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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
117/398

シルバーストーン

  シャルロッタの連勝により、トップ、ラニーニとの差は2ポイント差まで詰まり、タイトル争いは本格的に白熱してきた。

 シーズン後半に入り、自己タイの三連勝で波に乗るシャルロッタ擁するストロベリーナイツの独壇場になるだろうと予想されていたが、意外なラニーニの粘りに期待する声も少なくなかった。


 アメリカGP以降表彰台の中央はシャルロッタが占有しているものの、ラニーニもラグナセカ四位、インディ三位、ブルノ二位と着実に順位を上げてきており、次は優勝だと鼻息を荒げるファンも多い。ラニーニ本人は、決してそんなに甘くはないと考えていたが、簡単に首位の座を譲るつもりもなかった。



 対するシャルロッタは、完全に有頂天になっているかと思いきや、意外と真剣に構えていた。エレーナが口うるさく言っていたのもあるが、日本GPでチャンピオンを決定して、愛華の友だち集めてパーティーやりたいという、案外かわいい夢を抱いているからだ。

 世界的なライダーでありながら、中二病で友だちが少なくても、シャルロッタも十代の女の子、同世代の普通の女の子みたいに友だちとわいわいやりたい気持ちもある。素直にやりたいと言えばいいのだが、なかなかそう言えないのがツンデレ。世界チャンピオン決定という、普通の女の子にはとんでもない偉業を、みんなを集める口実にしようと考えているのだから、スケールが大きいのか小さいのか、よくわからない。なんにせよ、真剣にタイトル獲得に向けて真面目にレースをしてくれるのは、本人にとってもチームにとっても良いことだ。三戦したら忘れるという愛華の予想が、見事はずれることを本人以外のチーム全員、1ドル賭けてる愛華も願っていた。


 

 イギリスGPの行われるシルバーストーンに入ってからも、シャルロッタはフリー走行初日から他を寄せ付けないトップタイムを叩き出し、逆転にかける意気込みを見せつけた。


 重くどんよりした曇り空の下行われた予選でも、まるでシャルロッタのタイムアタックの時だけサーキットが明るくなったような華麗な走りを披露して、見事ポールポジション獲得。会見では「圧倒的な魔力の差」とか言って、記者たちと、予選二位のフレデリカ、三位のラニーニまでどん引きさせた。まあそれはそれでシャルロッタらしくて安心する。

 その他の予選結果は、スターティンググリッド一列目末席にストロベリーナイツのスターシアが、二列目にもエレーナ、ヤマダのケリーを挟んで愛華、ブルーストライプスのナオミと並び、三列目バレンティーナ、ハンナ、リンダ、マリアローザの順で、3メーカーが入り乱れる結果となったが、ストロベリーナイツの優勢は明らかだった。


  決勝当日、朝から垂れ込めていた灰色の雲は、最初のレース、Moto3決勝の頃から路面を濡らし始め、本格的に降り出しはしないものの、小雨になったり、霧雨のような状態が続き 、その後のMoto2のスタート時間も遅らせた。

 午後に入り、予定の一時間遅れでMotoミニモ決勝が始まる頃には、路面はウェットだが雨は小康状態。ほとんどのライダーがインターミディエイト(ドライとレインの中間)のタイヤを履いてグリッドに並んだ。




 愛華にとって、ウェットレースは初めてだ。練習では何度も走っているし、スミホーイのテストコースでは、コースに水を撒いてレインの練習をした事もある。冬場には雪の上をオフロードバイクで走ったりしていたので、滑ることへの不安は小さいが、フォーメーションラップ中、思いのほか前車のあげる水飛沫とシールドに付く水滴に視界を遮られ、気をつけなくちゃいけないのは滑りやすいことだけじゃないんだと緊張する。

(スタートで少しでも前に出ないと。ラニーニちゃんとフレデリカさんの間を狙って行こう。でもこれじゃあスリップストリームはあまりつかないな)


 グローブの甲側に貼り付けたタオル地の布でシールドを拭いて、いつも以上にスタートに気合いを入れた。


 気合いは、得てして空回りする。

 滑り易い路面に、慎重にクラッチを繋がなければならないのはわかっていたが、少しでも早く飛び出そうと回転を高くしたまま、クラッチを繋いでしまった。ドライ路面とスリックタイヤなら、軽くフロントを持ち上げる程度のクラッチワーク、しかし濡れた路面は、溝の浅いインターミディタイヤを、いとも簡単に空回りさせた。いつもは有利な体重の軽さも、トラクションを稼ぐにはマイナスになった。

 愛華は慌ててアクセルを戻すが、負荷の掛からないエンジンはあっという間にふけ上がり、高回転でリアタイヤをホイルスピンさせたまま、なかなか落ち着いてくれない。時間にすればほんの一瞬の出来事でも、愛華にはとてつもなく長い時間に感じられた。なにしろ、すぐ脇を、普段三メーカーのワークスチームに太刀打ち出来ない中堅チームのライダーたちが、マシンの性能差が出にくいウェットレースで一発狙おうと、凄い気迫ですり抜けていく。

 水溜まりが出来る程ではないにしろ、小雨が降り続けるコース上を36台のマシンが一斉に動き始めれば、たちまち水煙で覆われてしまう。

 愛華は視界を奪われ、更には後ろからはまるで命知らずのような猛者たちが、カウルに伏せたまま真横を通過する。生きた心地がしない。

 ようやく走り始めても、視界は効かず、かろうじて見える前車のシルエットを追うしかない。その間も、悪条件こそチャンスだとばかりのベテランライダーたちに、次々に抜かれた。

 いつも自分はまだまだ未熟だと自覚してる愛華だったが、エレーナたち相手ならともかく、このときほど自分の未熟さを噛み締めたことはなかった。


 愛華を抜いたライダーが、目の前で別のバイクと接触、二台とも転倒してコースから外れていく。


(壊れてるの、シャルロッタさんだけかと思ったら、みんな壊れてるよ)


 彼女たちは、ランキング下位の謂わば愛華より格下ライダー。しかしチャンスさえあれば、速さを証明してトップチームのライダーと入れ替わろうと死に物狂いだ。タイトル争いとは別世界の、それ以上の狂気の中に放り込まれた心境だ。

 愛華は恐怖と情けなさに打ちのめされながら、ずるずると最後尾近くまで後退していった。



 さすがの愛華もどうしようもなく、身動きすらとれなくなっていた頃、トップグループでも異変が起きていた。

 愛華同様、いつもなら体重の軽さを生かしたスタートダッシュを見せるシャルロッタとラニーニも、このコンディションでは軽さが災いして、集団に飲み込まれてのスタートとなっていた。しかもこの時ラニーニは、大きなミスを犯していた。


 ランキング首位争いをする二人に代わって、巧くスタートを決めたのは、予選二番手のフレデリカ、四番手のスターシアがそれを追い、ほぼ並んで1コーナーに進入した。雨のレースでは、先頭が圧倒的有利となる。前のレースで、フレデリカがレース距離を走りきるのが無理ではないとわかった以上、ストロベリーナイツとしては単独で逃がすわけにはいかない。

 ダートトラックのように豪快なドリフト走行をするフレデリカと、繊細なマシン操作で悪条件でも完璧なライディングをするスターシア、対極のライディングスタイルをする二人の競演は、濡れながら観戦している熱心な観客を歓ばせるには、十分な見応えを提供した。そのあとをケリーが続き、シャルロッタをエレーナが、ラニーニをハンナが、盛んにプッシュするバレンティーナから守るように走る。どちらもこの条件の悪いレースでは、エースに無理をさせてアクシデントに巻き込まれるのだけは避けたいのだろう。シャルロッタが大人しく従っているのは、実は雨が嫌いだったからだが、エレーナには内緒にしているつもりらしい。当然エレーナは知っていたが、その方が都合がいいので気づかないふりをしていた。


 トップグループがオープニングラップからストレートに戻ってきた時、黒旗が振られた。示されたのは、ラニーニのゼッケンナンバー。彼女にジャンプスタート(フライング)によるピットスルーペナルティの指示が出される。


 少しでも優位なポジションでレースを進めようと先走ったラニーニは、レッドランプが消える直前に僅かに動いてしまっていた。誤魔化そうとしたわけではないが、すぐにブレーキを握り、再び動き出したのはむしろ他のライダーより遅れたくらいだったので見逃されることを期待したが、厳密に裁定された。三周以内に一度、制限速度のあるピットロードを通過しなければならない。


 愛華同様、真面目な性格のラニーニであるが、その真面目さ故に自分を責めすぎる傾向がある。だが今は反省してる暇はない。ラニーニが気落ちする前に、ハンナが素早く動いた。

「この二周で、出来るだけタイムを稼ぐわよ」

 ラニーニに伝えるとすぐに、エレーナとシャルロッタの前に出た。ラニーニも続くが、エレーナ、シャルロッタともに邪魔しようとはしない。このレースの優勝争いから脱落したも同然のラニーニを、更に遅らせてまでポイント差を稼ごうとする行為は、タイトルを争うライダーとしての誇りを傷つけるものだ。ケリーとスターシアも同様に、意図的なブロックはせず、それに気づいたフレデリカも、すんなりトップを譲った。



 ハンナとラニーニは、誰にも邪魔されることなく、ウェットとしてはベストに近い走りで、二周で3秒以上の差をつけた。しかしその差は、次の周には大きくマイナスとなってしまう事になる。ラニーニはその周でピットロードに入っていった。


「さて、これからどうしましょうか」

 ピットへの誘導路にラニーニを見送ったハンナは、道を譲ってくれたトップ集団の一番後ろまで下がり、チームとしてどうすべきか思案した。



 ―――――レースは波乱の展開になりそう。いやもうなってるわね。シャルロッタは雨が嫌そうだから、たぶん思い切りは出ないでしょう。途中で投げてくれれば助かるけど、それはエレーナさんが許さないでしょうね。

 そういえばアイカさん、どうしたのかしら?スタートで戸惑ってたのは見えたけど。アイカさんがいないなら、ますますシャルロッタさんもやる気なくすでしょうね。ラニーニさんが脱落した以上、エレーナさんも無理はさせないでしょうし。

 ラニーニさんなら一人でもポイント圏内でゴール出来るでしょうから、今のところはここで様子を窺いましょうか。



 ハンナはしばらくレースはこのままだと予想した。しかし一度後退してしまうと、レースが動いても反応できない。チャンスがあれば、シャルロッタの前でゴールめざすせる位置、なければゴール前にラニーニの後ろまで下がって、エースの順位を上げることも出来るポジションでチームを保っておく方が得策と考えた。レースはまだまだ荒れる予感がする。勝ちは望めないにしろ総合ポイントを考慮し、選択肢のより多いルートを選んだ。


  波乱の幕開けとなったシルバーストーンの空は、重く厚い雲に覆われていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 私が逝ったのも雨上がりのハーフウェット。
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