二人を引き離すために
しばらくその場から動かず、ハミルは冷静さを取り戻す。
それと同時に足元の光が消えていき、ビクターが施した足止めの術も解ける。
(なんて忌々しい男だ。どうしてくれようか)
ハミルは部屋の中を見渡す。
床に倒れている椅子は、ビクターにぶつかったせいで壊れている。
よく見ると、いくつか床に剣で作られた傷もついている。
(この状態なら、十分に賊が入った言い訳が立つ。ヴィバレイ様に報告して、今すぐ警護隊にビクターを追わせよう)
ハミルは離れから外へ出ると、目前にある教会への扉に向かった。
扉をくぐり、細い廊下を歩いてすぐ、ヴィバレイの私室があった。
部屋の前には、いつでも教皇から指示を受けられるように、椅子へ座って待機しているシムの姿が見える。
シムはこちらに気づくと、椅子から腰を上げた。細い目を線にして、愛想笑いを浮かべている。
「ハミル様、どうなされましたか?」
「非常事態が起きました。ヴィバレイ様にお目通り願います」
不思議そうに「はあ」と、シムは冴えない声を出す。
「しばらくお待ちを」
後ろへ振り向き、シムは部屋の扉をノックした。
「ヴィバレイ様、ハミル様をお通ししてもよろしいでしょうか?」
部屋の中から「構わぬ」というヴィバレイの声がした。
すぐにシムが扉を開き、ハミルを中へ通す。
ヴィバレイが立ってハミルを出迎える。
彼の後ろにある机の上には、ランプと読みかけの本がある。
「ハミル殿、こんな時分に何の用だ?」
同情を引くように、ハミルはわずかにうつむいて身を震わせた。
「今しがた私の離れに、賊が侵入しました。私の客人も人質に取られています、一刻も早く警護隊を向かわせてください」
「なんと、また賊が入ったのか!? 数日前にも賊が教会を襲撃したばかり。こう頻繁に賊が侵入するとは……」
ヴィバレイが忌々しげに目を細め、額を押さえる。こちらの嘘に気づく様子はない。
ビクターの行方など、法術を使えば見つけられる。
ハミルがこれからの段取りを考えていると……。
いつの間にか、シムがヴィバレイの横まで歩み寄る。
ヴィバレイは熟考中のためか、気にもとめない。
そしてシムは、懐から何か光る物を取り出す。
「すぐに警護隊を――」
ヴィバレイが口を開いた瞬間、シムは勢いよく彼の背へ体当たりする。
百年前の死ぬ間際に聞いた、鈍い音がした。
叫び声はなかった。
ヴィバレイはひゅっと息を引き、その場へ倒れる。
その背には短剣が突き刺さっていた。毒が塗ってあったらしく即死の状態だ。
うろたえずにハミルはシムを見すえる。
「なんの真似ですか、シム」
「……私はこんな老いぼれの世話なんかで、終わりたくないんですよ。本当は数日前に賊が入ったとき、彼らに殺してもらう予定でしたけど失敗しましてね。また賊が入ってくれて好都合でした」
ふてぶてしくシムが鼻で笑う。人を殺した呵責など見当たらない。
意外だったが、ハミルは驚かない。
己の欲のために誰かを殺したい、と願う気持ちはよくわかる。
ハミルが冷ややかな視線をシムに送る。
「私がヴィバレイ様を殺したのはシムだ、と言えばそれまでですよ?」
「承知の上です。でも、貴方にそんな気はないでしょう。私は聞いていましたよ? 貴方の離れでの一件を」
なるほど、これで得心がいった。
つまりヴィバレイを殺すために、こちらの都合を利用したということ。
そして、より地位を高めるために、自分へ取り入りたいのだろう。
こちらにとっても都合はいい。
ハミルは薄く笑みを浮かべた。
「ヴィバレイ様を殺したのは、私を襲撃した賊……ビクターという男です。今すぐ警護隊を集め、彼を捕らえましょう。人質の少女も必ず救出してください」
「はい、今すぐに」
満足そうにシムがうなずき、廊下へ出ていく。
なんて浅ましい男なのだろうか。
しかし、それを知った上で利用しようとしている自分は、もっと浅ましい。
己に呆れて、思わず息をつく。
ハミルは表情を険しくしてうつむいた。
(早くマテリアとビクターを離さないと……目覚めたらビクターと逃げてしまう)
真実を知った今、もうマテリアは自分と一緒にいたいとは思わないだろう。
ビクターが誘えば、ダットの街から逃げ出すのは目に見えている。
だから、せめてマテリアからビクターを離したい。
こちらが手を出せないところへ彼女が逃げるぐらいなら、憎まれながらでもマテリアを縛りつけ、手元に置いたほうがマシだ。
廊下からいくつもの足音が近づいてくる。
ハミルは頭を上げ、間もなく到着するだろう警護隊を迎えるため、偽りの涙を流して彼らを待った。




