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   ビクターの正体

   ◆  ◆  ◆


 光の精霊に案内されたところは、森の奥まった場所だった。

 馬で立ち入るのが困難だったので、二人は森の途中で馬を降りて進んだ。


 獣道すらない藪の中。ランプを持ったガストが先を歩き、伸び放題の雑草を踏んで道を作る。その後ろをロンドが続く。


 先を行く光球は、漆黒に染まった森へ月が落ちたように白く浮いて見える。

 かろうじて精霊は前を照らすが、草木がぼんやりと浮かぶだけで、ランプの灯りだけが頼りだった。


「夜中に森へ逃げこむとは。ビクターの奴、無謀ですね」


「ええ。真っ暗で何も見えませんし、獣に襲われるかもしれないのに」


 こんなところへ逃げなくてはいけないほど、追い詰められていたのだろうか? 

 光の精霊から二人の無事を教えてもらったが、ロンドの心配は絶えない。


 ケガをしていなければいいけど。

 そう思った矢先、案内をしていた光球が、一本の巨木の前で動きを止めた。


 一見すると人の姿は見当たらない。

 しかし、木の反対側に回りこむと……地面が崩れて大きな空洞となった木の根元で、二人の人影を見つけた。


 そこには、ぐっすりと眠るマテリアを守るように、ビクターが彼女を抱き包んでいた。

 こちらを見上げるビクターの顔は、不敵に笑いながらも、目には警戒の色があった。


「よう、ロンドにガスト。来てくれて助かったぜ」


 万が一のことを考えてか、ロンドの前にガストが立つ。彼の背中越しに、緊張している気配が伝わってくる。


 二人の様子に怖じ気づきながら、ロンドは言葉を返した。


「お話は精霊から聞きました。本当にビクター様は、ヴィバレイ様を襲ってはいないのですね?」


「ああ。教皇が死んだっていうのは、ロンドから初めて聞いたぞ。オレが教皇を殺したって、なんの得にもならねぇのに」


 それはロンドも感じていたことだ。

 わざわざ教皇殺しの大罪を犯しても、得るものはなにもない。


 唾を飲みこんでから、ロンドは尋ねた。


「教えてください。教会でなにがあったんですか?」


 虚空を見つめて少しうなってから、ビクターは話し始めた。


「ハミルの奴が、オレに罠をしかけたんだ」


「えっ、ハミル様が!?」


 驚きで、思わずロンドの声が大きくなる。

 ゆっくりうなずき、ビクターは話を続ける。


「マテリアからオレを引き離そうとしたんだよ。マテリアを眠らせて、心配したオレが教会へ駆けつけるように仕向けて……最初はオレに賊の濡れ衣を着せるつもりだったようだが、まさかマテリアと同じ『永劫の罪人』にされるとは思いもしなかったぜ」


 あのハミルがそんなことをするなんて、信じられない。

 にわかに受け入れられず、ロンドは放心の息を吐き出す。


「どうしてハミル様が、そんなことを……」


「今も昔も教会に縛られて、好きなヤツと一緒にいられないのに、どこの馬の骨ともわからない男が隣にいるなんて……嫉妬するに決まってるだろ。自分を殺した相手だと覚えているくせに、一緒にいたいと思っているような奴だ。異常なまでの執着だぞ」


 ビクターの言葉に、ロンドとガストは目を見張る。


 薬草採りに行ったとき、ハミルは『もっと身近な人と一緒にいたかった』と言っていた。

 マテリアへ視線を送りながら。


 自分を殺した相手だとわかった上で、あんなことが言えるだろうか? 

 もし本当ならば、それだけハミルは思いつめていたのかもしれない。


 ロンドが黙っていると、ビクターが肩をすくめた。


「もしオレの話を信じられねぇなら、オレを牢に放りこんでくれてもいいぞ。牢の中なら、ハミルに何かされる心配はなくなるからな」


 おどけるような口調のビクターへ、今まで黙っていたガストが、呆れたようなため息を吐いた。


「こんな状況でも相変わらずだな、お前は」


「うろたえても現状は変わらねぇ。どうしよーってあわてたところで、状況を悪くするだけだしな」


 ひとしきり笑った後、ビクターは急に表情を引き締める。


「ロンド、ちょっとオレの懺悔を聞いてくれるか?」


「え……?」


 目を丸くさせたロンドを見て、ビクターは眉間に皺を寄せた。


「今まで黙っていて悪かった……オレな、本当は気づいていたんだよ。賊のヤツらが教会から奪ったものが、死人還りの秘薬だってこと。副作用があることも知っている。知っていて秘薬をブチまけたんだ」


 ビクターが腕の中のマテリアを見つめる。

 その彼女への眼差しは憐れみに満ちて、神々しささえ漂ってくる。


「知りたかったんだ。オレ以外の人間が生き返ったらどうなるか――」


 考えもしなかった話に、ロンドの声が驚きで裏返った。


「ビクター様も秘薬で生き返ったのですか!?」


「ああ。ハミルと立場も状況もほとんど同じだ。元教皇で、若くして殺され、オレの力を利用しようとして生き返らされた……オレはさっさと逃げて、旅人になったけどな」


 外見からは想像もつかないが、今のビクターが放つ雰囲気はあまりに厳かで、あながち嘘だとは思えない。


 もしそれが本当ならば、ビクターも秘薬の副作用を背負っていることになる。

 ロンドはずっと胸に引っかかっていたことを尋ねる。


「秘薬の副作用とは、一体どういうものなんですか?」


 ビクターは苦しげに目を伏せた。


「我を忘れたら化け物になる。おぞましい姿になって、自我もなく暴れ狂う化け物にな」


「そ、それはつまり、いつ化け物になってしまうかと怯えながら、ずっと生きなくてはいけないことに……」


 まさか、そんな恐ろしいものを作ってしまったなんて。

 ロンドの胸が張り裂けそうになる。


 不意にビクターが、ロンドに笑いかけた。


「悪く考えるとそうだが、まあ裏を返せば、我を忘れなければ普通に生活できるってことだけどな」


 ロンドが言い返さずに黙っていると、代わりにガストが口を出す。


「つまり知っていながら、マテリアに副作用の重荷を背負わせたということか。残酷だな」


「そう言われると耳が痛いな。だからこそオレは、オレの身勝手で生き返ったマテリアを幸せにしたいんだ」


 ビクターはマテリアの髪を優しくすいた。


「そのためなら、オレは何でもやってやるさ。ハミルだけじゃなく、この国の住民をすべて敵に回してでも」


 続けざまに出てくる事実が、今までのビクターを覆していく。

 いつも楽天的で、気ままな人だと思っていたのに。


 それでも裏切られたという気分にはならない。

 むしろビクターの重荷を、ロンドは悲しく思う。


(きっと今まで苦しかったんだろうな。一人で副作用と向き合って……)


 だからといって、別の人間に副作用を背負わせる理由にはならない。だからこそビクターはマテリアに責任を感じているのだろう。


 そして、自分はビクターを非難できるような立場ではない。


(僕が秘薬を作ってしまったから、二人の人間に重荷を背負わせてしまったんだ)


 これからどうすればいいだろうか?


 おそらくビクターとマテリアを逃せば、ハミルは激昂して、我を失うかもしれない。

 かと言ってマテリアとハミルを一緒にさせれば、マテリアが記憶を取り戻したときに、正気でいられないかもしれない。


 ロンドが必死にこれからのことを考えていると、ビクターの腕の中で、マテリアが身じろいだ。


「やっと起きたか、この眠り姫は」


 ようやく見せた素顔を隠し、ビクターは元の軽そうな男に戻る。


 マテリアはビクターに寄りかかっていた体を起こし、ぽつりとつぶやいた。


「……ハミルを、何とかしないと」


 てっきり寝起きで目が虚ろだと思っていたが、どうやらマテリアの目はすわっているようだ。


 嫌な予感がする。ロンドがマテリアに注意を向けていると――。


「ビクター、剣を借りるぞ」


 起きたばかりとは思えない動きで、マテリアは俊敏に動く。

 鮮やかにビクターが脇に置いていた鞘つきの剣を取り、立ち上がって駆け出していた。


 あっという間にマテリアの姿は見えなくなる。

 初めて会ったときの素早さとは、比べものにならない。彼女の動きは、人の域を超えている。


「もしかして、記憶が戻って我を忘れているのか? マテリアを追うぞ!」


「は、はい!」


 目まぐるしく変わる事態に、ロンドは何とか頭を切り替える。

 そして馬をつないだところまで、足をもたつかせながら走り出した。


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