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暗い過去

はぁ、と私―――二川由似はため息をついた。私が広美と友達になれたのは広美と同じように虐待に苦しめられていたからだ。


あれは幼稚園に入る前の夏のことだった。二川洋一―――私の父が帰ってきた。私は玄関に走って行った。


いつものように頭を撫でてもらえるはずだった。なのに、


「鬱陶しいんだよ、向こう行けやクソガキ!!」


私は泣き叫んだ。今まで優しかった父などどこにもいないとまでに怒鳴られたからだ。


それから毎日父は私に暴力をふるうようになった。


最初の頃は一、二発殴られるだけだったが、だんだん激しくなり、床に打ちつけられるようになった。


ある日、私は悲鳴を上げた。いつもと違うからだ。


そう、この日はよほど機嫌が悪かったと見えて、執拗に床に叩きつけてきた。


何十回くらい繰り返した頃だっただろう。不意に背中から熱が消えていくようであった。

そのうち、心地よくなってきた。意識を手放し始めたのだ。全てから解放されることへの快感というべきだろうか。


私は病院に運ばれた。わざわざ今渡医院という自宅から70キロほど離れた病院に運んでもらったらしい。ちなみに最寄りは沙吉田病院らしい。


ただ、ろくな所じゃないらしい。いわゆるブラック医院というやつで、気に入らない部下がいれば即座に強制辞任されるらしい。


運ばれてから一週間。退院が近づいていた。私は死にゆく感覚をもう一度試してみたくなり、母が私にリンゴを剥くために持ってきてくれたナイフを自分の腹に刺した。


刺さる感覚もまた、非常に愉しかったためもう一度刺した。すると今度はあの時より早くあの感覚が訪れた。


だが、過ぎるのもまた早かった。今度は何も感じなくなった。


私は先の見えない闇の中にいるような心持ちになり非常に怖かった。


目が覚めるとそこには見慣れた病室の天井があった。


母が私を抱きしめた。そしてごめんなさい。と私の耳元で囁いた。


私は妙に腹立たしく思った。本当に悪いのは父なのに。


母こそいい面の皮である。


入院中もまた、父に虐待される日々は続いていた。


退院したら、また激しくなった。食べ物を吐き出してしまうほどに。


小四に上がると自殺を図るようになった。なぜ自殺を図ったか?虐待でできた痣が見つかってしまい、いじめを受けたからだ。


そして、家に帰ったらまた虐待である。私はその時から抵抗を始めた。


だが、理不尽な理屈でもって返されるのだ。


学校ではいじめを受ける、家では虐待を受ける。


そんな日常に嫌気がさし、とうとういじめを受けていることを教師に伝えた。


だが、学校での立場は一向に変わらなかった。


小五の夏だった。いつものようにいじめられてた私をクラスメートが助けてくれた。


そのクラスメートの名前は慈身河内 数美 だった。


動けなくなった私に手を差し伸べてくれた。


彼女曰わく、


「人を傷つける下衆は切り捨てる。」


だそうだ。冗談だと思ったが、背中の刀を見ると先のほうに少し血が付いていた。


母が二人だけで引っ越そう、と言った。


私は、嫌だ。と言った。理由は友達と離れたくなかったからだ。


母は渋々家だけこっそり遠いところに引っ越すことを了承した。


―――中学校も数美と一緒だった。そのため、いじめなどなかった。


そこで沙耶と友達になった。


そして、今に至る。


暗い過去はすっかり遠いものになり、時の彼方に吸い込まれていった―――。


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