五章 アスタロの元へ
次の日を迎え、昼の執務をこなした後。
ロンドとガストはそれぞれの愛馬に乗り、街の東端にある教会から、市街地を挟んで西側に広がる森へ入った。
重なり合う木の葉の隙間から漏れる光が、うす暗い森を優しく照らしている。
木々の間をすり抜けながら奥へ進むと、一軒の丸太小屋が見えてきた。
かなりの年月が経っているのか、だいぶ丸太の色がくすんでいる。
「ここがアスタロ様のお住まいですか?」
外套のフードを深くかぶったロンドは、白い愛馬の手綱を引いて歩みを止める。
その隣に、栗毛の馬に乗ったガストが並んだ。
「はい。手紙にそう書かれていました」
ガストは馬から降りると、ロンドの手を取って下馬を助ける。
ゆっくりロンドが地面に降りると、ガストは二頭の馬の手綱をにぎった。
「しばらくお待ちください。今、馬を木につないできます」
ブルルッと二頭の馬が小首を振り、口を鳴らす。「どうどう」とガストは馬の首をなでて落ち着かせると、手頃な木まで歩かせる。
ロンドが小屋を眺めていると、ゆっくり扉が開いた。
小屋から一人の老人が現れる。
顔の皺はヴィバレイよりも多く、干からびた果実のようだ。
まぶたや頬の肉はだらりと垂れており、瞳が隠れて見えない。
腰は少し曲がっているが、しっかり二本の足で体を支えている。
背丈はガストよりも頭ひとつ低いが、百才すぎの老人とは思えない長身だった。
「……お前らは誰だ?」
低く濁った声だが、年齢を感じさせない覇気ある口調だ。
ロンドは頭からフードを外し、老人と向かい合う。
「ぼ、僕はロンドと申します。アスタロ様にお話をうかがいたくて参りました」
こちらの問いかけに、老人は反応を返さない。いきなりの来訪で困惑しているのか、目元や眉間の皺を深くするばかりだ。
しかし、馬を木につなげてロンドの元へ戻ってきたガストを見た途端、老人の顔から力が抜ける。
「その顔、まさか……」
「ああ、あんたの血縁らしい。ガストと言う」
老人は「おおっ」と感嘆の声を出す。
「驚いたな、ワシの若い頃にそっくりだ。しかもワシと同じように警護隊へ入っているとは……よく来たな、ガスト」
さっきまでの厳つさは消え、老人の顔はにこやかになる。
とても話しやすそうな空気に安堵しながら、ロンドは老人に尋ねた。
「あ、あの、貴方がアスタロ様ですか?」
「いかにも、ワシがアスタロだ。まあ立ち話もなんだ、入ってこい」
アスタロが扉を大きく開けて、小屋の中へ手招きする。言葉に甘えて、ロンドとガストは小屋に足を踏み入れた。
中へ入ると、中央には丸テーブルと揺り椅子、隅にはベッドが置いてあるだけの質素な部屋だった。
アスタロは揺り椅子に座り、二人を見上げた。
窓からの光も手伝い、彼の顔を温かみのある好々爺に見せる。
「ワシに話を聞きたいということだが、一体なにを聞きたい?」
「はい、実はマテリア様のことで――」
彼女の名を聞いた途端、再びアスタロの空気にトゲができる。
「あの『永劫の罪人』のことか? なぜワシに尋ねる?」
どこから話せばいいのだろうか。
ロンドが悩んでいると、ガストが話を切り出してくれた。
「爺さんがマテリアの友人だったと聞いた。だから彼女の過去を聞きに来たんだ」
「一体誰から、そんなことを聞いた?」
アスタロの声が低くなる。それに気後れせず、ガストはあっさり言い切った。
「マテリア本人だ」
口を閉ざし、アスタロはガストをにらむ。
しばらくして、「はっはっ」とはつらつな笑い声を上げた。
「お前たちはワシをからかいに来たのか? 百年前に死んだ者から、どう聞いたというのだ」
ためらいがちに、ロンドは二人の会話に割って入る。
「アスタロ様、実は教会で……ハミル様を甦らせる目的で、死人還りの秘薬を作ったのです。その秘薬の一部が賊に盗まれて、マテリア様を甦らせてしまいました」
「な、何だと!?」
背もたれに寄りかかっていたアスタロが、思わず身を乗り出す。
次第に顔は赤みを帯び、表情も険しくなっていく。
「……その話から察するに、ハミルも生き返っているんだな」
「ああ。だが、二人とも記憶が抜けている。それでマテリアから聞いた友人……アスタロについて追えば、なにかわかると思って調べていたんだ」
アスタロは大きく息を吐き出すと、長い沈黙の後に「そうか」とつぶやく。
どこか疲れたような、寂しそうな響きがした。
ロンドはうっすら汗ばみながら、震えが止まらない手をにぎりしめた。
「教えてください。どうしてマテリア様が……その、ハミル様を手にかけたのですか?」
「なっ!? ロンド様、それは本当なのですか?」
普段からあまり表情を変えないガストが、驚きで目を見張る。
反対にアスタロは感情を見せず、静かにロンドを見つめる。
と、おもむろに彼は深くため息をついた。
「……ワシも詳しいことは知らん。なぜマテリアがあんな真似をしたのか」
言葉を止め、アスタロは感慨深げに目を閉じる。その目元には涙がにじんでいた。
「ワシが知っているのは……マテリアがハミルを殺したことだけだ。ワシの目の前でな」
無音が小屋に広がる。
声を震わせながら、ロンドは「でも」と言葉を返す。
「ほかの文献では、ハミル様は病死ということになっています」
残念そうに、アスタロは首を横に振った。
「百年前の民衆はな、人の手で殺されたという汚点を、崇高なる教皇に残したくなかったんだ。だから誰も真実を口にせず、どの書物にも真実を記さなかった。おかげで『永劫の罪人』の名だけが残ったんだ」
「そんな……」
生き証人がいる以上、これは事実だ。受け入れがたい現実が重くのしかかり、ロンドはうな垂れる。
「僕は昔の裁判記録を見つけて、このことを知りました。でも、マテリア様とハミル様が再会したとき、二人とも喜んでいました。それが演技だったとは思えません。あんなに仲のよい二人が、どうして……」
「マテリアとは小さい頃からずっと一緒で、兄妹のように育ったんだ。誰かを殺めるような人間じゃないのは、ワシが一番よく知っている。だが――」
ギチ、とアスタロの椅子が揺れる。
ロンドが顔を上げると、アスタロは頭を抱え、膝に涙を落していた。
「――ワシの目の前でハミルは殺された。だから教会の警護隊にいたワシは……マテリアを殺したんだ」




