切り開いた活路
「行かせるかっ!」
マテリアが触手をかいくぐり、ヴィバレイの額を目がけ、光の剣を突き立てる。
しかし剣は突き刺さるどころか跳ね返り、光の粒に変わってマテリアの手から消える。
あわててマテリアはその場を飛び退き、ビクターとともに廊下へ出た。
「真ん中の触手はすごい弾力だ。剣が刺さらない」
そうマテリアがぼやくと、ビクターが「厄介だな」と言葉を返す。
「さっきから触手を斬っているが、弱る気配が全然ないぜ。どうにかして真ん中を叩かなねぇと……」
少しうなってから舌打ちすると、ビクターはハミルを見やった。
「ハミル、援護を頼むぞ」
「……わかりました」
指示されるのは不本意そうだったが、ハミルは間を空けずに言霊を唱える。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。聖域を踏みにじりし者、その穢れし脚に償いの枷を』
新たに生まれた光の靄が触手へ集まり、じわじわとこちらに迫っていたヴィバレイの動きを止める。
「今のうちに……!」
ビクターは大きく剣を振り上げ、あらん限りの力でヴィバレイを斬る。
剣撃というよりも、殴打に近かった。
うっすらと長い傷はついたが、それだけだった。
『邪魔ヲ、スルナッ!』
ヴィバレイが全身を振動させると、足止めの光が散り、元のように動き出す。
より大きな地鳴りを廊下に響かせて前進し、目前にいたビクターを触手で弾き飛ばす。
その先には、運悪くハミルがいた。
「「うわっ!」」
逃げ遅れたハミルにビクターはぶつかり、二人して床に倒れこんだ。
「ハミル、ビクター!」
いち早くマテリアは間に割って入り、ヴィバレイへ立ちふさがる。手にはなんの武器も持っていない。
「剣が効かないなら、これでどうだ」
マテリアはためらわず、ヴィバレイの本体にしがみついた。
光の加護を受けた体が触れたところから、灰色の煙と異臭が漂う。
『ガァァァッ! 離セ、苦シイ』
どうにかしてマテリアをはがそうと、触手が一斉に彼女を襲う。
いくら光の加護があるとはいえ、背中を叩かれ続け、マテリアは痛みに歯を食いしばる。
それでも腰を落とし、より体を密着させる。
「やっとハミルと一緒に行けるんだ、ここでやられてたまるか!」
さらに勢いの増した触手が、真横からマテリアを貫こうとした。
マテリアは歯をむき出し、腕を引く。
「私の邪魔をするな!」
虫を払うように、マテリアが裏拳を打つ。
壁に穴を開けるほどの触手が、彼女の手に弾かれた。
その場の誰もが驚き、息をとめる。
マテリア自身も、呆然となって自分の手を見つめた。
「……もしかして」
体をそのままに、マテリアはまだ起き上がっていないビクターへ振り返る。
「なあビクター。我を忘れなければ、化け物にならないんだろ?」
「あ、ああ、そうだ」
体を起こしながらビクターはうなずく。
それを見て、マテリアはにやりと笑った。
「つまり我を忘れなければ、力が使えるってことだな。使えるものは何でも使ってやる!」
いったんマテリアは体を離して拳をにぎると、大きくふりかぶってヴィバレイを殴りつけた。
『ギャアァァッ!』
悲鳴を上げながら、巨体が後ろへよろめく。
確かな手応えを得て、マテリアが立て続けに拳を繰り出す。
心なしか剣を持っていたときよりも活き活きとしていた。
そんなマテリアの姿を、ビクターは立ち上がりながら険しい目で見つめる。
「早くどうにかしねぇと、マテリアまで化け物に変わっちまう! おいハミル、さっき出した光の槍を出せるか? 今度はオレも一緒に唱える」
ひと足先に立ち上がっていたハミルは、ヴィバレイを睨んだままうなずく。
「わかっています。こんなことで、マテリアを失いたくありませんから」
互いを見やってから、二人は声をそろえた。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。穢れにまみれた罪人へ、天罰の雷を』
前よりも大きく、数も多くなった光球がヴィバレイを囲む。
全てが細く伸び――槍となって一気にヴィバレイへ飛ぶ。
光が突き刺さったところが、火傷したように赤くただれていく。
ついに巨体が横倒しになる。ひときわ大きく床が震えた。
身を横たえたまま、ヴィバレイは痛みにのたうち回り、触手を振り回す。
『ガァ……アアアッ!』
声のかすれが進み、ロンドの知っていたヴィバレイの声から遠ざかる。
濁った苦しみの声が、ロンドの胸を締めつけた。
(……僕にできることは、ヴィバレイ様に安らぎを与えることだけ)
ロンドは息を深く吸いこみ、祈りを捧げるように柔らかな声で言霊を唱えた。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。光から闇に染まる御霊へ、慈悲の光を与えたまえ』
倒れたヴィバレイを、薄布を広げたような白銀の淡い光が包む。
次第に触手は緩慢な動きに変わり、ヴィバレイの顔から力みが抜けた。
マテリアが顔をわずかにロンドへ向ける。
「ロンド、その法術は?」
「死への恐れを和らげる術です。間もなく死をむかえる者にしか、効果のないものです」
この術が効いたということは、ヴィバレイは間違いなく死に向かっている。
恐れは薄まるが、痛みまでは消せない。
ロンドは息を呑み、覚悟を決めてから口を開いた。
「……マテリア様。どうか――」
「わかってるよ。今、終わらせる」
マテリアは慎重な足取りでヴィバレイに近づき、顔の正面で立ち止まる。
そうして右腕を後ろへ大きく引き、動きを止めた。
次の瞬間、マテリアは全力で拳を突き出し、ヴィバレイの眉間を打った。
叫び声はなく、鈍い音が辺りに響く。
ヴィバレイが存在したことも、姿を変えてしまったことも、幻であったかのように。
床へ落ちた触手や体液もろとも、すべてが塵となって消えた。
残ったのは、ヴィバレイに送った安らぎの光だけ。
それも粒となり、一瞬きらめいた後に輝きを失った。




