中二病的天才vs官能的天才
トップを走るラニーニも、遂に怒涛の波に呑み込まれた。もう少しフレデリカに手こずることを期待してたが、振り返ると愛華が背後に貼り付いている。
シャルロッタはまだフレデリカの後ろにいる。アイカだけフレデリカにスルーされたらしい。おそらくアイカは、自分にバトルを仕掛けてペースを落とさせて、シャルロッタを待つつもりだと、ラニーニは予想した。
これまでずっとフレデリカのハイペースに引っ張られてきたので、まともに愛華の相手をするのは不利な状況だ。愛華の状態も、ここまでの追い上げで相当無理しているだろうから万全とは言えないが、振り切る余力もない。そして最後には、シャルロッタに捉えられる姿が頭に浮かぶ。
(どの道シャルロッタさんに捕まったら勝ち目なんてない。フレデリカさんの健闘を願って、少しでもシャルロッタさんから逃げよう)
ラニーニは出来る限り愛華のアタックを無視して、逃げなくてはならなかった。
愛華にとっても、楽しみにしていたラニーニとの競争であったが、純粋に勝ち負けを競う訳にはいかない。目的はシャルロッタが追いつくまでの足止めだ。
(いじわるしてごめんね、でもラニーニちゃんだけ逃がさないから)
別にレースであるからいじわるではないし、ラニーニも愛華の役割を理解しているので謝る必要もないが、心の中で親友に謝ってから、激しくラニーニのインやアウトに突っ込んでいく。ラニーニはその激しさに無視することが出来ず、否応なくそれにつき合わされていく。
フレデリカのインからコーナーに進入したシャルロッタは、クリップで完全に前に出ていたはずだった。しかしバイクを起こして加速に入ろうとしたところで、最大パワーで立ち上がるフレデリカに並ばれた。シャルロッタもスロットルを目一杯捻って張り合ったが、ズルズルとリアタイヤを滑らせて加速するフレデリカに再び先行される。
「ずいぶん尖んがった魔力持ってるじゃない。それだけ使えれば大したものよ」
中低速を犠牲にして、極端な高回転型のフレデリカ仕様のエンジンは、Motoミニモクラス最高のパワーを絞り出している。だがそれを速さに繋げるには、高回転をキープする勇気と繊細なアクセルコントロールが要求される。彼女以外乗りこなせないと言われる所以だ。
シャルロッタ自身、高回転高出力のエンジンを好む方であるが、フレデリカが特殊な魔力を持っていることは認めざる得ない。魔力を認めても、負けは認めていない。むしろますますやる気になっていた。
「どうやらあたしも、本気出さなくちゃいけないようね」
自分にない強力な魔力を持つ敵の登場は、物語には欠かせない。奴しか使いこなせないアイテムを持っているとなれば、まさに理想の強敵。
「本気の龍虎真眼を見せてあげるわ!」
シャルロッタはフルフェイスのシールドを左手で跳ね上げ、V字にした指を左目にあてがうポーズをとった。ここでようやく、カラーコンタクトをエレーナに禁じられて、つけていなかったことを思い出したが、今さら龍虎真眼を止めることはできない。
咄嗟に『普段は変わらないように見えても、意識を集中したときだけ色の変化する真の龍虎真眼』という設定にした。しかもそれは、シャルロッタの思い通りに色を変えられ、ときに強烈な光りを発するのだ!
実際にはシャルロッタの頭の中だけの妄想なので、他人にはどうでもいいだけにめんどくさい病気だ。ちゃんと説明しておいてくれないと、話を合わせられない。シャルロッタの妄想に付き合ってくれる人は、スターシアぐらいしかいないんだが……。
当然ながらフレデリカは、シャルロッタの妄想など知るはずもなく、付き合っていられる状況ではなかった。
彼女の右手の痛みは、すでに限界にきていた。シャルロッタとバトルしたいとの思いからここまで耐えてきたが、アクセル操作やブレーキングの度、激しい痛みが走る。まともに勝負できるのは、あと数回だろう。
残りの周回と後続グループとの差を考えれば、痛みを誤魔化しながら流して走っても、四位以内は確保できたであろう。しかしフレデリカには、もう少しのところまで迫った最高の瞬間を目前にして、やめることなんて出来なかった。
フレデリカは、先ほどより更に速く、奥へと突っ込んでいく。左目を金色に光らせた(妄想)シャルロッタは、それを上回るスピードで早めにターンに入ると大きな弧を描き、最小限の減速でフレデリカの内側に浸入した。
コーナー目前でリアを振って一気に向きを変えるフレデリカ。ドリフト状態のまま、インに切れ込んでいく。そのままだとシャルロッタのラインと交差する。一瞬迷ったが、シャルロッタは必ず減速すると判断。あの速度のままでは、立ち上がりラインにのせられないはずだ。
シャルロッタのフロントフォークがフルボトムするのが見えた。フレデリカは仕掛けられたチキンレースに勝ったと思った。しかしシャルロッタのフロントフォークは、深く沈んだまま、さらにインに向かい、バイクの向きを変え始めた!
並んだシャルロッタの車速は、高回転を保ったまま加速に入ろうとするフレデリカよりスピードを保っている。フレデリカが遅れる。まるでサッカー選手が、マークするディフェンスを振りほどくような動きにも見えた。バイクがあんな動きをするのが信じられない。
(やっぱりこの人最高!でもまだ勝負はついてないよ。加速に入ればパワーで押しきれる!)
フレデリカも簡単に負けを認められない。リアタイヤにトラクションを最大に掛けて、暴れるマシンを加速させる。シャルロッタもまだバイクを起こしきらない体勢でフルスロットルまで開けた。
フロントを浮かせたままコーナーを抜けるシャルロッタとドリフトしたままのフレデリカが立ち上がって来る。シャルロッタがややリードしている。
フレデリカは「もっと!もっと!」とパワーを搾り出そうと求めるが、差はなかなか狭まらない。
フレデリカはシフトアップしようとアクセルを一瞬戻した。手首に強烈な痛みが走った。直後にタコメーターの針だけが跳ね上がり、加速がとまった。シャルロッタが遠ざかっていく。
ギヤが抜けた……シフトミスだ。スロットルグリップを握る右手首は、フレデリカの思い通りに動いてくれなかった。何千、何万回と正確にギヤとエンジンの回転を合わせてくれていた右手が、彼女の意思を裏切った。
フレデリカは、ほとんど力が入れない右手を見つめた。
(もしあのまま次のコーナーに向かってたら、ブレーキングできた?)
「もう無理だったみたいね……」
冷静に考えれば、シフトミスをしなくてもシャルロッタの前には出られなかったかも知れない。そして次のコーナーで、ブレーキングが出来なくなっていたら……、シャルロッタをも巻き込んでしまったかも知れなかった。
フレデリカは“今日”の負けを認めた。
意外にあっさり勝負がついたように見えたが、フレデリカが自分に匹敵する魔力の持ち主であることを誰よりも身に沁みたのは、シャルロッタ自身だろう。結構ぎりぎりのコーナーリングをして、なんとか勝った。
シャルロッタが勝てたのは、フレデリカの魔力が強すぎたからとも言える。彼女はおそらく、強すぎる故に、これまで自分より強い相手とバトルした経験がなかったのだろう。エレーナに出会う前の自分と重なって思えた。
フレデリカは確かに速い。しかし怖さは感じなかった。彼女に比べれば、愛華やラニーニの魔力はずっと小さい。だからあいつらは、いつも自分より強い相手と戦ってきた。決して諦めず、強い相手に勝つための研究と努力を怠らない。走るたびに強くなり、脅威を感じる。
シャルロッタのシナリオでは、レース後にフレデリカがやって来て、「自分がどうして負けたのか」と訊いてくるはずだから、そのときのセリフを考えて、一人でニヤニヤしてしまった。
「ここにはあんたより強い相手がいっぱいいるから、また戻っておいで。いつでも相手してあげるわ」
あたし、メチャメチャカッコいい~っ!できればみんなでいるところに来て!
たぶんないと思うぞ、そんなありきたりなシーン。だいたいフレデリカが手首の痛み抱えていたの忘れてるし、もうGPを去るみたいになってる。
ただシャルロッタの分析は、基本的には間違っていない。勝負とは、相手の強味を潰して、自分のペースに持ち込むというのが基本である。シャルロッタの最大の武器は、高い速度を維持したまま曲がるコーナーリングだ。対してフレデリカの武器は、立ち上がりの加速。シャルロッタは、最小限の減速でコーナーに進入し、フレデリカの前に入った。それによってフレデリカは、強味である立ち上がりを思うように出来なくされた。シフトミスがなくても、勝てなかったであろう。
これまでのレースでは、そこまで考える必要がなかったのだろう。強すぎた故に、勝負の基本を学んでこなかった。
しかし、負けた理由を当事者に訊きに来るなどラノベの中のファンタジー世界だけの話である。フレデリカはどちらかというと官能小説の住人だ。露骨な表現に赤くなって恥ずかしい思いをするのは、中二病でツンデレのシャルロッタの方だから、来なくても自分から行ったりしない方がいい。
「シャルロッタさん!なに一人でブツブツ言ってるんですか!早くラニーニちゃんを抜いてください」
フルフェイスから緩んだ目もとを覗かせて愛華たちに追いついたシャルロッタは、愛華の怒鳴り声に、現実に引き戻された。
「べ、べつにブツブツ言ってなんていないわよ!慌てなくても、そんなのコーナー二つあればパスしてみせるわよ」
「じゃあ、すぐにパスしてください!もうコーナー二つでゴールです!」
げっ!ヤバイ………
残りの周回数を忘れていた。それほどフレデリカとのバトルに苦戦していた証拠である。集中していたからこそ、決着がついたあと、余計なこと考えてニヤニヤしてしまった。
そんな間にも第14コーナーをまわり、残すは最終コーナーだけになってしまった。
「わたしがインにねじ込んでスペースを作ります!後ろからとび込んで来てください」
愛華はそう叫ぶと、直線的にラニーニのインを狙って切れ込んだ。
「あっ、ちょっと!待ちなさいよっ」
慌てるシャルロッタの声にも、待っている余裕はない。
シャルロッタに捉えられたら勝ち目はないと思っていたラニーニだが、ここまで来たら負けられない。速さでは絶対敵わないシャルロッタに、愛華までいて圧倒的不利なのはわかっているが、残すはコーナーあと一つだけだ。
愛華が突っ込んで来る。インに入られたら負けだ。愛華より早くインに寄せようと、ゼブラぎりぎりめざして、体ごと倒れ込むように切れ込んでいった。
愛華のフロントタイヤが、ラニーニの肩に触れた。愛華は思わずアクセルを緩める。さらにラニーニはインに寄せて、愛華の行き場を塞いだ。
(インに入れなかった。ラニーニちゃんのこれほど闘志を剥き出しにした走り、初めて見たよ。シャルロッタさんのコースをわたしが潰してしまってる。わたしのせいで負けちゃう……)
「ゴメン、アイカ。あたし、あんたの突っ込みについていけなかった」
そう言ってシャルロッタが、外側から二人を抜いていくのが見えた。




