理由のわからない罪を犯した者の死
「春菜さんが死にそうなの!!」
香奈は言った。
だが、簡単には理解出来ない。確かに最近姿を見ていなかった。
でも、何で?前に会った時は元気だったはずだ。
そうしているうちに、夏美さんが涙目で帰ってきた。
「春菜が…死んだ。」
その言葉には随分な重みがあった。だけど、にわかには信じられなかった。
やはり、私は甘い考えをもっているのだ。
それを捨てられないということは重大なデメリットだ。それはわかっている。だが、やはり信じられないものは信じられないのだ。
「私が、殺してしまった。」
か細い声が聞こえた。目の前には夏美さんと……数美がいた。
だとすれば、あれを言ったのは数美?
信じられなかった。というか信じたくなかった。
友達が、人を殺してしまったのだ。やはり甘い考えを捨てきれない。
私だって人を殺めてしまったではないか。幸華や裕也、香奈に迷惑をかけてしまったではないか。
自分に憤りを感じた。
それと同時に私がこんな感情を抱いてしまったのも数美のせいだという、大変おこがましい感情を抱いてしまった。
「ふざけるな。」
どこからか低い声が聞こえた。
私の目の前では、数美と夏美さんが…いや違う、夏美さんが数美に対して一方的に絶対零度の視線を送っていた。その表情は怒りに満ちていた。
「姉さん、やめて!!」
香奈の悲痛な叫び声が音のない白い世界にこだまする。
だが、夏美さんの耳には届いていなかった。
いや、届いていたとしてもどうして怒りにまみれた彼女の心に届くことがあろうか?
突如、白の世界に数美が吸い込まれた。夏美さんに殴られたのだ。
数美の目から涙が一粒、二粒と落ちてきた。
やがてそれは慟哭となった。
「泣いてんじゃねぇよ、泣きてぇのはこっちだよ。友達を殺されて泣きたくない奴なんざいねぇよ。怒らねぇ奴なんざいねぇよ。」
このままだとまた数美を殴りかねない。何とかして夏美さんを止めたい。
だけど殴られるのが怖くて動けなかった。これではまるで腰抜けじゃないか。
いや、そうなのだ。私は腰抜けそのものだ。
夏美さんはまた数美を殴った。白い世界に赤が映えた。
その瞬間、私の中で何かが切れた。
なおも追撃を加えようとする夏美さんの頬を張った。
「あなたは話を聞く前に傷つけるんですか?理由もなく人を殺すような人はいないと思います。何があったのか聞くべきなのではないのでしょうか。」
なるべく冷静になって言った。
自分では特に乱れたところはないと思う。
「そうするわ。あなたに何があったの?」
意外に快く認めてくれた。だが、まだ心を完全には開いていないような表情を浮かべてくれた。
数美は重い口を開いた。
「母を…あいつに殺された。」
「何ですって?」
「私は、あの時トイレに行こうとしていた。その時に母の痛々しい悲鳴が聞こえてきたんだ。私は母から譲り受けた日本刀であいつを斬りつけた。」
その日本刀が柘酒匂金なのであろう。あれを最初見たとき厨二病なのではないかと思っていた。ひょっとするとあれは彼女の母の形見なのではないか。と今ならわかる。
「私はあいつがとても憎かった。母は腹と胸を刺されて横たわっていた。私が近づくと母は私の手を握ってくれた。そしてそのまま息絶えた。」
私は、不意に胸を撃ち抜かれたような感覚を味わった。
私には悲しみが半分だけわかる。
私の親は交通事故で死んだ。だけど数美の母は殺された。
だから半分だけである。
「前言撤回するわ。悪いのは春菜だから。ごめんなさい。」
夏美さんは頭を下げ続けた。
地面には雫が落ちていた。
静寂な時は流れ続けた――――――――――




