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   強奪

 小瓶を運び終え、ロンドは誰もいない大礼拝堂に立ちつくす。


 辺りは夕日が沈みかけ、壁ぎわの燭台に灯されたロウソクの火も、間もなくその寿命を終えようとしていた。


(ヴィバレイ様のお気持ち、わからなくはないけど……ハミル様の御魂を、死してなお利用するなんて)


 ロンドは長い息を吐いて天井を仰ぐ。


 秘薬を使うことが、本当に正しいことなのだろうか? 

 ヴィバレイ様の判断を疑っているわけじゃなく、未熟な自分が情けない。


 息をかみ殺し、ロンドは奥の間への扉を見つめた。


(もう一度話してみよう。僕が早く一人前になればいいんだ。ハミル様に秘薬の副作用を背負わせるなんて、僕にはできない)


 再び奥の間へ行こうと、ロンドが一歩踏み出す。

 その直後――。


 荒々しく教会の扉が開かれ、一人の影が大礼拝堂へ躍りこむ。


 驚いてロンドが振り向くと、そこには革の鎧を身にまとった巨躯の男が、息を弾ませ、鋭利な琥珀色の目で室内をにらんでいた。

 たくましい手には、鋼の大剣がにぎられている。

 硬そうな短めの黒髪は、好き勝手に毛先がはねている。広い肩を激しく上下させ、眉間や目尻の皺を深くさせていた。


 あまりの形相にロンドは固まる。何度かまばたきしてから、ようやく声が出た。


「……あ、あの、何かあったのですか、ガスト様?」


 ロンドの唇は震え、それにつられて声も揺れる。


 ガストは教会の警護隊の隊長だ。ほかの隊員たちに怒号を飛ばすところを、何度も見かけている。

 穏やかな気性ばかりの僧侶たちの中で、彼の猛々しさは異質だった。


 辺りを見渡しながら呼吸を整えると、ガストは目を吊り上げて叫んだ。


「ロンド様、教会に賊が侵入しました!」


「え……ええっ!」


 予想もしなかった事態に、ロンドは目を点にした。


「早くこちらへ来てください。まずは貴方を安全な場所へ――」


 突然のことでロンドがおろおろしていると、すかさずガストが駆け寄り、ひ弱な細い腕をつかむ。


 そのとき、ガシャーンッと、床に食器棚が丸ごと倒れこむような高い音――神聖な教会にあり得ない音が、廊下から響いてきた。


「「ヴィバレイ様!」」


 二人は同時に叫ぶと、あわてて大礼拝堂から廊下に出る。


 目の前で賊が数名、無残に割られた廊下の窓ガラスから逃げようとしていた。

 褐色の布を巻いて顔を隠した彼らは、黒い外套の裾をなびかせ、外へと消えていく。


 そして奥の間には、狼狽するヴィバレイとシムの顔があった。

 身を守るために法術を使ったのか、二人の体は微光をまとっている。


「秘薬の小瓶をひとつ盗まれた! 誰かあやつらを捕まえてくれ!」


「くっ」


 ガストが賊を追いかけ、割れた窓から出ていく。

 その背を見ながら、ロンドの顔は青ざめていった。


 理由もなく生き返らせるなんて、人の生死をもてあそぶようなものだ。

 ロンドは気が遠のきそうになりつつも、唇を噛んで耐える。


(何とかしないと! 馬を出して追いかけよう!)


 ロンドは踵を返し、教会の端にある馬小屋へと走り出した。


 中庭の小屋につながれた馬の中から、ロンドは白き愛馬の姿を見つける。

 すかさず脇に掛けられていた革の手綱を取り、愛馬の頭へ通す。


 手綱を引いて愛馬を小屋から出すと、鞍も乗せずにロンドは背中へ飛び乗り、賊が逃げた後を追った。


 賊も馬を駆っており、姿は遠ざかりつつあった。


 教会を囲む塀の前で、ガストが賊二人と対峙して足止めされていた。

 近くの木には、賊のものと思われる黒毛の馬が二頭つながれ、興奮して前足で地をかいている。


 剣が激しくぶつかり合っている。

 刃をひとつ弾くたびに、間髪入れず新たな刃がガストを襲う。


 賊の一人がガストから飛びのき、背後に回って剣を振り上げた。 


(あぶないっ!)


 ロンドは目をそらさず、ガストを指差して言霊をつぶやいた。


『天駆ける光の精霊よ。彼の者へ、光の加護を与えたまえ』


 ガストの体がほのかに光る。

 次の瞬間、ガストの背中を賊が斬りつけた。


 が、光は剣を弾き、ガストの身を守る。


「どうなってるんだ!?」


 あわてふためく賊の隙を見逃さず、ガストは剣の柄で二人の頭を殴打し、気絶させた。


 剣をしまい、ガストは賊の馬を一頭拝借して飛び乗ると、ロンドに振り返った。


「ロンド様、助かりました。今から警護隊が賊を追うので、貴方は教会にお戻りください」


 馬を走らせようとしたガストの隣へ、ロンドは愛馬を動かして素早く並んだ。


「いえ、どうか僕も一緒に! 秘薬を作った者として、このままにしてはおけません」


「そういうわけには――」


 ガストが逃げていく賊に視線を送る。

 ロンドも目を向けると、姿が小さくなった彼らは、今にも宵の闇に溶けそうになっていた。


 小さくガストはため息をつき、ロンドへうなずく。


「……わかりました。ご無理はなさらないようにしてください」


「ありがとうございます、ガスト様」


 すぐに二人は馬の足を速め、賊の背中を追う。


 かなり距離が開いている。間に合わないかもしれない、と不安を覚えながら、ロンドは首を横に振る。


(不安がってる場合じゃない。絶対に追いつかないと)


 秘薬を使わせてはいけない。その使命感だけが、ロンドの体を動かしていた。


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