五年前
幸華の件は僅か二日間で法的には解決したも同然だ。
だが、内面的な解決と、春菜さんが殺人を犯した意味を知るという課題がある。
それを私が退院するあと二週間余りで解決せねばならない。
ということで、私達は九人総出で春菜さんの病室を探した。
看護婦さん曰わく、一度だけ辛そうに起き上がって何かを書いていたそうだ。
そう。私達はその何かを探しているのだ。
「見つけたぞ!!」
裕也さんがそう声を挙げたのは二時間後のことだった。
それは二、三枚にわたって綴られていた。
だが、誰も読もうとはしなかった。この重々しい出来事が、こんな紙に凝縮されている。
その事による重々しさが作った空気の中、泣き声が聞こえた。
それは、数美のものだった。
「私は…怖いのだ。」
「大丈夫。どんな事実があっても数美を守り切って見せるわ。」
翼がそう慰めた。すると数美は翼の胸の中で子供のように泣き出した。
翼はこちらを見た。その顔には不安が滲んでいた。
やはり翼も不安なのだろう。その上、幸華の死からも立ち直っていない。そんな状態の彼女に友達の暗い過去を知るというのは余りにも酷なことだろう。
それでも彼女は数美にあんなことを言ってしまったため、読まないといけない。
それが押し付けにすぎないことは十二分に理解している。
――私もまた怯えている。もし、真実を知ったとして、冷静でいられるだろうか。
まだ、その真実が残酷な物だと決まったわけではない。
だが、私は残酷な真実である可能性があるという現実から逃げてしまっているのだろう。
私は弱い、翼も数美も、ここにいる全員、いや誰もみな弱い。
ポジティブに考える人もいるかも知れない。
だがそれは、ネガティブなことから目を背け、強がって避けているにすぎない。
いや、そもそも前提が間違っていた。数美に取って大切な人が死んでいる時点でもはやポジティブな真実などありえない。
恐らくみなそれを知っているのだろう。
知っていながらそれから逃げている。
だから、たかが手紙すら開けない。ただ、その手紙が真実を暴くものなのだ。
「開けよう。」
時を経てそう切り出したのは翼だった。
「……何でそんなこと簡単に言うのよ。私の立場も考えてないくせに。」
そうつぶやいたのは姉さんだった。
翼が数美に言ったことを踏まえなければ、姉さんの味方だ。
だが、あのセリフがある以上、翼の味方だ。
なぜなら、
「ならあなたは翼の立場をわかっておられますか?」
こういうことだ。少々キレ気味になったが、言いたいことは伝わるはずだ。
「何?あんたは傷心している実の姉じゃなくてそっちの肩を持つ訳?」
「ええ。翼は友達ですから。彼女は友達を慰めるために
『どんな事実でも支えよう。』
とまで言ったのです。そう言った手前、自分から進んで手紙を読まねばならないのです。
ですがそれは口で言うほど簡単ではございません。姉さんと同じくらい気を揉んだことでしょう。」
「それが何よ。ただ余計な事を口走ったために自分の首を絞めることになっただけじゃない。」
「…ふざけないでください。なぜあなたに私の友達を貶められなければならないんですか?」
「………。」
「立場が悪くなれば無言を貫くのですか。何とまあ卑怯な女なのでしょう。」
「香奈。やめて。」
姉さんに言論の刃を向ける私を止めたのは、翼だった。




