表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
118/398

レイニーブルー

 先頭では、フレデリカとスターシアが激しくレースの主導権を争っていた。

 単独で逃げ、後半に余裕を残したいフレデリカと、遅いペースに持ち込み、ゴール前のスプリント勝負までシャルロッタを温存しておきたいストロベリーナイツ。ライディングスタイル同様、両者の思惑は真っ向から対立する。


 フレデリカを抑えるのは、スターシアをもってしても困難を極めた。ラインがまるで違う。シャルロッタ以上に変則的な走りに、なかなか思う様にペースを落とさせられない。


 フレデリカにとっても、スターシアの走りは驚くべきものだった。本来この手のオーソドックスなスタイルは、一番翻弄しやすいタイプのはずだった。しかしスターシアは、この悪天候の中、どんなに強引なアタックを仕掛けてもその完璧なライディングを崩さない。一旦は前に出られても、要所ではしっかり頭を抑えられてしまう。なに食わぬ顔で、逆に自分が翻弄されてる気がしてくる。


 10周を過ぎた辺りから、空が徐々に明るくなり始め、小雨から霧雨のような状態になってくるに従い、トップグループのペースも早くなっていった。ただそれ以上にフレデリカは体力を使い、後半に余裕を残すという狙いからは遠ざかっていた。



 ペースの早まった先頭集団とは対象的に、セカンドグループ以下では、誰もが一刻も早くこの集団から脱け出そうと一段とポジション争いが激しくなっていた。

 前に出ないことには、視界の確保すら儘ならない状況の上、部分的に路面が乾き始めたのが、混乱をさらに助長していた。少しでも走り易いラインを争って、互いの脚を引っ張り合う状況。敵味方入り乱れ、チームとしてまとまった動きはどのチームも取れていない。いつ接触されるか、いつ転倒やコースアウトに巻き込まれるかわからない。とにかく脱け出すことしかないと見境なく前に出ようとしていた。


 トップグループとの差が拡がる一方、セカンドグループはそれ以外のほぼすべてのライダーが詰まり、長く大きな集団になっていた。ただ後ろの方ではそれほど混沌としておらず、二台、三台の同じチームのライダーたちが小さな塊を形成しはじめていた。


 愛華はその中で、どうしたらこの巨大な集団を突き抜けられるか、まったく見えない状況にいた。

 視界は序盤よりいくらかマシになったとは言え、満足のいくものではない。部分的に乾きかけた路面も、却って完全なウェットより怖かった。何より他のライダーの挙動が不安定で、そこにとび込んでいく勇気が湧いてこない。

 二~三人で体制を整えたライダーは、別のチームメイトとも合流しようと、密集する前方へ強引に割り込んで行く。やがてはチーム単位にまとまって、秩序が出来上がってくるであろうが、その前にレースは終わってしまいそうだ。


(わたしがいなくても、シャルロッタさんにはエレーナさんとスターシアさんがついているから、大丈夫だよね………)

 そんな愛華らしくない逃げ口実が浮かんだ時、真横ギリギリを抜かれて慌てた。

「っ!危ないじゃない!もう少しで………?え、ラニーニちゃん……!?」

 間違いなかった。黒地に黄色いエナジードリンクのトレードマークの描かれたマシン。青いヘルメットの小柄なライダー。何よりそのライディングフォームは、ラニーニそのものだ!

「どうしてラニーニちゃんが後ろから……?」

 ピットロードを通過している間に、ラニーニは最下位まで落ちていた。しかしラニーニがピットスルーペナルティを受けたことを、愛華は知らなかった。

 チームが違うので通話は出来ない。ラニーニが愛華に気づいているかどうかすら、わからなかった。

 ラニーニはそのまま、前を走る二台のプライベートジュリエッタの間に割り込んで行く。

 愛華は慌ててあとを追った。

「ちょっと待って、ラニーニちゃん!この人たち絶対壊れてるから危ないよ」

 当然聞こえるべくもなく、ラニーニは振り返りもしないで次の獲物に挑んで行く。仕方なく愛華も、恐怖心を我慢してついて行く。親友を心配する気持ちが、辛うじて恐怖心に勝っていた。



 順位を上げるにつれ、行く手を阻む壁が厚くなり、ラニーニの追い抜きも鈍ってくる。愛華はようやくラニーニに追いつくと、横に並べた。

 ラニーニは、チラリと愛華を見たが、別に驚いた様子はない。やはり彼女は愛華とわかっていたんだと思うと、急に悔しくなってきた。


 ーーーどうして後ろにいたか知らないけど、自分は怖くて逃げようとしてたのに、ラニーニちゃんは諦めていなかったんだ……。


 ーーーわたしが自慢できるのなんて、絶対諦めないことだけなのに!


「ラニーニちゃん、行くよ!」

 聞こえないのはわかっていても、叫ばずにはいられない。自分自身を叱咤するように声をあげて、分厚い壁の隙間にとび込んで行った。




 愛華の開いた穴にラニーニが続く。愛華が行く手を阻まれれば、ラニーニが隙をつく。

 互いの走り方は、長所も短所も知り尽くしている。次にどう動くかもわかる。幅寄せしてくるライダーを、肩や肘で押し返し、まるで同じチームのライダーのように協力して集団を貫いて行く。

 もう恐怖心など忘れてしまっていた。


 冷静にポイント計算すれば、ラニーニと協力することは正しいとは言えない。ラニーニのポイント獲得は、シャルロッタのタイトルを脅かすものとなる。愛華はタイトル争いには絡んでいないので、仮にラニーニと共に下位に沈んだとしても、チームにとってはその方が都合がいい。

 しかし今の愛華には、そんな事情なんて考えてられなかった。ただ少しでも前へ、信頼できる相手と全力で走る歓びは、せこいポイント計算なんて何の意味もなくなっていた。


 ラニーニも愛華を利用しようなどとは、思ってもいない。

 たとえ一時であっても、大好きな親友とペアを組めるのは、夢のようだ。ライバルとして手強く、尊敬もしている愛華は、パートナーとしてもやはり頼もしく、信頼できる素晴らしいライダーだった。


 たぶんエレーナもハンナも、二人を責めたりしない。シャルロッタだって、ライバルがペナルティで沈むような勝ち方望んでないはずだ。


 トップグループまでたどり着けるかは問題でなく、二人はただ全力で走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 走ると言う純粋な行為だけを求め始めたら…結構危険。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ