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四章 森の中へ

 柔らかな緑の葉をつけた木がまばらに並ぶ道を、ロンドたちは足取り軽やかに歩いていく。


 教会の裏手に広がる森は、木もれ日が重なりあい、鬱蒼とした暗さを打ち消していた。

 薄雲が日ざしを和らげているおかげで、辺りに漂う陽気は誰の身にも心地よかった。


 意気揚々と歩くマテリアが、声を弾ませる。


「うわー懐かしい。よくこの森にきて三人で遊んだな。初めてハミルと出会ったのも、この森だったよな?」


 マテリアの隣を歩いていたハミルが、わずかに顔を向けて微笑んだ。


「そうだね。私が森で薬草を摘んでいたら、突然マテリアが木の枝にぶら下がって現れたから、すごく驚いたよ」


「最初はハミルが珍しくて眺めるだけだったなあ。けど、ハミルが大山猫に襲われそうになって、私がかばって追い払って、そこから仲よくなったよな」


 マテリアは左の傷跡をなで、苦笑をこぼす。


「あの頃は私が弱かったせいで、あんな大山猫なんかに不覚を取ったよ。ハミルが無事だったからよかったけど……今なら何匹でも相手にできるのに」


 二人は和やかに話しているが、はたで聞いているだけで、痛々しくて血の気が引いてしまう。

 この話を聞いていると、マテリアが少女ではなく、野生味あふれる少年に見えてくる。


 ロンドが内心、自分の理解を超えた話に圧倒されていると、ビクターから呆れたようなため息が聞こえてきた。


「……小さい頃からすさまじいな」


「……同感だ。一歩間違えば失明してるだろ、あの左顔の傷は」


 同じようなため息が、ガストからも返ってくる。

 そんな周囲の呆れをよそに、マテリアはほがらかな声で話し続ける。


「私の住んでた村は、ダットの街から山ひとつ越えたところにあって、いつも山越えしてこの森に通ってたんだ。道すがらウサギやら山賊を狩ったりしてたなあ。本っ当に懐かしいな」


 次々と出てくる少女の過去とは思えない話に、ロンドもあ然となって言葉が出てこない。


「狩りをしていたのは知ってたけど……山賊も狩ってたのは初耳だよ。危ないじゃないか」


 にこやかだったハミルも、額を押さえて苦笑する。

 そんな周りの反応にめげるわけもなく、マテリアは肩をすくめる。


「あっちから勝手に現れるんだから、仕方ないよ。それにアスタロも一緒だったし」


「アスタロ、か。マテリアと会えたことも驚いたけど……」


 ハミルがガストへ瞳を流し、再び笑みを浮かべた。


「まさか、アスタロの顔とも会えるとは思わなかったよ。本人じゃないのは残念だけど、本当に瓜二つだね」


 急に送られた視線に、ガストがあわてて背筋を正す。

 緊張する彼の気持ちがロンドにはよくわかる。あの秀麗な顔に見つめられたら、誰だって冷静でいられない。


 珍しく「あ、その」と言いよどんでから、ガストはひとつ咳をして調子を整える。


「ハミル様。今、実家に手紙を出しておりまして、身内にアスタロという人物がいたかを調べています。返事が戻り次第、報告いたします」


「ありがとうございます、ガスト。もし貴方の身内であったら、彼のお墓の場所も教えていただけますか? 墓前であっても、せめて彼には私たちのことを伝えたいですから」


「……ああ、そうだよな。もしアスタロが生きてたら、今頃は百十八歳? さすがに生きてないか」


 頭ではわかっていても、心は追いつかないのだろう。

 嬉々としていたマテリアの顔は曇り、地へうつむいた。


 ドンッと、いきなりビクターがマテリアの背を平手で叩き、強引に顔を上げさせる。


「もっと前向きに考えろよ。もしガストがアスタロってヤツの血縁なら、少なくとも結婚して、子供持って、いい人生送ったってことだろ。それに生きてる可能性だってわずかにあるしな。俺が知っている限り、百三十歳まで生きたヤツもいるんだぞ」


 そんなに長生きした人間を、ロンドは聞いたことがなかった。

 きっとマテリアを元気づけようと、嘘をついてるのだろう。

 態度は軽いが、ビクターは意外と気づかいのできる人だ。


 人の優しさを見られるのは嬉しい。

 ロンドがひそかに胸を温めていると、目の前に日差しを弾いて輝く小川が流れていた。


「この川、まだあったんだ! ひさしぶりに……」


 マテリアは靴を脱ぎ、ズボンの裾を膝まで上げると、そのまま走って小川に入っていく。


「ふー、冷たくて気持ちいい。ハミル、川藻を採ればいいか? 確か薬になるんだろ?」


「うん、お願いするよ。じゃあ私たちは――」


 辺りをゆっくり見回し、ハミルは頭上で視線を止める。そうして木の上を指さした。


「この木に小さな緑の実がなっているのは見えますか? みなさん、あの実を採ってください」


「わかりました、ハミル様」


 ロンドはうなずいて、ハミルの指さした木に駆け寄る。


 木の高さはあるものの、ロンドの手が届くところにも細い枝が伸びていた。

 その枝の先に、人の爪ほどの小さな実がいくつもなっている。

 よく見ると、緑の実は鱗のようなものがついていた。


 さっそくロンドは実を摘み、持ってきた袋に入れる。

 しかし近くの枝はすぐに実がなくなった。


 ロンドは高いところでたわわに実る木を見上げた。

 自分の背丈では、飛び上がっても手が届かない。


(もっと大きくなりたいな……)


 辺りを見ると、自分よりも背が高いビクターやハミルは腕を伸ばし、楽々と実を摘んでいる。一番小柄な自分は役立たずだ。


 どうすればもっと実が採れるかを考えていると、唐突にロンドの目前へ、実のたくさんついた枝が現れる。


「ロンド様、今のうちに採ってください」


 ガストの声が上から降ってくる。

 ロンドが声のしたほうを見ると、いつの間にか彼は木に登り、長い腕を伸ばして枝を下に向けていた。


「は、はい!」


 急いでロンドはかき集めるように実を採り、両手いっぱいに実をつかむ。

 枝を離してガストが木から降りると、普段の強面に微笑を作った。


「このほうがたくさん採れます。どうせ採るなら、一番多く採ったほうが面白いでしょうから」


 こんな顔もできたんだ。

 物珍しさで一瞬ガストに見入ってから、ロンドは大きくうなずき、採った実を袋へ押しこんだ。


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