Tシャツとリストバンド
愛華とシャルロッタは、シカゴで智佳との愉しい休暇を過ごした。二人ともGPで世界中を転戦するのは、いつも充実しており、ストレスなど考えたことすらなかったが、実は緊張の連続で、結構精神的には疲れてたかもしれない。観光地巡りは退屈だったが、智佳とプロバスケットボールチームのスタジアムやトレーニング室を見学させてもらったりするのは、想像以上に楽しかった。
引退してもブルズのスターであり、シカゴのヒーローであるバスケの神様が頼んでおいてくれたおかげで、特別に本物のNBAのゴールへシュートを投げさせてもらった智佳も、大喜びで感動していた。
それからメモリアルセンター近くの公園でストリートバスケをしていた少年たちと、3on3のゲームをしたのは、愛華も本当に楽しかった。
智佳は、地元の少年たち相手に本気だし、愛華とシャルロッタも、小さいながら抜群の運動神経とスピードで、地元キッズの間を走り回った。ただシャルロッタは、バスケの微妙なファウル判定に納得がいかず、一人暴れて子供たちから摘まみ出されたりしていたが……。友だち出来ないわ、やっぱり。
代わりに入ったルーシーさんがまた凄くて、智佳と二人で、ガンガンシュートを決めていた。11~12才ぐらいの子供相手に、本気というのも大人げないが、子供でも本当に上手いし、相手も負けじとガンガンきていたので、手を抜いたら逆に失礼だ。
しかし楽しい時はあっと言う間で過ぎ去る。智佳が旅立つ日、三人で空港まで見送りに行く。
「それじゃあ、今度は日本GPで」
さみしそうな愛華に、智佳が声をかけた。
「絶対観に来なさいよね!ほかのコたちも、連れてくるのよ!」
「シャルロッタさん、無理言っちゃあダメだよ。みんな今年は受験生なんだから」
愛華だって、みんなに逢いたい。でも高校三年生になった同級生たちの貴重な時間を、自分のために使わせるようなわがままは言えない。
「けっこう難しい大学めざしているコたち多いからね。でもわたしは絶対行くから。紗季とかも、成績余裕だから今年も行きたいって言ってたよ。でも来れないコたちのこと、悪く思わないでね。みんな応援してるから」
「悪くなんて思わないよ。みんなが応援してくれてるって思うだけで、すごく力が湧いてくるから、それだけで嬉しい」
「じゃあ、もう行くね。この先もレース頑張れ」
搭乗の時間が迫ってきたので、智佳が別れを告げた。
「日本GPであたしのチャンピオン決めるから、イチゴダイフクいっぱい用意しといて!」
「サキに伝えとく」
智佳は作らない?んだよね。
「トモも頑張ってね……」
愛華は涙ぐんで、それ以上言葉にならない。智佳の手をぎゅっと握りしめた。
「おいおい、なに最後の別れみたいにしてるんだよ。二ヶ月後にはまた日本で会えるじゃない」
「そうだけど……逢えて楽しかった。ありがとう」
「わたしもだよ。あいかのおかげで貴重な経験できたし、こっちに留学する決心がついた」
智佳は手をほどいて、搭乗口へ向かって行った。最後にもう一度振り返り、手を振った。愛華とシャルロッタも振り返す。
「みんなにもよろしくねーぇ!」
愛華は何度も手を振って見送った。
「アイカ、絶対日本GPでチャンピオン決めるわよ」
智佳の背中が見えなくなっても、搭乗口の方を向いたままシャルロッタが呟いた。今年の日本GPのスケジュールは、最終戦の手前だ。今の調子なら逆転して一戦残してチャンピオンを決定するのも、決して不可能ではない。
「そのためには、一戦一戦、確実に獲っていかないと、ですね」
最大の問題はシャルロッタの暴走なんだけど。
「任せなさい!誰もあたしを止めることは出来ないわ」
暴走も止められないから困る。愛華の仕事はたいへんそうだ。
「わたしもがんばります!」
応援してくれるたくさんの人たちのためにも、がんばらなくてはいけない。
「ちゃんとアシスト、頼むわよ」
シャルロッタが愛華を頼るセリフを言った。以前なら信じられない事だ。でも今なら本気に出来そうだ。
わたしがしっかりすれば、きっと出来ると、愛華は気を張り切った。
シカゴからインディアナポリスまで、再びルーシーさんの運転する車で移動し、エレーナさんたちの到着を待った。
充電期間は終わった。二人とも一刻も早くバイクに乗りたくて堪らなくなっている。二人の目標は、日本GPでチャンピオンを決定して、智佳たち(主に紗季)の作る苺大福をおなかいっぱい食べることで一致していた。
エレーナとチーム全員が到着し、サーキットに入ってもすぐには走れない。あまりにシャルロッタがイライラしているので、エレーナが心配したほどだが、フリー走行が始まると、あのシャルロッタがきっちりとセッテングを詰める作業から始めて、メカニックたちを不安がらせた。
「シャルロッタのやつ、いったいどうしたんだ?」
エレーナが愛華に尋ねてきた。シャルロッタがまともなことをしてるのが、信じられない様子だ。
「一戦ずつ、確実に勝っていこうと誓ったんです。そして日本GPでチャンピオンを決めると約束しました」
エレーナはまだ信じられないという表情だったが、シャルロッタの態度は、そのあとも愛華の言葉を肯定していた。
「どうやら賭けは私の負けのようだな。このままずっと続いてくれれば、いいんだが……」
シャルロッタの反省は、一戦しかもたないと予想したエレーナの賭けは、ここで負けが決まった。
シャルロッタと愛華は、スタートからきれいにとび出し、終始レースをリードした。途中追い上げてきたフレデリカに煽られたが、シャルロッタは冷静に対処し、愛華と協力して凌いだ。やがてフレデリカは、持病となっている腱鞘炎の悪化で、前回と同じように突然ピットに入るとマシンを降りてしまい、シャルロッタは危なげなく二連勝を決めた。
ラニーニは、エレーナとスターシアのブロックを崩すのに苦労し、ブルーストライプス総掛かりで二人に襲いかかり、ラスト二周でようやくラニーニを前に出すことに成功するが、時既に遅く、三位でチェッカーを受けた。
ラニーニとシャルロッタのポイント差は、7ポイント差まで詰まった。
表彰式にシャルロッタは、智佳から貰った『白百合女学院篭球部』と漢字でプリントされたTシャツをツナギの上に着て登場し、日本でテレビを観ているであろう智佳にアピールした。
「シャルロッタさん、ずるいです!言ってくれればわたしも用意したのに」
と愛華が恨めしそうに言うと、
「これは友情の証しとして、ヘルメットと交換したあたしの宝物なの!」
と言い返された。
(トモ、バイクに乗らないのに大きなヘルメット持たされて日本に帰ったんだ……。本音は迷惑してるよ、きっと)
一般的な価値としては、シャルロッタ・デ・フェリーニのヘルメットの方が、ずっと高いから、まあいいか。
しかしそのままでは、愛華も友だちを盗られた気がして悔しいので、ツナギの左の袖を捲り、その腕をカメラに見せつけるように振った。
「あんた、なに手首に巻いてるの?中二病?」
愛華の左手首にはめられた、使い込んだタオル地のリストバンドにシャルロッタが気づいて、イチャモンをつけた。中二病が巻くのは包帯である。
「わたしがスペインで左手首ケガしたんで、」
「左手が疼くとか言うんじゃないでしょうね」
シャルロッタさん、絶対巻いたことあるでしょ?
「すいません。トモにこれもらったんです。ほかの人にはただの汚れたリストバンドかも知れないけど、わたしには大切な御守りみたいなものなんです」
シャルロッタが羨ましそうな表情で、翼のデザインのトレードマーク入りのリストバンドを見つめた。
「……そう、あんたには要らなくなったリストバンドをあげたのね。トモカはあたしには、新品のTシャツをくれたわ」
本当に負けず嫌いなシャルロッタである。
「よかったですね。でもわたしには、トモが試合や練習のとき、いつも身につけてたこっちの方がうれしいですから。汗と涙と一緒に、歓びや悔しさが染み込んでますから。あっ、友だちじゃなかったら、そんなの汚ないだけですよね。トモ~っ観てる?これつけて走ったよぉ」
愛華も負けず嫌いだった。シャルロッタを妬かせる言葉のあと、テレビカメラの向こうの智佳に向かって左手を振って叫んでやった。
「あたしのTシャツだって、トモカの思いが染み付いてるもん」
「さっき、新品もらったって言ったじゃないですか」
「うっ……、そんなの気持ちの問題よ!」
シャルロッタの明らかな負けである。でも本当は愛華も、智佳がシャルロッタの友だちになってくれたことを心から感謝していた。
今度シャルロッタさんにもリストバンド、プレゼントしてくれるように頼んでおこう。
第9戦インディアナGP終了時点のポイントランキング
1 ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J
175p
2 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S
168p
3 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J
108p
4 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S
105p
5 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J
96p
6 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S
92p
7 ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y
85p
8 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y
75p
8 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J
75p
10 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S
74p
11 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y
41p
12 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J
42p
13 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y
33p
14 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS
20p
15 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS
19p
16 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y
15p
17 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J
14p
18 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)Y 12p
19 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J
10p
20 アンナ・マンク(アルテミス)LS
3p
21 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y
2p




