思いがけない再会
◆ ◆ ◆
街をひと通り回って教会へ戻ってくると、教会の前ではおびただしい数の民衆が集まっていた。
何とかして馬車に近づこうとするが、僧侶たちが懸命に人々を抑え、馬車の道を作ってくれた。
馬車が無事に教会の敷地へ入ると、ハミルは内にこもった熱気を吐き出し、馬車から降りようとする。
が、隣で動かないロンドに気づき、ハミルは小さく彼の体を揺さぶった。
「ロンド、着きましたよ」
「え……は、はい、すみません」
我に返ったロンドだが、膝が震えて立てないようだ。
ハミルは彼の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせる。
「ハミル様、やっと終わったんですね。僕、恥ずかしくて……」
未だロンドの頬は紅潮したままで、心なしか大きな瞳も潤んでいる。
気の毒だとは思うが、今はこれ以上気づかう余裕はない。
いつもの笑みを作れず、ハミル自身でも顔の強張りがわかった。
「あの、どうなされたのですか? そんなに思いつめた顔をされて」
「……いえ、ちょっと人々の熱気にあてられて。少し気持ちを落ち着けたいので、先にヴィバレイ様のところへ行ってもらえますか? 私は中庭にいますから、もし用があれば呼びに来てください」
できるだけ心配させないように出した声は、普段より低くて重い声。
これが本当に自分の声なのかと、ハミルは内心驚く。
「わかりました。ヴィバレイ様への報告は僕がさせていただきますから、ハミル様はゆっくり休んでください」
心配そうな目をしながらも、ロンドは人懐っこい笑顔でうなずいてくれた。
ロンドと別れて、すぐにハミルは中庭の大樹のところへ向かう。
百年前も生えていた大樹。昔よりも大きくなったが、濃い緑を茂らせ、静かにたたずむ姿は変わらない。
あの頃も足元に芝生の絨毯を広げ、ハミルを迎えてくれていた。
ふと大樹を見上げると、枝の上に幻を見る。
顔の左側に獣傷をつけた、利かん気の強い少女の幻。
(ここは百年前じゃない)
ハミルは頭を振って、もう一度枝を見る。
一瞬、幻はニコリと笑って姿を消した。
(これは私の願望。そして……あれも私の願望が生み出した幻)
パレードの最中、聞き覚えのある声に呼ばれた。
ハミルが振り返ると、建物の二階で驚いた顔をした少女の幻を見た。
(獣傷を左顔に作っている女性なんて、彼女しかいない……それだけじゃない。真っすぐでひたむきな瞳も、しなやかな体も――)
忘れたくても忘れられない、百年前をともに生きた少女。考えるだけで胸の内が熱くなる。
けれど、会えるはずもない少女。
辺りの雑草にすがりつきたくなるような嘆きが、ハミルの思考をかき乱す。
(いっそ忘れさせてほしい。ずっと彼女を覚えたまま、生き続けるなんて!)
ハミルは力なくうな垂れ、ジッと地面を見つめた。
どこからか声が聞こえてくる。
「……ハミル」
ハミルの耳に響く、懐かしい声。
未練がましい幻聴かと、一人苦笑する。
「ハミル!」
気のせいと思った声が大きくなる。
ハミルの耳を確かに揺する、少女の声。
いるはずがない者の声なのに……。
ついに自分は狂ってしまったのかと、本気で思った。
トスッ。
何かが教会を囲む塀から落ちてくる。
ハミルが顔を上げて、音のしたほうを見やると、見慣れた少女がこちらへ走ってきた。
少女は跳び上がり、ハミルの元へ飛びこむ。
きっと直前で消える幻だろう。
そう割り切りながらも、ハミルは少女を受け止めようと両手を広げる。
手が届く直前になっても、彼女は消えなかった。
抱きとめた重みは予想できなかった。
虚を突かれて、ハミルは少女に胴を抱えられながら後ろへ倒れこむ。
幻、じゃない?
事態が呑みこめず、ハミルの意識は白ばんだ。
「ハミル! ハミルがここにいるなんて!」
しっかりとハミルにしがみつく力。
のしかかった体の重み。
次第に伝わってくる体温。
それでも信じられず、ハミルは少女の背中に手を回す。
彼女に触れる。消えない手応えが、ようやく疑っていたハミルの心を解いた。
「……マテリア!」
あらん限りの力で、ハミルはマテリアを抱きしめる。
「ハミルがここにいるなんて、夢みたいだ」
「それは私の台詞だよ。マテリアがこの百年後の世界に甦っているなんて、思ってもみなかった」
今まで鬱々として虚しかった心が、一気にマテリアの温もりで満たされていく。
もっと彼女を確かめたい。ハミルはマテリアの頭をなで、長い指に髪を絡める。
「おいおい。聖職者のクセに、女の子に抱きついちゃっていいのか?」
横から軽い口調の声が聞こえ、ハミルは顔を上げる。
少し離れたところに、ロンドと見慣れぬ赤毛の男がこちらを見つめていた。
「塀の上にマテリア様の姿が見えたから、こちらに来たんですけど……えっと、これはどういうことでしょうか?」
「いやーオレもよくわからないんだが、二人は昔の友だちらしい。意外な組み合わせだよな、剣が強いガサツな農民娘と、美貌の教皇様だなんてさ」
マテリアを抱く手を離さず、再会の喜びに浸りながらも、ハミルの目は見慣れぬ男に向かう。
(あれは誰だ? 確かパレードのとき、マテリアの隣で……彼女の腰に手を回していたような)
歓喜の裏で、ハミルの心がざわつく。
未だ離れないマテリアの背後に、赤毛の男が近づいてきた。




