あんたの友だちが、こんなに強すぎるわけがない!
インディでのレースが終わると、喜びもつかの間、大急ぎで撤収し、大西洋を渡って東欧のチェコまで移動しなくてはならない。表彰式を終えた愛華たちもチームのテントなどの片付けを手伝った。出発便の関係で、先発するスタッフたちは、飛行機の中で苺ケーキを食べることになるそうだ。お世話になったルーシーさんはじめ現地のスタッフの人たちと一緒に食べれたのはよかったが、できればみんな揃って食べたかった。アメリカ大陸のインディアナGPを終えて、翌週にチェコGP開催とは、もう少しスケジュールを考えてほしいところだが、様々な大人の事情もあるのだろう。
アメリカ大陸から大移動してきたGPサーカスの一群は、チェコGPの開催地ブルノサーキットに到着するとすぐ様この地での戦いに入る。移動の疲れも、若いライダーたちには然程影響せず、ベテランにとっても当たり前のように仕事をこなす。
フリー走行が始まり、ここでもシャルロッタと愛華は依然好調を維持している事を魅せつけた。追い上げられているポイントリーダーのラニーニも、ここは踏ん張り処と、気合いの入った走りで二人に迫るタイムを連発した。
彼女たちが万全で望めるのも、メカニックたち裏方や、エレーナとスターシア、ブルーストライプスではハンナやリンダたちが、休み返上で仕事をしてくれてたおかげである。その事は愛華もラニーニも、たぶんシャルロッタもわかっている。だからこそ、結果で報いようとフリーから真剣そのものだ。
予選でも、この三人の速さは光っており、「ポールポジションはあたしの指定席」と自称するシャルロッタだけでなく、愛華とラニーニも、当たり前のように最前列に並べた。この二人の成長が本物であることは、もう誰も疑う者くなっていた。
そして残る最後のフロントローを確保したのは、このところ決勝で途中リタイヤが続いているフレデリカだった。彼女に関しては「今回もおそらくは前半とばして、掻き回すだけ掻き回したらまた途中でリタイヤするだけ」との見方が大半である。あのシャルロッタが、同じ属性と認めるほどの才能は本物だけに、仕方ないとは言え、そういった評価しかされない状況は、彼女にとってもレース界にとっても、残念な状況と言うしかない。
フレデリカの場合、望めるなら今シーズンを棒に振ってでも治療に専念し、来シーズン以降に賭けるのがベターな選択だったろう。しかし彼女には、来シーズンのシートの保証はない。ヤマダには、バレンティーナとケリーというスターが二人もいる。今シーズンの失敗から体制を見直し、チームとライダーの絞り込みを計るのは間違いないだろう。マシン開発が順調に進んでいるヤマダには、タイトルを狙えるチームだけが必要となっていた。
フレデリカにアシストとしての能力はない。それは本人が一番よく知っている。彼女に残された道は、ケガさえ治れば自分が一番速いんだと証明しておくしかなかった。喩えヤマダから干されても、どこかのチームに拾ってもらえる可能性を残したい。屈辱的な評価に甘んじ、レーサー生命を脅かすリスクを背負ってでも、僅かな望みに賭けていた。
―――どんなことしてもここに残りたい。
生まれてはじめて抱いた強いレースへの思いだった。
―――ここには、自分と同じ種類の人間がいる。
逆転へ向けて全開で突き進むストロベリーナイツにも、不安要素がないわけでもない。トラブルの火種と言えば、やはりこの人しかいない。
ポールポジションを獲得したシャルロッタは、既に優勝したも同然の気になって、ウィニングランパフォーマンスはどうしようかとあれこれコスチュームに悩んでいる始末だ。愛華は「その慢心が一番危険なんです!」と注意したが、二連勝しているシャルロッタは、先週の誓いなど忘れてしまったかのように言い放った。
「あたしが強すぎて退屈だわ。まぁ、退屈しのぎに途中までフレデリカと遊んであげようかしら」
「フレデリカさんに挑発されても相手しないでください。優勝争いに絡んでくるのは、ラニーニちゃんですから」
「あんた、随分あのチビたてるわね。でもあんなのあたしの敵じゃないから。あんたがあのチビ勝たせたいって言うなら、まとめて相手になってあげてもいいけど」
「そんな……」
「シャルロッタ!今の言葉は聞き捨てならないぞ」
エレーナがシャルロッタを叱りつけた。当然だ。
「すいません、エレーナ様。ちょっと言い過ぎました。レースではまじめに走ります。アイカもわるかったわ」
エレーナがどつく前に、意外に素直に謝った。
しかしそれが、逆にラニーニを見下しているような印象を、愛華には感じさせた。
スターシアも同じように感じたのか、エレーナに代わって注意する。
「シャルロッタさん、前にも言いましたが、ラニーニさんが強くなっているのは紛れもない事実です。先週のインディでは、エレーナさんと私まで、あのコに抜かれたのですから」
「でもそれはお姉様たちの燃料が、」
「あそこでは、ガス欠の心配はありませんでしたよ」
「でもハンナさんやナオミたちもいたからでしょ?」
「そうかも知れませんが、以前練習で、あなたとアイカちゃんでは、私とエレーナさんのブロックは崩せませんでしたよね。少なくても、それをもってラニーニちゃんが遅いとは言えないんじゃないですか?」
つまりそれは、ブルーストライプス四人の突破力がシャルロッタと愛華の二人より上回っていることを意味していた。当然と言えば当然だが、シャルロッタには少しショックだったらしい。
今のアイカとシャルロッタなら、自分とエレーナのブロックも突破出来るかも知れないと思うスターシアだったが、シャルロッタには言わないでおいた。
ラニーニのレベルも、愛華と同じ位高くなっている。昨年までは狡猾なバレンティーナのアシストを務め、愛華よりレース経験があるだけに、巧みな抜き方も知っている。見方によっては愛華より手強いと言えた。
「それにブルノサーキットは、インディと違って高低差が大きいです。ここでは私たちにとって燃費が厳しくなるでしょう」
夏休み中にツェツィーリアで、燃料制御システムの改良を加えていたが、高低差のあるコースではまだ試してない。コンピューター上でのシュミレーションでは問題ないはずだが、実際に走らせてみないとわからないのが常である。エレーナとスターシアがどこまでバックアップできるかは未知数だ。
「どっちにしても、あたしが振り切ってしまえば問題ないわ」
シャルロッタが胸を張って言いきった。もちろん全員がそうあって欲しいと願っていた。
シャルロッタの速さは、今でも抜きん出ている。と言っても愛華を置き去りにするほどの差もない。つまりはラニーニを引き離せない可能性もあるわけだ。
幸いナオミもリンダも、ハンナさえもシャルロッタの本気ペースについていく事は困難であり、ラニーニひとりにシャルロッタと愛華が敗れるとは考えられないが、油断は禁物だ。
しかし真剣に聞いていたのは、愛華の方で、シャルロッタからはあまり危機感が感じられなかった。
「どうしてあのコに何も言わなかったのですか?」
チームミーティングが終わり、エレーナと二人だけになるとスターシアは不満そうに問いかけた。
「私の言いたい事はすべてスターシアが言ってくれた」
「私の言葉では、シャルロッタさんに伝わりきらなかったようでしたが……。最後はいつものようにエレーナさんが体で思い知らせてあげると思ってました」
エレーナは、二杯めの紅茶を注ごうとしていた手を止めて、スターシアに振り向いた。
「そういう誤解を招く言い方はやめろ。……まあ確かにシャルロッタは言葉で言っても理解しない。だからこそ、体で理解してもらわなければならなかっただろうな」
それでいてシャルロッタをどつかなかったエレーナに、何か考えがあるのはわかっていたが、なにか迷っているようにもみえた。その視線に観念したエレーナが口をひらいた。
「正直に言って、私は今回ばかりはアイカにはあまり頑張ってもらわなくていいと思っている」
「それはどういうことですか?」
愛華には、何度も期待以上の頑張りでチームの危機を救われてきた。今や愛華の頑張りがストロベリーナイツを支えていると言って過言でないとスターシアは思っている。
「アイカに何の落ち度はない。あれほどシャルロッタの欠点をカバーするのは、私でも無理だ。問題はラニーニだ。ここ二戦、私は彼女に負けた。私の力が衰えたのもあるが、ラニーニは確実に強くなっている」
それはスターシアも、何度もシャルロッタに言い聞かせた事だ。エレーナも以前からそうなるだろうと予想していた。しかしエレーナの予想以上に早く、そして大きくその才能を開花させようとしている。この世界では遅咲きと言えるし、シャルロッタやフレデリカとはタイプも違うが、ラニーニもまた、天才と呼べるだけの才能を秘めている。
「それとアイカちゃんが頑張る必要がないのと、どのような関係があるのですか?」
スターシアの質問はもっともだ。相手が強力であるほど、愛華には頑張ってもらいたい。愛華自身、ラニーニ相手に全力で戦いたいと望んでいるだろう。それはきっとラニーニの側も同じだ。
「言った通り、シャルロッタに口で言ってもムダだ。どついてもその時だけ。アイカの言葉を借りれば、三歩歩けば忘れる。あいつに分からせるには、レーストラック上で、強敵だと思い知らせるしかない」
決勝ではおそらく、スタートの優位なシャルロッタ、愛華、ラニーニの三人が抜け出すだろう。途中までフレデリカが引っ張るかも知れないが、最終的に残るのは、この三人だろう。そしてトラブルか余程アホな真似しない限り、シャルロッタの勝ちは揺るがない。シャルロッタの実力には未だ及ばない上に、アシストの愛華がいる限り、ラニーニに勝ち目はない。
「そしてシャルロッタは、ますますラニーニを舐めて掛かるようになる」
エレーナの予想は、スターシアとほぼ同じものであった。現時点でシャルロッタと愛華を止めれる者はいない。いるとすれば、それはシャルロッタ自身だろう。だからと言って、無理に苦戦するように仕向けるのは、エレーナさんらしくない。
「それはいつか気づくことでは?今は勝てるチャンスのある時に確実に勝って、ポイントを獲得すればいいのではないでしょうか?」
「……そうだな。確実に勝つ方がいいに決まっているな。それにアイカに頑張るなとは、私にはとても言えない……。くだらんことを考えていた」
スターシアの正論に、自分を納得させたエレーナだったが、今一つ言い様のない不安が拭えなかった。




