sin
私は見事獲物を網に収めることに成功した。
だが、問題なのはこの男が翼を殺そうとしていることだ。
――突如、光が白の世界をつんざいた。バラが散り、白の世界を色づけてゆく。
たまにトゲがハサミを防ぐが、バラのトゲは弱い。
それに対し、ハサミは理不尽に強い。
またしてもバラが悲鳴を上げて白の世界を赤く染める。
ハサミはだんだんはやった。なんとしてもこの美しく弱いバラを一刻も早く摘み取りたい、と。
だが、そんなハサミにバラは必死になってよけた。
そんな危うくなったバラをもう一度ハサミは傷つけた。
花からはみずみずしい水分がしずくとなって落ちた。
バラにとっては第二の命ともいえるだろう。
――裕也さんが入ってきた。だが人間と植物の闘いといえるべき光景に絶句していた。
だが、絶句していたのも一瞬ですぐに怒りで震え始めた。
私はその裕也さんに
「あそこは翼に任せるべきです。翼もまた下手に参戦して欲しくないでしょう。なぜなら、幸華に殺された憎しみを晴らしたいと思っているからです。」
「なるほど。確かに翼ならそう思っているだろう。」
裕也さんはそう納得したように頷き、翼を見守っていた。
――人間と植物の闘いはまだ続いていた。
ハサミは一方的に攻撃し、バラはそれを巧みによけていた。
―――決着は一瞬だった。
バラの茎はハサミによって切断されていた。
――裕也さんの怒りは最高潮に達していた。
だが、最低限の理性は働いているのか白野さんを呼びつけ翼を運んだ。
当然医局長という人間がそれを見逃すわけがなく、白野さんに包丁をむけ、走り出した。
だがそれは白野さんには刺さらなかった。
なぜなら広美が白野さんを庇ったからだ。
ただ、広美の胸には深々と包丁が刺さっていた。
「広美!!」
白野さんは叫んだ。その叫び声は白の世界に再び色をつけた。
「お母さん。早く行って!!」
広美もまた叫んだ。
医局長という人間は再び白野さんを追いかけた。だがそれは
「翼に手を挙げたのはどういうことなのか説明して。」
「つくづく許せん外道だ。彼女の友人はおろか、ついに彼女にまで手を出したか。無傷で帰れると思うな。この豚野郎。」
沙耶と数美の二人によって阻まれていた。数美なんかは特にご立腹した様子で早速、柘酒匂金を引き抜いていた。
私は天罰だと思うと同時に、何があっても数美だけは怒らせるまいと誓った。
○●◎◇◆□■△▲△■□◆◇◎●○▽▼●
医局長の断罪が終わってから一週間が経過し、医局長が回復した。
ちょうど同じ頃、翼が回復した。
私はまだ肺炎で苦しんでいた。
だが、医局長への尋問が優先だと思った。なぜなら、翼は私の一番の親友だからだ。
「医局長、あなたはなぜ私達を不当に傷つけたのですか?」
「俺は、二階堂や二川の親友だ。だが、ある日二階堂と二川が殺されたと連絡が入った。
しかも殺しやがったヤツはただの小娘だった。そう、お前だ。
俺はまず親友を失う苦しみを分からせてやろうと藤井の病室に入り、毒を…ヒヨスチンを抗がん剤に混ぜた。
案の定、藤井は容態が急変し、手術室に運ばれてきたよ。ざまあみやがれ、と思った。
もちろん藤井は死んだ。当然だな。普通のガンのオペしか行ってないんだからな。」
そう言うと、突然狂ったような笑い声を上げた。
その瞬間、私の中で、何かがトんだ。
「ふざけんな!!」
自然と手が動いた。私は机を叩いて立ち上がり、医局長を殴った。
「ふざけんなよこのナマ娘が!!」
医局長も負けじと私を殴った。
そのうち力の弱い私が打ち負け、医局長が一方的に私に暴行を加えているという状態になった。
そして、暗い会議室――黒の世界では台風のように暴れ狂っている医局長と、普通の人間である私が争うことになった。
何時間ほど経っただろうか。マーガレットが芽を出し、強烈な吐き気と共に花を咲かせた。
しばらくすると、バラが咲き誇るようになった。
私は台風に抗えず目を閉じた――――――
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私は、物音が聞こえたら会議室にくるように言われた。
そのため、何時間も会議室の前で待っている。
そして、闘いのスタートが鳴り響いた。
ドアを一気に開け放ち、外にでた。
「横沢翼ァァァ!!貴様をコロス」
医局長が狂っているように叫びだした。
sin.私はその一つの単語を思い出した。
案の定、痛めつけられる。
しばらくすると、嘔吐物がでるようになった。そして、血がでるようになった。
だが、それに構わず無抵抗に殴られ続けた。
あることを言うために。
そして、まぶたが重くなってきた。
そろそろ頃合いだと思い、こう切り出した。
「あなた、私を殺したら罪を重ねることになるのよ。
罪は英語でsin.と言う。あなたが人を殺したら、あなたの人格の中は文字通り、罪が芯になるの。つまり、一生犯罪者というレッテルをはられ、そのうち、こいつといえば罪、という結ばれ方をされるのよ。
止めるなら今のうちよ。人格の中の芯が罪にならないうちに止めて。これが私の最後の情け。
もちろん、あなたのためなんかじゃない。平津総合病院が、平津総合病院で働いてる人がかわいそうだと思ったからよ。」
そう言うと、医局長は『そんなはずじゃなかった。』とつぶやき、泣き崩れた。
つまり、根っからの悪人ではなかったということだ。
親友を思っての殺人だったのだろう。それは素晴らしいことだと思った。
だが、相手を間違えるとこのような大惨事になるのだ。
犯罪者と普通の人間とは案外隣合わせなのかもしれないと思ったのだった。




