長である伊藤も、レースマシン開発部門にいた技術畑出身で、同族企業になる事を嫌った創業者故山田高一郎とはなんの血縁もないが、若い頃から目をかけられ、高一郎の遺伝子をもっとも受け継いでいる人物と言われている。

 世界最大の二輪車製造メーカーの社長となった伊藤が、久方ぶりにGPのメインポールにひるがえる日の丸にメーカーの垣根を越えて本心から喜んでいたのは事実だ。勿論自社のバイクによってそれを成し遂げたかったが、愛華についてはデビュー以来、個人的にその活躍を陰ながら見守ってきた。

 そして経営者としては、それ以上に愛華に興味を持っている。


 彼は、現在の日本の二輪業界の抱える深刻な問題を危惧していた。


 若者がバイクに興味を示さなくなった……。


 かつてのバイクブームを経験した世代が中高年となり、生活に余裕ができて再びバイクに乗る現象が起きているために、ヤマダの二輪部門も業績は悪くない。しかし将来の見通しは決して明るくなかった。

 中高年のリターンライダーは、高価な大型車を新車で買ってくれる。しかし彼らも、いずれバイクに乗らなく、或いは乗れなくなる。本来二輪は、若い世代を主要ターゲットにしなくてはならない。その中からバイクの面白さを知り、生涯に渡ってバイクのある生活をする人々を育てるのが理想の構図である。

 しかし、今の日本の若者には、バイクに触れる機会すら少なくなってしまった。

 公共交通機関の整備、環境問題、厳しい規制、他の趣味の充実、不況、学生がアルバイトで稼いだお金をつぎ込むには高価過ぎる価格とステイタスの低下。いろいろな理由があり、それらが重なりあって若者はバイクから離れていった。日本だけでなく、途上国でもその傾向は現れてきている。

 現在の業績に満足している連中もいるが、今の若者にバイクの魅力を伝え、裾野を広げていかないと、業界は潰れる。

 ヤマダでも、新しい時代に受け入れられるように、様々な対応策がなされてきたが、どれも離れた若者を惹き付けるには至っていない。


 日本のモーターサイクルが一番熱かった時代に、レース現場の最前線にいた伊藤にはわかっている。

 若者の生活スタイルが変わってしまったのが問題ではない。「冷めた世代」などと分析している大人に問題がある。おしゃれで便利、快適な生活のアイテムとアピールしても、若者には届かない。確かに便利で快適な生活は魅力的だが、なにかを犠牲にしてまで情熱を注ぎ込むほど熱くはならない。そもそもオートバイと快適さは相成れないものだ。

 市場調査などしても意味がない。欲している物でなく、欲しくなる物を造るのがヤマダだ。

 いつの時代も若者を動かすのは理屈じゃない。冷めているのではなく、若者も企業も、熱くなるものがみつけられないのだ。


 熱くさせてくれるヒロインが現れた。

 愛華は二輪業界の救世主になり得る!


 伊藤社長は、昨年の愛華のデビューレースを観た時、そう直感した。

 そして愛華は、予想通り一般にはほとんど知られていなかったMotoミニモを日本中に知らしめた。ヤマダが参戦を一年早めたのも、その波に乗り遅れまいとしての決断だった。


 愛くるしい容姿とひた向きに頑張る姿は、老若男女、誰からも好かれている。

 愛華が世界チャンピオンになれば、再びあの頃のバイクブーム再燃も夢ではない。否、もっと大きなスケールになる可能性を秘めている。

 愛華のキャラクターは、日本のサブカルチャーともマッチする。「オートバイは自動車の買えない低所得者層の乗り物」という認識が蔓延ってる世界最大の消費市場、中国の若者の意識も変化させられるだろう。メディアを上手く動かせば、世界中に愛華ブームを巻き起こすことも可能だ。


 愛華は世界的なアイドルになれる。そしてその時、彼女が跨がるバイクは、YAMADAでなくてはならない!


 第11戦イギリスGP終了時点のポイントランキング


1 ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J

            215p      

2 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S

            199p            

3 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S

            133p

4 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S

            123p 

5 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J

            120p

6 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J 

           117p             

7 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S

             99p

8 ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y

             98p

9 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J

             85p

10 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y

             82p

11 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y

             56p

12 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J

             52p             

13 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y

             38p

14 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS

             23p

15 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J

             22p

16 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS

             21p

17 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y

             15p

18 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)

             12p   

19 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J

             10p             

20 ノリコ・カタベ(ヤマダインターナショナル)Y

             7p

21 アンナ・マンク(アルテミス)LS

             3p

22 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y

             2p

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そうなんです、それが一番の悩みです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ