同じ境遇
「このままオレを殺す気か?」
立ち上がろうともがくビクターを、ハミルは冷やかに見下ろす。
「そうしたいところですが、殺しはしません。貴方には教会に忍びこんだ賊として、牢屋にでも入ってもらいますよ」
「そう来たか。ま、確かに外から来た旅人のオレと、元教皇を比べたら、信用が違うわな」
自嘲気味にビクターが笑った。
「牢屋に入れるなら入れろ。すぐに抜け出して、マテリアをお前から離してやる。殺し合った相手と一緒にさせてたまるか」
ハミルの耳がぴくりと動く。
「知っているのですか、彼女が私を殺したことを」
「お前、覚えていたのか。その上でマテリアと一緒にいたいって……どういう神経してるんだ。信じられねぇ」
這いつくばったままで、ビクターが軽いため息をついた。その態度が癪にさわる。
ハミルはムッと口を閉ざし、嫌悪で目を細める。
これ以上、彼の声を聞きたくない。さっさと気絶させ、警護隊に捕まえさせよう。
苛立つままに、ハミルは言霊を早口に言った。
『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を――』
「あー、やめとけ。お前の法術じゃあ、オレを完全には縛れないぜ? 力はオレのほうが上だからな」
にんまりビクターが口端を上げる。
と、おもむろに立ち上がり、ビクターは光を手で払った。
棒状になっていた光は辺りに散り、光の粒となって彼にまとわりつく。
光の精霊がビクターになついている。
光を崇める教えの僧侶でなければ、精霊を従わせることはできない。
ハミルは目を見張り、一歩たじろいだ。
「まさか、貴方も僧侶だと?」
ビクターは喉でかすれた笑いを鳴らす。そして早口につぶやいた。
『光司る者、我が声に応えよ――』
聞きなじみのない言霊とともに、ビクターを囲っていた光の粒がきらめく。
見た目は変わらないというのに、ビクターが光の神秘をまとい、清々しい聖人の空気を漂わせる。
『――今断崖から足を踏み外さんとする愚者の足に、加護の枷を』
言い終わると同時に、光の粒がハミルの足元へ集まっていく。
ぐっ、と足を押さえられた感触に驚き、ハミルは足を上げようとした。
しかし足は動かず、動くことはできなかった。
「貴方は何者なんですか!?」
「認めたくはないが、オレはお前と同類なんだ。こことは違う宗教の元僧侶で、元教皇。そして大昔に死んだのに、教会の都合で生き返らされた男……まあオレはハミルと違って、さっさと教会から逃げたけどな」
再び道化に戻ってビクターは肩をすくめると、マテリアのところへ向かう。
気に入らない。
あんな奴が自分よりも強い法力を持ち、我がもの顔でマテリアに触ろうとしていることが。
ハミルの胸奥で、漆黒よりも深い闇と、焼けつきそうな感情が混じり合い、大きくうねる。
両腕にマテリアを乗せて、ビクターはゆっくり抱き上げる。
彼女の顔をのぞきこんだ瞬間、彼は目を細め、安心したような息をついた。
踵を返し、ビクターは「じゃあな」と、その場を立ち去ろうとした。
「勝手な真似はさせません」
光に捕らわれて鉛と化した足で、ハミルは一歩、一歩とビクターを追う。
「驚いた。見た目はか弱そうなのに、力はあるんだな」
「マテリアだけは譲れませんから。彼女が誰かに取られることも、誰かが隣に並ぶことも、心を通わすことも……許せない」
じわじわと顔の頬がつり上がり、己の顔が歪んでいくのがわかる。
おそらく醜悪な形相になっているのだろう。
しかし、ハミルに取りつくろう気はなかった。
もうマテリアと離れたくない。
そのためにこの手を汚しても。
彼女に憎まれても。
(奪われるくらいなら、今すぐ彼を殺そう)
怒りに任せ、ハミルが己を手放そうとしたとき。
――パンッ。頬に痛みが走り、ハミルは我に返った。
さっきまで抱き上げていたマテリアを肩に担ぎ、ビクターは怒りとも焦りとも取れない、必死な顔になっていた。
ビクターが頬を打った手で、ハミルの肩をつかむ。
「オレを殺そうとするのは勝手だが、我を忘れるな!」
急な言葉にハミルの目が点になる。
「なっ……どういうことですか!?」
「いいか、一度しか言わないからな。死人還りの秘薬にはな、本当に副作用があるんだ……悪人になるとか、そんな生やさしいものじゃない。我を忘れれば、身も心も化け物になってしまうんだ」
一体何の冗談だと言いたかったが、ビクターの真剣な眼差しに遮られる。
ハミルは息を呑んでから、口を走らせる。
「どうして貴方がそんなことを、知っているんですか」
「知ってるもなにも、元はオレの教会で作られた外法だからな」
忌々しげに言い捨てた後、ビクターはわずかに顔をゆるめた。
「本当はお前なんかどうでもいいが、お前が化け物になったらマテリアが悲しむ。せいぜい気をつけろよ」
ハミルの肩から手を離すと、ビクターはマテリアを再び両手で抱き上げ、部屋から出ていった。
足元を光で押さえられ、ハミル一人だけが部屋に立ちつくす。
(……あんな男に助けられるなんて)
悔しさで頭が熱くなる。
それでも己を見失うわけにはいかないと、ハミルは息を深く吸いこんで、たかぶる胸の内を落ち着かせていった。




