永劫の罪人
闇にうごめく人影が、口々に聞き取れぬ何かを叫びながら、ロンドとガストに襲いかかる。
ガストが剣を抜き、ロンドよりも前に出た。
「ロンド様、後は警護隊に任せて、貴方は逃げてください」
猛然と押し寄せてくる賊を前に、ロンドの全身が冷たくなる。
怖い、逃げたい……そんな思いを追い出すように、奥歯を噛みしめる。
「に、逃げません。僕にもできることがありますから」
ロンドは馬上で両手を組み、早口につぶやく。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。闇を照らす小さき太陽の閃光を――』
つぶやくたびにロンドの身体は光を帯び、神々しさを増していく。
賊が襲い来るというのに、ロンドの心は鎮まっていく。
「ガスト様、三秒ほど目を閉じてください」
「わかりました」
即座にガストが目を閉じる。それを横目で見やると、ロンドは最後の言霊を口にした。
『――我に与えたまえ』
その刹那、白き閃光がロンドの身体から放たれる。
勇み足で襲いかかってきた賊の目に、閃光の矢が突き刺さった。
彼らが乗っている馬も光に驚き、いなないて上体を持ち上げる。
「うわ! め、目が!」
辺りを貫く閃光は、暗闇に慣れていた賊の目を容赦なく焼きつける。
賊の誰もが目を押さえ、頭を振り、中には落馬して地をのたうち回る者もいた。
目を開けたガストが、喉を鳴らして息を呑む。
「一体何をしたのですか?」
「光の法術で目をくらませました。さあ、秘薬を取り戻しに行きましょう」
ロンドは言葉が終わらないうちに馬を走らせ、その場を駆け出す。
が、視力を奪われて暴れる賊を前に、ロンドは馬を止める。
すぐにロンドの横へ、ガストが馬を寄せ、大剣で賊をなぎ倒した。
「ここの賊は私が引き受けます。ロンド様は小瓶を持った男の足止めをお願いします」
「は、はい!」
怖さと心配に後ろ髪を引かれたが、ロンドは覚悟を決めて前に進んだ。
闇の中にぼんやりと浮かぶ棒状の影が並ぶ地と、そこへ馬を走らせていく男の影が見える。
早く追いつきたいのに、ロンドが一歩近づくたびに空気は重くなり、思わず息が止まりそうになる。心なしか馬の走りも鈍い。
辺りに木々が生え、大地は腐葉土に覆われている中、そこだけは青々とした雑草が根を生やしていた。
大地には錆びて朽ちかけた槍が、一カ所に何本も突き刺さっている。
少し触れただけで折れそうだ。しかし、街の人間が誰も近づこうとしないため、今もこうして残っている。
街の人間なら、誰でもこの地を恐れる。
(ここは『永劫の罪人』の亡骸がさらされていた地。まさか……)
賊たちの狙いにロンドは気づき、血の気が引いた。
気持ちだけが先走るばかりで、ロンドの体は思うように動かない。
けれど男は重々しい場の空気に圧されることなく、変わらぬ速さで駆けていく。
男が馬の足を止め――「そーれっ!」という、気の抜けたかけ声を出した。
「やめてください!」
ロンドはありったけの声を男にぶつける。
「小瓶を返してください! でないと、大変な事態になってしまいます」
こちらの叫びに男が振り向いた。布を巻いて顔を隠しているが、不思議と殺気はなく雰囲気が軽い。
「ああ、いいぞ」
男がこちらに近づき、小瓶を投げ渡してきた。ロンドはあわてて小瓶を受け取り、目をまたたかせる。
だが、すぐ違和感に気づいてハッとした。
小瓶から光が消えている。
焦ってロンドは小瓶を回し、全体を確かめる。しかし、どれだけ見ても中身はない。
「あ、あの……中の薬は?」
「そこの槍ンところにぶちまけた」
男は親指を槍に向けて即答する。
ゆっくりロンドが槍へ顔を向けると、槍の真下が淡い光を放っていた。
「な、何てことを!」
ロンドが馬を降り、槍に駆け寄ろうとする。
だが、先に馬上から降りた男に肩をつかまれて、足を止められる。
「なあなあ、ここは一体どういうところなんだ? オレ、この街に来たばっかりで何にも知らないんだ。よかったら教えてくんない?」
あまりに緊張感がなさすぎる。
ロンドは何とか男の手から離れようと、強引に前へ出ようとする。
だが、力の差は大きく、男の手はビクともしなかった。
「離してください! 早くしないと――」
「教えてくれたら離してやるよ」
こんなことで時間を費やすわけにはいかない。ロンドは男を見上げる。
「その薬は死んだ者を甦らせる、死人還りの秘薬。そして、貴方が振りまいたこの場所は……百年前、国を大いに乱した『永劫の罪人』マテリアが処刑され、見せしめにその骸をさらしていた場所なんです!」
必死に口を動かすロンドとは対照的に、飄々とした男の様子は変わらない。
「『永劫の罪人』? 何だその仰々しいモンは?」
「詳しい話は後です。手を離してください!」
男は肩をすくめて「しょうがないな」と、ロンドから手を離す。
前のめりになって、ロンドが槍の元へ行こうとする。
しかし秘薬の光は強くなり始め、もう止められないことを伝えていた。
どうすればいい? 必死に考えるロンドの後ろで、男がぼやいた。
「えーっとつまり……ようはアイツら極悪人を生き返らせて、混乱に乗じてこの国をひっくり返そうとしていたわけか。うわっ、くだらねぇ」
信じられない言葉に驚き、ロンドは弾かれたように男へ振り向く。
「国をひっくり返す!? 何て大それたことを……」
「あ、オレは単に雇われただけのよそ者だから、これっぽっちも考えてないけどな。しっかし、ここまで聞いて逃げるっていうのも後味悪いな」
男は槍の地へ身体を向け、剣を抜いた。
「少年、オレを雇え。極悪人が甦ったら、速攻でぶっ倒してやる。報酬は金じゃなくて、オレを見逃してくれるだけでいいからさ」
「え、え、ええ?」
ロンドが戸惑っていると、ビクターは腰を落として剣を構える。一瞬にして軽かった空気が沈んだ。
「オレの名はビクター。しっかりオレの汚名返上を見ていてくれよ」
槍に浴びせられた淡い光は、少しずつ強くなっていく。
微光は光へ変わる。
光は激光へと変わる。
そうして激光は閃光へと変わる。




