予想外の行動
賊が一斉にマテリアを見た。
「だ、誰だ!」
裏返った声で、マテリアの一番近くにいた賊の一人が叫ぶ。
「私はマテリア」
目を細めて睨みつけながら、マテリアは賊たちを見渡し――わずかに息を切らせていたガストに視線を向ける。
そして、涼やかな微笑を向けた。
「加勢するぞ、アスタロ」
口にしたのは、この中の誰でもない名前。
しかしマテリアの目はしっかりとガストの姿を捕らえ、言葉を送っていた。
「アスタロ? ガスト様を別の人と勘違いしてる?」
マテリアたちから少し離れたところで足を止め、ロンドは困惑した声を漏らす。
「あ、ああ、恩に着る」
理解しにくそうだが、マテリアが敵ではないことと、賊が混乱している今が好機と踏んだのだろう。戸惑いつつもガストは彼女に応える。
マテリアはうなずくと、賊の中へ切りこんだ。ガストもそばの警護隊員に目配せして、同時に攻撃をしかける。
身を低くして、マテリアは賊の間を縫うように駆ける。
すれ違いざまに一撃、一撃、確実に急所を突いて気絶させていた。
その場に赤き血潮を降らせず、男たちの体を折り重ねていく。
多勢に寡勢という戦局で、戦いを優位に運んでいるのは警護隊とマテリア。
その様をロンドは頭を整理させながら眺めていた。
こちらに賊が逃げてくる。と、ビクターが落ちていた剣を拾い、すかさず前に出て賊を弾き飛ばす。
余裕があるのか、マテリアの動きを見ながら「すげー」と歓声を上げている。
「なあ少年、『永劫の罪人』がどうして賊と戦っているんだ?」
「……僕に聞かれても困ります」
こちらに刃を向けるかも……という不安はある。
それでもマテリアの動きが美しく思え、目が離せない。
剣なんて人を傷つけるための、恐ろしい物だと思っていたのに、剣を振るう彼女の躍動がきれいだと感じてしまう。
ロンドが見とれている間に、賊は首領を残し、全員が地へ突っ伏していた。
「お、お前は、この国に災いをもたらした者ではないのか!」
首領の叫びにマテリアの眉根が寄る。
「何だそれ? 誰が好んで災いなんか起こすか!」
彼女は声を張り上げ、首領に飛びかかった。
すかさず首領は剣を交える。ほかの仲間よりも腕が立つのか、マテリアの剣撃を力で押し戻そうとする。
じりじりと、刃がマテリアの顔へ近づいていく。
が、恐れるどころか、彼女はニッと歯を見せて不敵に笑った。
「この程度じゃあ、村の老人でもお前に勝てるな」
「何を――」
首領が話すよりも早く、マテリアはいったん剣を引き、刃を閃かす。
ギン、ギィンと、鮮やかな連撃が決まる。
首領の手から剣は離れ、弧を描いて空を舞った。
マテリアは容赦なく膝を首領の腹へ打ちこみ、そのまま蹴り倒す。
彼は口からこみ上げた物を吐き出しながら、無残に地へ沈んでいった。
さっきまでの殺気と喧噪は消え、静けさが辺りを包む。
マテリアは軽く息を吐くと、ビクターのところへ近づく。
鋭くなっていたマテリアの目が、優しい曲線を作った。
「剣、ありがとな」
「いや、どうってことは……」
差し出された剣を、ビクターは己の腰へ戻す。
そしてマテリアは身を翻し、戦い終えて汗をぬぐうガストへ声をかけた。
「いつもはもっと小技を使うのに、今日は大振りだったな。面倒だったのか? アスタロらしくないな」
初対面であるはずのガストへ、からかいの声をかけるマテリアは楽しげであった。
はたから見る分には微笑ましいが、言われた本人は面白くないだろう。
憮然とした顔で、ガストは彼女へ足早に寄っていく。
「当然だ。人違いだからな」
「え? 何言ってるんだ、アスタロ」
マテリアが不思議そうに目をまたたかせ、「何の冗談だ?」と苦笑する。
誤解がとけずに苛立っているのか、ガストはぶっきらぼうに答えた。
「俺はアスタロじゃない、ガストという」
「へ? あれ? そういえば、なんか顔が老けてる……それにちょっと髪も短い。アスタロ、何か悪い物でも食べたのか?」
このままでは誤解がとけそうにない。ロンドは小走りに二人へ駆け寄る。
「ガスト様、怒らないでください。彼女はまだ生き返ったことを理解していないんです」
二人の間に割って入ると、ロンドはマテリアと向かい合う。
真っ直ぐこちらを見てくる瞳から、悪人が持つよどみは一切見当たらない。
どこまでも澄み渡った眼差しだ。
(……彼女を信じよう)
緊張の色を見せつつも、ロンドは努めて穏やかな表情と声を作る。
「えっと、マテリア様。とても信じられない話だとは思うのですが……貴女は生き返ったのです」
マテリアは小首をかしげる。
「生き返った?」
「話せば長くなるのですが――」
「長く……なるのか?」
「え、ええ」
すぅぅ、とマテリアの瞼が下がり、半目になった。
「じゃあ明日教えてくれ。何だか……まだ、眠い……」
マテリアの上体がぐらりと大きく揺れる。
少しは踏ん張ったが力及ばず、そのまま背中から倒れていく。
「おっと、危ないな。ったく、どうするんだ彼女?」
すかさずビクターが彼女の肩を受け止めつつも、どうしたものかと困った色を浮かべる。
剣を鞘に収めてから、ガストは腕を組んでうなった。
「昔は知らないが、今、別に悪いことをしたわけではないからな。賊の討伐を手伝ってくれた功績もある……ロンド様、いかがいたしますか? それから、隣の者は一体?」
急に意見を求められ、ロンドは落ちつきなく二人を見交わした。
「す、すみません……いろいろありすぎて、何からお話すれば……」
お構いなしに眠る、マテリアの安らかな顔をのぞきながら、三人はしばし沈黙した。




