ビクターの正体
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光の精霊に案内されたところは、森の奥まった場所だった。
馬で立ち入るのが困難だったので、二人は森の途中で馬を降りて進んだ。
獣道すらない藪の中。ランプを持ったガストが先を歩き、伸び放題の雑草を踏んで道を作る。その後ろをロンドが続く。
先を行く光球は、漆黒に染まった森へ月が落ちたように白く浮いて見える。
かろうじて精霊は前を照らすが、草木がぼんやりと浮かぶだけで、ランプの灯りだけが頼りだった。
「夜中に森へ逃げこむとは。ビクターの奴、無謀ですね」
「ええ。真っ暗で何も見えませんし、獣に襲われるかもしれないのに」
こんなところへ逃げなくてはいけないほど、追い詰められていたのだろうか?
光の精霊から二人の無事を教えてもらったが、ロンドの心配は絶えない。
ケガをしていなければいいけど。
そう思った矢先、案内をしていた光球が、一本の巨木の前で動きを止めた。
一見すると人の姿は見当たらない。
しかし、木の反対側に回りこむと……地面が崩れて大きな空洞となった木の根元で、二人の人影を見つけた。
そこには、ぐっすりと眠るマテリアを守るように、ビクターが彼女を抱き包んでいた。
こちらを見上げるビクターの顔は、不敵に笑いながらも、目には警戒の色があった。
「よう、ロンドにガスト。来てくれて助かったぜ」
万が一のことを考えてか、ロンドの前にガストが立つ。彼の背中越しに、緊張している気配が伝わってくる。
二人の様子に怖じ気づきながら、ロンドは言葉を返した。
「お話は精霊から聞きました。本当にビクター様は、ヴィバレイ様を襲ってはいないのですね?」
「ああ。教皇が死んだっていうのは、ロンドから初めて聞いたぞ。オレが教皇を殺したって、なんの得にもならねぇのに」
それはロンドも感じていたことだ。
わざわざ教皇殺しの大罪を犯しても、得るものはなにもない。
唾を飲みこんでから、ロンドは尋ねた。
「教えてください。教会でなにがあったんですか?」
虚空を見つめて少しうなってから、ビクターは話し始めた。
「ハミルの奴が、オレに罠をしかけたんだ」
「えっ、ハミル様が!?」
驚きで、思わずロンドの声が大きくなる。
ゆっくりうなずき、ビクターは話を続ける。
「マテリアからオレを引き離そうとしたんだよ。マテリアを眠らせて、心配したオレが教会へ駆けつけるように仕向けて……最初はオレに賊の濡れ衣を着せるつもりだったようだが、まさかマテリアと同じ『永劫の罪人』にされるとは思いもしなかったぜ」
あのハミルがそんなことをするなんて、信じられない。
にわかに受け入れられず、ロンドは放心の息を吐き出す。
「どうしてハミル様が、そんなことを……」
「今も昔も教会に縛られて、好きなヤツと一緒にいられないのに、どこの馬の骨ともわからない男が隣にいるなんて……嫉妬するに決まってるだろ。自分を殺した相手だと覚えているくせに、一緒にいたいと思っているような奴だ。異常なまでの執着だぞ」
ビクターの言葉に、ロンドとガストは目を見張る。
薬草採りに行ったとき、ハミルは『もっと身近な人と一緒にいたかった』と言っていた。
マテリアへ視線を送りながら。
自分を殺した相手だとわかった上で、あんなことが言えるだろうか?
もし本当ならば、それだけハミルは思いつめていたのかもしれない。
ロンドが黙っていると、ビクターが肩をすくめた。
「もしオレの話を信じられねぇなら、オレを牢に放りこんでくれてもいいぞ。牢の中なら、ハミルに何かされる心配はなくなるからな」
おどけるような口調のビクターへ、今まで黙っていたガストが、呆れたようなため息を吐いた。
「こんな状況でも相変わらずだな、お前は」
「うろたえても現状は変わらねぇ。どうしよーってあわてたところで、状況を悪くするだけだしな」
ひとしきり笑った後、ビクターは急に表情を引き締める。
「ロンド、ちょっとオレの懺悔を聞いてくれるか?」
「え……?」
目を丸くさせたロンドを見て、ビクターは眉間に皺を寄せた。
「今まで黙っていて悪かった……オレな、本当は気づいていたんだよ。賊のヤツらが教会から奪ったものが、死人還りの秘薬だってこと。副作用があることも知っている。知っていて秘薬をブチまけたんだ」
ビクターが腕の中のマテリアを見つめる。
その彼女への眼差しは憐れみに満ちて、神々しささえ漂ってくる。
「知りたかったんだ。オレ以外の人間が生き返ったらどうなるか――」
考えもしなかった話に、ロンドの声が驚きで裏返った。
「ビクター様も秘薬で生き返ったのですか!?」
「ああ。ハミルと立場も状況もほとんど同じだ。元教皇で、若くして殺され、オレの力を利用しようとして生き返らされた……オレはさっさと逃げて、旅人になったけどな」
外見からは想像もつかないが、今のビクターが放つ雰囲気はあまりに厳かで、あながち嘘だとは思えない。
もしそれが本当ならば、ビクターも秘薬の副作用を背負っていることになる。
ロンドはずっと胸に引っかかっていたことを尋ねる。
「秘薬の副作用とは、一体どういうものなんですか?」
ビクターは苦しげに目を伏せた。
「我を忘れたら化け物になる。おぞましい姿になって、自我もなく暴れ狂う化け物にな」
「そ、それはつまり、いつ化け物になってしまうかと怯えながら、ずっと生きなくてはいけないことに……」
まさか、そんな恐ろしいものを作ってしまったなんて。
ロンドの胸が張り裂けそうになる。
不意にビクターが、ロンドに笑いかけた。
「悪く考えるとそうだが、まあ裏を返せば、我を忘れなければ普通に生活できるってことだけどな」
ロンドが言い返さずに黙っていると、代わりにガストが口を出す。
「つまり知っていながら、マテリアに副作用の重荷を背負わせたということか。残酷だな」
「そう言われると耳が痛いな。だからこそオレは、オレの身勝手で生き返ったマテリアを幸せにしたいんだ」
ビクターはマテリアの髪を優しくすいた。
「そのためなら、オレは何でもやってやるさ。ハミルだけじゃなく、この国の住民をすべて敵に回してでも」
続けざまに出てくる事実が、今までのビクターを覆していく。
いつも楽天的で、気ままな人だと思っていたのに。
それでも裏切られたという気分にはならない。
むしろビクターの重荷を、ロンドは悲しく思う。
(きっと今まで苦しかったんだろうな。一人で副作用と向き合って……)
だからといって、別の人間に副作用を背負わせる理由にはならない。だからこそビクターはマテリアに責任を感じているのだろう。
そして、自分はビクターを非難できるような立場ではない。
(僕が秘薬を作ってしまったから、二人の人間に重荷を背負わせてしまったんだ)
これからどうすればいいだろうか?
おそらくビクターとマテリアを逃せば、ハミルは激昂して、我を失うかもしれない。
かと言ってマテリアとハミルを一緒にさせれば、マテリアが記憶を取り戻したときに、正気でいられないかもしれない。
ロンドが必死にこれからのことを考えていると、ビクターの腕の中で、マテリアが身じろいだ。
「やっと起きたか、この眠り姫は」
ようやく見せた素顔を隠し、ビクターは元の軽そうな男に戻る。
マテリアはビクターに寄りかかっていた体を起こし、ぽつりとつぶやいた。
「……ハミルを、何とかしないと」
てっきり寝起きで目が虚ろだと思っていたが、どうやらマテリアの目はすわっているようだ。
嫌な予感がする。ロンドがマテリアに注意を向けていると――。
「ビクター、剣を借りるぞ」
起きたばかりとは思えない動きで、マテリアは俊敏に動く。
鮮やかにビクターが脇に置いていた鞘つきの剣を取り、立ち上がって駆け出していた。
あっという間にマテリアの姿は見えなくなる。
初めて会ったときの素早さとは、比べものにならない。彼女の動きは、人の域を超えている。
「もしかして、記憶が戻って我を忘れているのか? マテリアを追うぞ!」
「は、はい!」
目まぐるしく変わる事態に、ロンドは何とか頭を切り替える。
そして馬をつないだところまで、足をもたつかせながら走り出した。




