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   差し出された手

   ◆  ◆  ◆



 教会まで続く通りを、白い馬と甘栗色の馬、そしてまばゆい光に包まれた馬がともに駆ける。


(ビクター様は本当に僧侶だったんだ)


 ロンドは愛馬に揺られながら、隣で光の馬を走らせるビクターを見やった。


 マテリアを追おうとしたとき、ビクターが聞いたことのない言霊を口にした。その瞬間、光が集まって馬の形を作ったのだ。

 こんな事態でなければ、即座に教えを請いたいところだ。


 ロンドが前を見ると、遠方に教会が見えた。

 自分がビクターを探しに向かう前よりも、その入口には大勢の人々が集まっており、人の壁を作っている。


 三人が教会へ近づいて馬から降りると、僧侶たちや警護隊の隊員たちが一斉に振り向いた。


 どの顔も泣き出しそうな、救いを求めているような顔。

 しかしビクターを見た途端、彼の顔を見知った警護隊員たちが目を鋭くさせた。


「ロンド様、その男から離れてください!」


「ビクター、よくもヴィバレイ様を……」


 ロンドはビクターの前に立ち、にわかに殺気立つ隊員たちに面と向かう。


「それは誤解です! ビクター様はヴィバレイ様を殺してはいません」


 僧侶や隊員たちはこちらの言葉を素直に聞き入れず、困惑しながらも怒りの表情を浮かべている。


 そんな中、ガストが間に割って入り、辺りを見渡す。


「その話はあとだ、今はそれどころじゃない! ここへマテリアが来なかったか? ハミル様はどこにいらっしゃる?」


 ガストの声を聞いて、方々から息を呑む音が聞こえる。

 ロンドの近くにいた者たちが、体をわななかせながら腕を上げ、廊下への扉を指さした。


「ハミル様が彼女を連れて、あちらへ行かれました。ただ……ハミル様は結界を張られたようで、我々では扉に触れることさえできません」


「外から回りこもうにも、結界で遮られて行けないのです」


 話を聞くなり、ガストは廊下の扉へ駆け出す。あわててロンドとビクターも彼の後を追う。


 扉の前に来ると、ガストは何も言わずに扉を押そうとする。

 バチッ! ガストの手で光の粒が弾け、指先から血が流れた。


「ガスト様、大丈夫ですか!」


「問題ありません、かすり傷です。もう一度――」


 再びガストが扉に触れようとしたのを、ロンドは腕を伸ばして遮った。


「僕に任せてください。結界を完全に解除するには時間が必要ですが、一瞬だけ人が通れるほどの穴を開ければ、すぐに結界の中へ入れます。わずかの人数ですが……」


 大きく息を吐き出し、焦る鼓動を落ち着けると、ロンドは静かに目を閉じる。


『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。万物を拒む光の番人よ、その心を開き、我らは招き入ることを望む』


 言霊を言い終えてから、ロンドは扉を押し開く。

 そして、ビクターとガストの手を取って廊下に入った。


 廊下の中央に、二人の姿があった。


 燭台の灯りはあるが、二人の姿は影になっており、詳しい状況はわからない。

 ただ、彼らは立ったまま体を密着させている。


(まさか……)


 もしかして、間に合わなかった?


 呆然となってロンドが動けずにいると、ビクターとガストが駆け出していった。


(僕も行かないと!)


 自分の頬を叩いて気持ちを奮い立たせると、ロンドも二人の後を追った。


 急に二人が足を止め、その場へ立ち尽くす。

 追いついたロンドの視界に、床へ転がっていた剣が入ってくる。



 その刀身は、清い姿のままだった。



「嫌だ……もう昔とは違うのに、昔と同じことなんか、したくない」


 ロンドが顔を上げると、マテリアはハミルの背に腕を回し、強く抱きしめていた。


「……ごめん、ハミル。私が逃げたせいで、ずっとハミルを苦しめてしまって」


 戸惑い気味に、ハミルは顎をわずかに引いて、マテリアを見つめる。


「マテリア……どういうことだい?」


「ハミルに教皇の道を進んでほしいって言ってから、ずっと後悔していたんだ。話どころか、会うことすらできない。だからいっそこの国から離れて、旅に出ようとしたんだ。近くにいるから、辛くなるんだと思って」


 マテリアの声が震え、彼女は言葉を止める。

 何度か息を吸って気持ちを整えると、再び口を開く。


「別れのあいさつをしようと思って、アスタロがいた警護隊の詰め所に行ったんだ。けど中に人がいなくて……今なら旅立つことをハミルに教えられると思って、教会にこっそり入ったんだ。そこで偶然、ハミルが王宮の人と話をしているのを聞いてしまって……ハミルのやっていたことを知ったんだ」


 マテリアがハミルの胸元へ額を押しつける。


「裏切られたと思った、許せないと思った。だから私はハミルを殺したんだ。私が追い詰めてしまったのに、ハミルのせいにして……二人で教会から逃げることも、無理だと決めつけて……」


 耐えていた涙がこぼれ出し、マテリアは泣きながら「ごめん」と何度も口にした。


 半ば呆けていたハミルが、ゆっくりとマテリアの肩に手を置いて体を離す。


「……マテリア、君は悪くない。私の心が弱かったから、君を苦しめてしまった。もう私に構わず、自由に生きてほしい」


「嫌だ。もうハミルから逃げたくない。だから――」


 マテリアは袖で涙をぬぐい、ハミルに手を差し出した。


「――今から一緒に行こう。今度こそ、ハミルを離さないから」


 しばらく己の手を見つめ、ハミルは押し黙る。


 再び口を開いたとき、「行けないよ」とつぶやいた。


「この手は君が思っている以上に汚れているよ。マテリアと一緒にいたいけれど、君を汚すわけにはいかない」


「私の手も綺麗じゃないよ。『永劫の罪人』の肩書きは事実なんだし。それでも……ハミルと一緒にいたい」


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