二十六日目
私は、手術室の前のベンチに腰掛けながら、必死に願った。
どうか無事に手術が終わって、幸華に謝ることができるようにと。私は、手術室の前のベンチに腰掛けながら、必死に願った。
どうか無事に手術が終わって、幸華に謝ることができるようにと。
しかし、思ったより苦戦しているようだった。
私の体に、悪寒が走る。手術器具が、次々運ばれてくる。しかし、その後には、血だらけの手術器具が運ばれる。
本当に、幸華は無事なんだろうか。
思ったより苦戦しているようだった。
睡魔が私を襲う。しかし、眠れない。感情と生理運動のジレンマとはこのようなことを指すのだろうと思った。
そのとき、何度も聞いたような電子音が鳴る。心停止したことを知らせる音だ。1回だけなら何回かある。でも、幸華はここまで生きてきた。だから、今回も大丈夫だろうと思った。
ところが、それが何回も響き渡る。私はだんだん心配になってきた。執刀医が廊下を往復する頻度も増えてきている。本当に大丈夫なのかと思っていた。
しかし、今度は逆に、電子音の回数も減ってきた。執刀医もこの1時間、手術室から出ていない。この手術は成功するだろうと思い、私は眠りに落ちた。
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私は、幸華ちゃんの手術を行っている。死なせてはならない。そんな使命感がある。
一時間ほど経っただろうか。医局長が唐突にこう切り出した。
「やめないか。」
と。
仲間になった女―――もとい白野さんが
「何で救えるはずの命を見捨てるんですか!あなたはそれでも医者ですか!!」
と怒鳴る。
「いや、救えるはずの命でもなかろう。元々余命半年の宣告で、今日がその日の翌日だ。これでもかなり大健闘だ。」
と医局長が諦めた様子で反論した。
「なぜ決めつけるんですか!!そんなの、やってみなければ分かんないじゃないですか!!!」
口論に発展した。
「いや、わかる、なぜならば、スキルス胃がんが、すでに、肺、食道、子宮頸に転移している、血圧もほとんどゼロだ。もちろんできるだけの手を尽くす。」
医局長の言葉と同時に黙々と救命が行われた。
だがしかし、その直後、
「ピーーーーーー」
という甲高い電子音が聞こえた。
泣きたくなった。白野さんが抱き寄せてくれる。
こうして藤井幸華という少女の人生は幕を下ろした………。
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どれだけ時間が経っただろう。またあの電子音が鳴り響く私は、思わず耳を疑った。しかも、今度はほかの医者が、血走った目で疾走していく。
しかし、私が驚いたのは、それだけではなかった。
手術室の中の空気は喧噪としていた。それが、閉め切られた扉の外からもわかるほどに。
しかも会話が押し問答である。
『何で救えるはずの命を見捨てるんですか!あなたはそれでも医者ですか!!』
『いや、救えるはずの命でもなかろう。元々余命半年の宣告で、今日がその日の翌日だ。これでもかなり大健闘だ。』
『なぜ決めつけるんですか!!そんなの、やってみなければ分かんないじゃないですか!!!』
『いや、わかる、なぜならば、スキルス胃がんが、すでに、肺がん、食道がん、子宮頸がんになっている、血圧もほとんどゼロだ。もちろんできるだけの手を尽くす。』
そこで会話は途切れた。なぜならば、今まで聞いたこともないピーーーという電子音が流れたからだ。手術室の扉が開かれた。医者たちが頭を下げている。
一瞬何が起きたのか、全くわからなかった。ゆっくり、頭を回すと、そこには、
「幸華が死んでしまった。」
という悲しい事実があった。私の目からは、すごい量の涙があふれ出た。
だけれども、不思議と声は出なかった。
そこから、霊柩車が来るまでの私の記憶は、何もなかった。霊柩車がいき、私は、歩いて、葬儀場に向かった。そこについてから、初めて、幸華の死に顔を見せてもらった。
元々、顔は日焼けしていて、黒かったのだが、それとはまた違っていて、青ざめていた。
ほおもやせこけ、元のぬくもりを失っていた。もうそこに、私の知っている幸華はいなかった。幸華のチャームポイントでもあるポニーテールも、ゴムで止めたところから広がって、魂を吸い取られた体は元の姿を失っていた。瞳があいたままのところを見ると、いかに大変だったかわかる。いったい誰が一番幸華にひどいことをしたのだろうか。
私だ、私しかいない。幸華を傷つけてるばかりで私は何もできなかった。
頭が重い、めまいがする。私はそのまましゃがみ込んでしまった。
「どうしたの、翼ちゃん。」
私の意識は、そこでシャットダウンされた。
どれだけ気を失っていただろう。私はいつの間にか席に座っている。お坊さんがお経を上げている。
私は、思考を巡らせる。
そうだ、幸華は死んでしまったのだ。去年励ましてくれた幸華が。でも、私は、冷たいことばかりいって、恩返しになるようなことをしなかった。特に最後に交わした会話。
看護をするのは、当然のことだろう。だから、恩返しになんてなってない。
いっぱい思い出がこみ上げてきた。
その瞬間涙があふれ出した。それは止まらなかった。
お経が終わっても、私はずっとそこにいた。
なぜなら、悲しみのあまり、そこを動けなかったからだ。
私は、幸華の棺に歩み寄り、幸華の顔元の扉を開けて、その顔を抱きしめてあげた。そして、その胸元で思い切り泣いた。
目の前の現実に、耐えきれなくなった。
病室に帰り、私は自分の部屋に閉じこもった。
何もやる気が起きないので、ベッドに横になって寝た。
その横には二通の手紙があった。




