ざわつく胸の内
「よかったなーマテリア。百年前の友だちが見つかって」
マテリアは顔を上げ、男に向かって満面の笑みを浮かべる。
少なくとも知らない相手には見せないだろう、気心知れた者への笑み。
「ああ、ありがとう! ハミル、こいつはビクター、とりあえず世話になってるんだ」
「そうなのか。初めましてビクター。私はハミルと申します」
腰を下ろしたまま、ハミルは握手しようと手を伸ばした。
ほんの一瞬、ビクターの目は緊張の色を見せたが、すぐに消え去り、ハミルの手を力強くつかんできた。
「よろしくな。しっかし、お前たち二人が知り合いっていうのは好都合だな。これでマテリアの過去を知ることができるってもんだ」
「マテリアの過去? どういうことですか?」
ハミルの問いに、ロンドが答える。
「実は、お二人が亡くなって百年間、マテリア様はダットの街では『永劫の罪人』と呼ばれ続けていました。ですが、マテリア様はそんな罪人には見えませんし、マテリア様自身、甦ってから記憶が欠けていて……ハミル様は何かご存知ありませんか?」
マテリアが『永劫の罪人』?
彼女が人に批難されるような罪を犯すわけがない。彼女と知り合い、自分が死ぬまでの間、そんな姿を見たことはない。
首をかしげて記憶を探っていくと、ハミルはひとつだけ思い当たる節を見つけた。
(なるほど。私が亡くなった後、そういう扱いになったのか。そして、マテリアはそれを覚えていない。だから――)
握手をしていたビクターから手を離し、ハミルはもう一度マテリアを抱きしめ、首を振った。
「……私の知る限り、マテリアが大きな罪を犯したことなどありません。まさか、マテリアがそんな風に言われていたなんて」
「案外、別の奴に間違えられたとか、噂が勝手にでき上がったとか、そんなところかもしれねぇな」
心配させまいとしているのだろう、ビクターは苦笑を浮かべながら、ロンドへ片目をつむってみせる。
まだ戸惑いの色はあるが、ロンドはビクターに笑い返した。
「そうかもしれませんね……あ、僕はこれからヴィバレイ様に報告をしてきますので、失礼しますね」
そう言ってロンドは一礼すると、小走りに教会の中へと戻って行った。三人の視線はロンドを見送る。
姿が見えなくなった後、ビクターがハミルの隣に腰を下ろし、そのまま芝生の上へ寝転んだ。
「積もる話もあるだろうから、俺はここで寝させてもらうぞ。百年ぶりの逢瀬を邪魔したくないしな。あ、でも終わったら起こしてくれよ」
「……ありがとう、ビクター」
今までハミルを見続けていたマテリアが、このときだけビクターをしっかり見すえる。
自分の知らないところで、自分の知らない人間と心を通わせている。
ハミルの胸奥が焼けつく。
正直、隣で眠り始めたこの男を好きにはなれない。
「ハミル、本当に会えて嬉しいよ」
抱きしめた腕の中から、マテリアが目を合わせてくる。
瞳の輝きが間近に見え、喜んでいるのがよく伝わってきた。
「私も嬉しいよ、マテリア」
隣の男を気にしていたら、百年の間を埋められない。
ハミルはビクターを頭の中から追い出し、マテリアを見つめ返した。
「ハミル殿、今なんと?」
辺りが暗くなり、ひときわ明るい星が街の頭上でまたたく頃。
マテリアたちが宿に帰ってすぐ、ハミルが教皇ヴィバレイへ進言した。
二人の少し後ろでロンドは成り行きを見守る。
今日は人が多く集まって疲れたせいか、ヴィバレイの機嫌が悪そうだ。目つきが鋭くなっている。
自分だったら怖くて何も言い出せなくなるのに、ハミルは平然と応じている。
見ているロンドのほうが緊張していた。
「ええ、明後日にロンドを連れて、山に薬草を採りに行きたいと思います」
「なぜそのようなことを……」
「百年前、教会では薬草を扱い、人々の病やケガを治療していました。しかし、聞けば今は法力ばかりに頼り、扱っている薬草は少ないとのこと。法術に頼るばかりでは、誰のためにもなりません」
精霊へ祈りを捧げるように胸元で手を組み、ハミルは軽く目を閉じる。
「教会の発展を望むなら、むやみに奇跡を見せるのは得策ではありません。まずは次期教皇であるロンドに薬草の知識を教え、ほかの者の手本となっていただきます」
ハミルの言い分に、ヴィバレイは「ううむ」とつぶやいた。
「話はわかったが、せっかくの機会。ほかの僧侶も連れていくべきだろう」
「いえ……元教皇として、ロンドに教えたいこともあります。今回は遠慮してもらえませんか?」
見た目によらずハミルの押しは強い。
ヴィバレイは口髭に手を置き、くぐもったうなり声を出す。
熟考する教皇へ、ハミルはさらに言葉を添える。
「私たちの安全を保障する、腕のよい護衛がおりますので……先日ロンドが村へ行ったときの護衛が、まれに見る強者だったそうですから」
「う……む、報告は受けておる。ハミル殿がそこまで言うなら、明後日の外出を許可しよう」
「ありがとうございます」
柔和に微笑むと、ハミルがロンドに目配せしてきた。
ハミルが明後日、マテリアとゆっくり会うために薬草採りを提案しよう、と言い出したときには驚いたが……うまくいってよかった。ロンドは安堵で胸をなで下ろす。
すでにハミルの口からマテリアたちに会う約束は交わした。
ガストにもロンドから口裏を合わせるように頼んである。
ふとロンドは頬をゆるませた。
(あさって、楽しみだな)
今まで次期教皇として、気負うことが当たり前だった。
それだけに、マテリアたちと一緒にいると自分の立場を気にせず、気楽にいられる。そんな時間を作れることが嬉しい。
ロンドは奥の間から出るまで、喜びで笑わぬように、顔へ力を入れる。
だが廊下に足を乗せたとき、ロンドは人知れず笑みをこぼした。




