六章 信じたい気持ち
夜の闇が深まり、街の灯りもまばらになった頃。
各々に馬へ乗ったロンドとガストは、並んで教会への帰路につこうとしていた。
行きのときよりも沈黙が重い。
昼間の喧噪はすでに消え、馬の歩みだけが耳に聞こえてくる。
ロンドは苦しげに目を細めながら、これからのことを考える。
マテリアとハミルの過去をあばいて、二人を苦しめたくはない。
これからも過去を思い出さずに仲よくしていけるなら、それに越したことはない。
(明日から今まで通りにしないと……僕にできることは、それだけだから)
その反面、このまま二人を会わせ続けていいのだろうか? とも思う。
ビクターに話を聞いてから延々と考えていたが、答えは出なかった。
ロンドは細長く息を吐き出した。
「大丈夫ですか、ロンド様?」
宿屋を出てからずっと無言だったガストが、いつもより低い声で尋ねる。
心配をかけないように答えたいが、そんな気分になれなかった。ロンドは小さく頭を振る。
「……すみません。まだマテリア様がハミル様を手にかけたことが、信じられなくて……」
「私も同感です。未だに信じられません」
そう言ったきり、二人は再び無言になった。
馬たちの足音と息づかいだけが、ロンドの耳によく響いた。
これは天上から与えられた試練なのかもしれない。
ロンドがそう思った矢先、ガストが馬を止めて前方を凝視した。
「ガスト様、どうされましたか?」
「教会に灯りが点いています。たいまつの火も見えます……様子がおかしいですね」
ロンドも馬を止めて前を見る
。いつも教会では宵のうちに灯りを消しているが、今はぼんやりと暗闇に光をこぼしている。たいまつも教会の中と外を、何度も出入りしている。
小首をひねりながら、ロンドは不安で顔をしかめた。
「なにかあったのでしょうか……ガスト様、急ぎましょう!」
「わかりました。私が先頭を走りますので、ついて来てください」
ガストは足で馬の腹を叩き、教会へと馬を走らせた。
すぐにロンドも愛馬を走らせ、後に続く。
教会の前まで来ると、警護隊の隊員や僧侶たちが、せわしなく動いていた。
先にガストが馬を降りると、ロンドが馬から降りるのを助けながら、近くにやって来た若い隊員へ声をかける。
「一体なにがあったんだ?」
「た、隊長、大変です!」
隊員は興奮を落ちつけようと、何度か深呼吸する。
それから唾を飲みこんでから、やっと答えた。
「また賊が教会に侵入しました! その賊に襲われて、ヴィバレイ様がお亡くなりに……」
「ヴィバレイ様が!?」
思わずロンドは叫んだ。あまりのことに目の前が暗くなる。
後ろへよろけそうになったが、ガストが腕を伸ばして背中を支えてくれた。
こんなときに倒れてなんかいられない。
ロンドは足に力を入れて、教会の中へと駈け出す。すかさずガストも後を追ってくる。
大礼拝堂から廊下へ向かうと、奥の間の前で人だかりができているのを見つけた。
「すみません、通してください!」
集まっていた僧侶たちがロンドを振り返る。
戸惑い呆然としている者もいれば、さめざめと泣く者もいる。
わずかに道が空き、すぐさまロンドとガストは奥の間へと足を踏み入れた。
祭壇の足元に、ヴィバレイが寝かされていた。
その隣ではハミルとシムが身を屈め、苦しげに顔をしかめている。
「ハミル様、これはいったい?」
声を震わせてロンドが尋ねると、ハミルは立ち上がり、ひと呼吸置いてから「残念なことですが」と口を開いた。
「実は……私がマテリアと語り合っている最中、ビクターが教会に侵入して、私たちを襲ってきたのです」
一瞬、ロンドは自分の耳を疑う。
「そんな、どうしてビクター様が……」
「私にもわかりません。マテリアは応戦しましたが、ビクターに気絶させられて、人質に取られてしまいました」
悔しげにハミルは眉根を寄せる。
「私が法術でビクターを捕らえようとしたのですが、運悪く、彼は教会内のヴィバレイ様の私室に逃げこんで……人を呼ぼうとしたヴィバレイ様の口を塞ごうとして、殺したのです」
「あの男がヴィバレイ様の背中に剣を突き立てたところを、私もこの目でしっかと見ました。なんと口惜しいことでしょうか」
シムがうな垂れ、床に涙を一粒、二粒と落とす。
それを見た途端、ロンドの胸はずきりと痛んだ。
いっそこのまま泣き崩れてしまいたい。
しかし、この非常時にそんな甘えは許されない。
ロンドは歯を食いしばり、うつむきそうになった頭を上げる。
ハミルと目が合い、彼はゆっくりうなずいた。
「ビクターの大罪は間違いありません。マテリアも捕えられています……このまま放置するわけにはいきません」
「わかりました。ハミル様、どうが僕にビクター様……いえ、彼を捜索させてください。僕の力を使えば、ダットの街の隅々まで見渡すことができます」
その場にいた人間が、一斉にこちらを見る。
大勢の視線にさらされ、ロンドの頬に熱が集まる。
が、おじけづく心を抑え、ハミルの返事を待つ。
わずかな沈黙の後、ハミルはうなずいた。
「ヴィバレイ様が亡くなられた今、次期教皇である貴方の指示に従いましょう」
「ありがとうございます。今から神経を集中させて法力を高めますので、ガスト様だけ中庭へついて来てください」
ロンドが眼差しを強めて、ガストに視線を送る。すると彼は目を丸くしてたじろいだ。
「……はい。了解しました」
確かな返事にうなずくと、ロンドは「失礼します」と一礼し、奥の間を後にした。
教会の中からわずかに漏れる光が、うす暗い中庭をぼんやり映す。
辺りを見回してガストしかいないことを確かめてから、ロンドは小声でささやいた。
「ガスト様、人が来たら教えてください。今からすることを、見られるわけにはいかないので」
急な話で困惑するかと思ったが、ガストは表情を変えずにロンドへ顔を近づける。
「やはりほかの目的がおありなのですね。なにをされるおつもりですか?」
「ビクター様と連絡を取って、話を聞こうと思います。ハミル様やシム様を疑うわけではありませんが、ビクター様がこんな事態を引き起こすなんて、考えられません」
宿屋を立ち去る直前、「今から生きていくほうが大事」とビクターは言っていた。
そんな人が理由もなく教会へ押し入り、人を殺めるものだろうか?
ロンドがガストの返事を待っていると、彼は口元に手を当て、わずかにうなった。
「自分もあの男を見てきましたが、こんな愚かなことをする者ではないと思います。もしかすると、ビクターを装った偽者の可能性もあります」
「僕もそう思います。ではガスト様、見張りをお願いします」
互いにうなずき合うと、ロンドはガストから離れ、両手を組んだ。
そして口早に言霊をつぶやいた。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。我ら子に、現の声を伝えたまえ』
言霊へ応えるように、ひとつの青白い光球がロンドの元へやってくる。昼間に現れる精霊と違い、輝きは月の光よりも穏やかだ。
無邪気な子犬のように、ロンドの周りを何度か回ってから、光球は目前でまたたく。
その瞬間、周囲に数多の光球が現れ、一度だけ淡く点滅して消えた。
最初の光球をひとつだけ残して。
(ビクター様、僕の声が聞こえたら返事をしてください)
ロンドは心の中でくり返し呼びかける。
しばらくは何も変化はなかったが、ロンドが十回ほど心で呼びかけたときに、光球が輝きを強めた。
声は聞こえない。しかし、ロンドの脳裏に精霊からの伝言が刻まれる。
「……ガスト様、ビクター様はマテリア様と一緒に、街の南にある森へ隠れているそうです。あと『オレは罠にはめられた』と……」
「ロンド様、詳しい場所はわかりますか?」
ガストに尋ねられ、ロンドは大きくうなずいた。
「光の精霊が案内してくれます。急ぎましょう」
力強くガストがうなずき返し、「わかりました」と快く返事をしてくれた。




