秘薬の副作用
ずっとマテリアの手はハミルを待つ。
己の手からマテリアの顔へ視線を移すと、ハミルは彼女の手を取った。
「また私を許せなくなったら、殺してくれてもかまわない。だから、君と一緒にいさせてほしい」
ハミルの言葉に、マテリアは力強くうなずいた。
「ああ。一緒に行こう」
互いに笑い合う姿を見て、ロンドもつられて微笑む。
心からよかったとロンドが安堵していると、隣でわざとらしくビクターが咳をした。
思い出したように、マテリアとハミルがこちらへ振り向く。
「まさかプロポーズを見せつけられるとは思わなかったぞ。ま、これからは二人でやっていくんだろ? 幸せにな、マテリア」
手をひらひらと振っておどけているビクターへ、マテリアは「何言ってんだ」と不敵に笑った。
「二人じゃない。三人だろ」
「……何だって?」
ビクターは手を振るのやめて目を見張る。
そんな彼に、マテリアは愉快そうな眼差しを向ける。
「前にビクターが一緒に旅をしようって言ってくれただろ? だから私だけじゃなく、ハミルも一緒に連れて行ってほしい。百年前の人間だけじゃあ、知らないことだらけだし」
額を押さえて、ビクターは嫌々そうなため息をついた。が、口元は笑っている。
「まったく、自分勝手なやつだな」
「私を甦らせた責任、取ってくれるんだろ? 嫌とは言わせないぞ」
おもむろにビクターは二人に近づき、にぎり合っている手の上に、己の手を置いた。
「仕方ねぇな、マテリアの気が済むまでつき合ってやるよ。ありがたく思え」
ハミルが瞳を横に流し、ビクターを見やる。
一瞬だけ冷めた表情をのぞかせ、再び微笑を浮かべた。
「無理につき合わなくてもいいですよ? ほかの人間に教わればいいだけの話ですから」
「かわいげのない奴。変なマネしやがったら、お前だけ置いていくからな」
二人の顔は笑っているが、なぜかぎすぎすした空気が流れている。
一体なにがあったのだろうか。
ロンドが不安を覚えながら彼らを見ていると、おもむろにハミルが目を合わせてきた。
「ロンド、私は貴方に伝えなくてはいけないことがあります」
少し言いにくそうに、ハミルが言葉を続ける。
「ヴィバレイ様を手にかけたのは、ビクターではありません……予想外でした。私の目前で、シムがヴィバレイ様を刺すなんて」
「シム様が!」
ぎょっとなってロンドが目を丸くすると、ハミルは表情を曇らせながらうなずいた。
「早く彼を捕らえて、真実をみんなに伝えましょう。私の嘘も、過ちも――」
ハミルが話している最中、ロンドの耳が奇妙な音を拾う。
『ウウウウ……』
ひどくしゃがれた声が、奥の間のほうから聞こえる。
初めは気のせいかと思ったが、誰もが気づいて廊下の先へ視線を送った。
間もなくして――。
「うわあぁぁぁっ!」
絶叫が廊下に響き渡る。シムの声のように聞こえた。
その後、なにかを壁に叩きつけるような鈍い音がする。
ガストとビクターが真っ先に廊下を駆ける。ひと足遅れてロンドたちも駆け出す。
先に向かった二人が奥の間の前まで来たとき、彼らは棒立ちになって、部屋の中を凝視していた。
ロンドが二人に追いつくと、廊下の隅でシムが倒れているのを見つける。白目をむき、ぐったりしている。
一体何が起きたんだろう?
ロンドは首をかしげながら奥の間に目を向けた。
いつもなら、廊下からの灯りに金色の祭壇がほのかに輝いている。
しかし、今は暗闇しかない。
ずずっ……。部屋の中で重いものを引きずるような音がした。
部屋になにかいる!
正体を確かめようと、ロンドは言霊を小声で唱える。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。闇を照らす小さき明かりを灯したまえ』
光球がひとつ浮かび、部屋へ入って中を煌々と照らす。
全員、思わず息を呑んで目を見張る。
部屋は数多の黒ずんだ触手に満ち、巨大な蛇が這いずるようにうねっていた。
そして部屋の中央には、何本も触手を絡ませて巨木のような形を成したものと、そこに張りついた土気色のヴィバレイの顔があった。
かろうじて顔には生前の面影はあるが、老教皇の白髭は赤黒く汚れている。
両目からは眼球が抜け落ちており、代わりにミミズのような小さい触手が目元で踊っている。
(どうしてこんなことに……)
あまりの光景に吐き気がこみ上げ、ロンドは口元に手を当てた。
触手が素早く波打ち、何本もこちらへ迫ってくる。
とっさにガストとビクターが剣を抜き、触手へ斬りつけた。
次々と襲ってくる触手を払いながら、ビクターは苦々しく舌打ちした。
「僧侶の誰かが、教皇を生き返らせようとして秘薬を使ったな? それで自分を殺した男を見た瞬間に、怒りで我を忘れて……うわっ!」
危うくビクターの頬に、触手がかする。
まともに戦える相手じゃない。ロンドは急いで言霊をつむいだ。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。聖域を踏みにじりし者、その穢れし脚に償いの枷を』
光の靄が化け物となったヴィバレイへ集まり、動きを抑える。
本体と思しき触手の束は動きが止まらず身じろいだが、触手の襲撃は収まった。
ビクターは口笛を吹き、「助かったぜ」とつぶやいた。
「これが秘薬の副作用の正体だ。我を忘れたら、こんな化け物に変わる。マテリアも、ハミルも……そしてオレもな」
ビクターの言葉へ、マテリアが奥の間から視線を逸らさずに尋ねる。
「ビクターも?」
「詳しい話は後だ。まずはアレをどうにかしないとな」
またたく間の戦闘で、ビクターの頬に汗が流れる。彼は手の甲でぬぐい、剣を構えた。




