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   想定外の力

「殺されたくなかったら、おとなしくしろ!」


 中背だが肩幅は広く、筋肉隆々としたボス猿顔の男が脅しをきかす。

 刃をのけ反らせた大剣の切っ先が、ロンドたちのほうを指した。


「話をすれば、か。面倒くせぇ」


「そのための護衛だろ? やる気出せよビクター」


 口調こそいつも通りだが、マテリアとビクターは誰よりも早く剣を抜く。そして最前線に立った。

 彼らの表情に力みはないが、背中から漂う空気は緊迫している。


「ロンド様、私の後ろに隠れてください」


「は、はい、すみません」


 急いでロンドが後ろへ回り、ガストの背後から顔を半分のぞかせ、様子をうかがう。

 秘薬を盗んだ賊を追ったときとは違い、明るい日差しが、山賊の武器をしっかり見せつけていた。


 ボス猿顔の男と目が合い、にやりと笑われる。


「情報はガセじゃなかったな、確かに次期教皇のロンド様だ。このままさらって身代金でも……ん?」


 ふと男がマテリアに目を向け、まじまじと見つめる。

 次いでほかの山賊たちも彼女を見た。


「何だ? 私に何か言いたいことでも?」


「女のくせにその顔の傷。見たところ、わけありそうだが……アンタ、俺らと同業者か? アンタには悪いが、獲物は俺らがもらうぜ」


「お前らと一緒にするな!」


 かみつかんばかりに怒鳴ると、マテリアは一瞬体を沈め、地を蹴った。


 ロンドがまばたきひとつする間に、マテリアは山賊の中へ飛びこんでいた。

 彼女はすかさず目前の山賊を斬りつける。


「ヒィッ!」


 切っ先は山賊の腹をかする。

 ひるんだ山賊の首へ、マテリアは軽く跳び上がり、軽やかに回し蹴りを決めた。


「よくもやりやがったな!」


 近くにいたほかの山賊が、次々とマテリアへ得物を振り下ろす。


 だが、その先に彼女の姿はない。

 いつの間にかマテリアは別の山賊の懐に入り、深々と腹に肘を食いこませていた。


 一人を倒して、マテリアが山賊たちの背後へ躍り出る。


「ビクター、挟みうちだ!」


「わかってる。任せとけって」


 不敵にビクターは笑い、マテリアと息を合わせて山賊へ斬りかかる。

 彼も戦い慣れしているのか、悠々と襲いくる武器を剣でいなし、ひと振りで相手を吹き飛ばす。


(すごい……ビクター様も強いんだ)


 マテリアとは違って、ビクターの動きは目で追えるが、一撃は力強い。山賊二人と同時に剣を交えても押し勝っている。


 彼らの動きにロンドだけでなく、応戦している護衛の人間も、ぎょっとしながら横目で見ていた。


「何なんだ、アイツらの強さは」


 ガストは大きく喉を鳴らしながら、向かってくる山賊を剣でなぎ払う。


「ガスト様も十分強いですよ」


「いいえ。あそこまで剣を自由に振るえません」


 心なしか悔しそうにガストはつぶやいた。

 確かに二人が自由に剣を振るう姿は、聖職者の自分でさえ魅せられる。

 ロンドの胸が高鳴るのは、不安と恐ろしさだけではなかった。


 目の前で繰り広げられる様は、殺伐とした乱闘ではなく、流麗な剣舞のように見える。

 しっかり目に焼きつけようと、ロンドがマテリアの動きを追っていると――。


 ――マテリアの顔が蒼白になっていた。


 次第に彼女の動きは鈍くなっていたが、それでも山賊に押し負けてはいない。


(そういえば、マテリア様は頭痛が治まったばかりだった。大変だ!)


 何か自分にできることは……心ばかり焦るロンドの前で、マテリアが完全に動きを止める。


 そして剣と膝を地に落とし、マテリアは己の胸元をつかむ。


「マテリア様!」


 自分ができることは法術だけ。

 光の守りを出そうと、ロンドは口早に言霊を発そうとした。


 刹那、マテリアがうなだれる。

 隙ありと、無慈悲に山賊のナタが向けられた。



 が、マテリアはナタを片手でつかむ。


 それから木の枝を折るよりも簡単に、ナタを折り曲げた。



 全員が動きを止め、マテリアに注目する。


「ば、化け物だ……」


 山賊の一人が震えた声でつぶやき、一歩後ずさる。


 周りで見ていた僧侶や護衛の者たちもたじろぐ。


「うわああぁぁぁっ!」


 マテリアは叫びながら立ち上がり、山賊を押しのける。

 大きな身なりの男だが、押された山賊の足は地を離れ、弧を描いて飛ばされた。


「に、逃げるぞ!」


「ああ。割に合わねぇ」


 マテリアの異常な力に戦意を奪われ、山賊たちは見苦しくあわてふためき、山道の脇へと消えていった。


 未だ山賊を払おうと腕をふり回すマテリアへビクターが駆け寄り、彼女の両肩をつかむ。


「マテリア、落ちつけ! どこか斬られたのか?」


「違う……違う、違う! こんな自分知らない、こんな――」


「マテリア!」


 動揺の収まらないマテリアを、ビクターが動きを押さえつけるように抱きしめる。


「落ちつけ、落ちつけ。まずは息を深く吸って、ゆっくり吐いていくんだ」


 ビクターは赤子をあやすように優しく彼女の背をなでる。

 ロンドとガストが駆けつけると、マテリアの背はしばらく上下し、次第に落ちつきを取り戻していた。


 身を屈めて、ロンドはマテリアと顔を合わせる。

 あれだけ激しい動きをしたのに、彼女の顔色は白い。


「大丈夫ですか、マテリア様。一体何が?」


 こちらの問いかけに、マテリアは力なく答えた。


「剣を振るっていたら、胸がだんだん気持ち悪くなって……昔は剣を振るのが好きだったのに、今はすごく辛いんだ。何かが昔と違うんだ。こんなこと、今までなかったのに……」


 マテリアの弱々しい声に、ロンドは息を引く。


「まさか、秘薬の副作用が……」


「……副作用?」


「実は、死人還りの秘薬で生き返った者は、生前よりも悪しき心が宿るとされています。徳の高い者なら、それを抑えることができるそうですが……何か暴れたいとか、悪いことをしたいとか、そんな気持ちはありますか?」


 ビクターの肩越しに、マテリアは気の抜けた瞳でロンドを見る。しばらくして、彼女は眉根を寄せた。


「それはない。さっきは胸が気持ち悪くて、まともじゃなかったけれど……今は早く仕事を終わらせて、休みたい気持ちでいっぱいだよ」


 マテリアは垂れていた腕を上げ、手の平をにぎったり開いたりをくり返す。


「あんな馬鹿力も、昔はなかったのに……ところでビクター、いい加減に離してくれないか? 息が苦しい」


「もういいのか? ちょっと残念」


 名残惜しげにマテリアの頭をなでると、ビクターは腕を下ろして体を離す。

 解放されたマテリアは、元気を出すように勢いよく立ち上がり、気恥ずかしそうに頭をかいた。


「心配かけたな。多分、疲れが出て気持ち悪くなったんだと思う。さっ、また変なヤツが出てこないうちに、村へ行こう」


 今まで以上に明るい声だったが、笑うマテリアの顔は、未だに血の気が戻っていなかった。


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