咎
戦うしか道はないのだろうか?
ロンドはすがるような思いでビクターへ問う。
「どうすればヴィバレイ様を元に戻せるのですか?」
「力でねじ伏せる、それしかないぜ。幸か不幸か、ハミルの張った結界があるから外には逃げられねぇ。このままオレたちで始末しよう」
言葉が終わらぬうちに、ビクターは触手に斬りかかっていく。
その様を、ロンドは呆然と眺めることしかできなかった。
生き返った現教皇を、再び殺さなくてはいけないなんて。
どうにかしたい気持ちと、どうにもならない諦めが、ロンドの中でぶつかり合う。
「ここは私たちに任せて、ロンド様はお逃げください」
ガストがロンドへかすかに笑いかけると、すぐさま険しい表情に戻り、ヴィバレイへ剣を構えた。
(これが秘薬を作ってしまった結果……僕のせいだ)
触手へ立ち向かおうとする彼らの背中を見ながら、ロンドは胸元で手を組む。
(……ずっと僕は誰かと争うのが怖くて、みんなの言う通りにしていた。逃げていたんだ)
こんな惨状、見ていられない。けれどロンドはしっかりと目を開き、現実を見すえる。
(だけど……もう逃げたくない。僕は咎人として、一生この罪を背負っていくんだ)
神経を集中させていくロンドの目前で、ガストとビクターが奥の間へ突進していった。
精霊の力に抑えられ、ヴィバレイの動きは鈍い。それでも触手を動かし、襲いかかる刃を払おうとする。
二人が力技で触手を斬り払う。しかし、次々と新たな触手が襲ってくる。
ガストの手を触手が叩き、剣を落とす。
光の靄をはねのけ、触手の群れが勢いづく。そのままガストへ迫ってきた。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。我の光を糧に、我が愛しき者たちに、穢れを弾く光の衣を与えたまえ』
ロンドはとっさに言霊を唱える。
次の瞬間、ガストを始めとして、全員の体に微光が灯る。
じゅうぅぅぅ。
ガストの体へ飛びかかってきた触手から、灰色の煙が昇った。
干からびた川魚のような生臭さが周囲に漂う。
「ロンド様……」
「僕は攻撃の法術は使えませんが、人を守る術は使えます。だから……ヴィバレイ様を、早く救ってさしあげてください」
気遣う色を見せたガストと目が合い、ロンドは涙をこらえてうなずいた。
ロンドの前にハミルが立ち、わずかにこちらへ顔を向ける。
「そんなに気負わなくてもいいですよ」
うなずきながら側に寄ってきたマテリアが、ロンドの肩を軽く叩いた。
「ああ。すぐに終わらせるから」
二人は互いに視線を通わせると、マテリアが単身、ヴィバレイへと向かっていった。
素手? いくらなんでも無茶だ。
心配するロンドを尻目に、ハミルは冷静に言霊を紡ぐ。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。穢れを払いし御力を、我ら子の手に宿したまえ』
スゥと、マテリアの右手に光の刃が現れる。
そのまま触手をなぎ払い、マテリアは鮮やかに身を翻す。
やはり剣を振るうのが辛いのか、彼女の顔色は思わしくない。
奥の間でいくつも剣が閃き、触手と混じり合う中、新たにハミルが何かを唱える。
光球が十数個、ハミルの周りに浮かんだ。
「マテリアにガスト、ヴィバレイ様から離れてください」
ハミルが腕を上げ、前を指すと――光球は槍のように伸び、奥の間へ飛んでいった。
光の槍は触手だけでなく、ヴィバレイの顔にも突き刺さる。
『グアァァァァッ!』
触手を斬られても表情ひとつ変えなかったヴィバレイが咆哮する。
そして、危うく光の槍がビクターへ当たりそうになった。
「うわっ!」
間一髪で背を反らし、ビクターは光の槍を避けた。
「お前、どさくさに紛れて、オレごと始末しようとしたな! この人でなしのエセ教皇!」
「すみません、手が滑りました」
ハミルは人の悪い笑みを浮かべてから、そんなことより前に集中しろ、と言いたげに顎で指す。
ブツブツと「後で覚えていろよ」と愚痴りながら、ビクターは怒りに任せて剣を触手に振り下ろした。
(少しは効いてる……のかな?)
光の加護が途切れないよう、ロンドは集中して法力を出し続けながら、奥の間を見続ける。
断たれた触手が次々と体液を飛び散らせ、部屋の景色を変えていく。
床や祭壇は黒い体液にまみれ、以前の神々しい輝きをなくしていた。
今までヴィバレイが築き上げてきたものが、消えていくような気がする。
思わずロンドに哀憐の情がわいてきた。
不意にヴィバレイと目が合う。
ニタアァ。
ヴィバレイの髭が、くいっと引き上がった。
『憎ラシイ、光ダ……』
ヴィバレイの殺気が、ロンドへ向かう。
その刹那、部屋に埋まっていた触手が数本、矢を射るような速さでロンドを襲う。
「ロンド様!」
触手のつけ根へ、ガストが体当たりする。
「ロンド、こちらへ」
わずかに軌道が逸れた隙に、ハミルがロンドの手を引き、避けることができた。
が、ヴィバレイの興味は手前の人間よりも、ロンドのほうへ向けられていた。
触手を次々と飛ばして奥の間の壁を壊し、穴を開けていく。
ついには部屋の天井まである巨体が、すべての触手を動かし、廊下へ出てくる。
ヴィバレイが前へ進むたびに、地響きがロンドの足に伝わってきた。




