百年前の真実
「あの日の夜、風がひどく騒いで眠れなかったから、私は気分転換に教会の廊下を歩いていたんだ。マテリアはどうしているかな、と思いながらね。
だから驚いた。
いきなり窓ガラスを割って、マテリアが現れたときには。
私は会えて嬉しかったけど……君は私を憎悪の目で見ていた。
体にいくつも傷を作り、いつも持っていた愛用の剣を手にして。
『ハミル、探した……』
マテリアの息は弾んで、今にも倒れそうだったよ。
肩を貸してあげたかったけど、君の気迫に圧されて、近寄れなかった。
『一体どうしたんだい、マテリア? そんな傷だらけになって――』
『ハミル、時間がない。手短に答えてくれ』
震える両手で剣をにぎって、君は私に揺れる切っ先を向けてきた。
『この二年、王様が無茶な税をかけてきて、国中みんなの生活が乱れているんだ。訴えた人も、王様の反逆者としてたくさん殺されている。それを防ぐどころか、ハミルが王様に勧めていたなんて……何を考えてるんだ!』
どうやってマテリアが、それを知ったのかはわからない。
けれど、私が王をそそのかしていたのは事実。
教皇となってからの二年間……いや、次期教皇だった頃から王とは親しくしていたから、もっと期間は長いかな。
君の期待を裏切り続けているのは辛かった。けど、私には望みがあったんだ。
『……マテリア、君には言ったよね? 私は教皇になりたくないと。君に言われて教皇にはなったけれど、受け入れたつもりはないんだ』
私は大きく息を吸って、鼓動を整えた。
君に私の本心を伝えるのは勇気がいったよ。
『君の隣にいられない世界なんて、いらない。だから壊したかったんだ、この国を、この教会を……』
本当は言いたくなかった。言えばマテリアを悲しませるだけだから。
案の定、君は私の話を聞いて涙目になっていた。
『こんな真似をするなんて知っていたら、私は――』
『教皇になるな、と言ってくれた? でも、もう遅いよ……ん?』
もっと君と話がしたかったけど、外から人の声が聞こえてきた。
『もう逃げたほうがいいよ。いくら私の口添えがあっても、捕まればひどい罰を受ける』
マテリアは小さく首を横に振って、私を真っすぐに見た。
出会った頃から変わらない眼差しが、ひさびさに見られて嬉しかったよ。
『そんな話を聞いて、逃げられるわけないだろ。教皇になってほしいと言ったのは私なんだ。だから……』
震えていた君の手が止まって、剣先が私に狙いを定めた。
『……ハミルの命、私が絶つ』
そう言って、マテリアが一歩前に出た時。
廊下に続く扉が開いて、教会の中にいた僧侶や警護隊が駆けつけてきた。
その中にはアスタロもいたよね。
『待て!』
聞きなれた声に、君は一瞬だけ後ろを見て、再び前へ向いた時には駆け出していた。
剣を真っ直ぐに構えて。
切っ先を私の胸へ――。
『やめるんだ!』
アスタロの声は、もう君には届いていなかった。
迫ってくるマテリアの目は、私だけを見ていた。
今まで会えなかった分、それが心地よかった。
ずっと君を見ていたかったけれど……。
『ハミル!』
声と一緒に、鈍い音が私を貫いた。
激しい痛みが全身に走ったけれど、そんなことを忘れられるほど、嬉しかった。
私は力の抜けた腕で、君を抱きしめた。
君に触れられる。
教皇になってから望み続けていたことだから、悔いはなかった。
自分の死と引き換えでも。
『……マテリア』
ずっと口にしたかった君の名。
これが私の最後の言葉。
意識は薄れていったけど、マテリアの背をアスタロが斬りつけたところは、しっかり見ていた。
君の体が私に寄りかかって、抱き合うようにして倒れた。
そうして私は息を引き取ったんだ。
君の温もりを感じながら、ともに……」




