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葬り、鳴く。聞こえるのは死人の祝詞。

作者: 南野彰



「え、あー嘘!もうこんな時間なわけ?」



『時間』と言う概念が総てを縛り付ける事実。

これは、僕たちが生まれる前からずっと続いている事実。


「だから言ったじゃん。早いうちから始めればってさ」


シャーペンをテーブルに投げ捨てて自分の髪の毛をわしゃわしゃとさせる君に僕は正論をぶつける。

君は明らかにむっとしてくしゃくしゃのままの髪で僕を睨み付ける。


「ウルサイ」


解ってるっつーの!

と、女性らしからぬ口調で僕に唾を吐き捨てると終わらないレポートを置き去りに庭へと繋がるリビングの窓をあける。


冬の痛い風が、こたつの暖かさを吹き飛ばす。

僕は肩をちぢこませて早く閉めてくれることを祈った。

決して「早く閉めて」とは言ってはならない。


「葬鳴、寒いねぇ」


ソウメイ、とは庭で飼っている犬の事だ。

僕らがここに住んでからすぐ、君はこの犬を連れてきた。


そこに、居たから可愛かったから、連れてきた。

と、君はまるでスーパーでお肉が安かったから今日は焼き肉ね、と言う風な感じに軽々しく言った。


乱暴な言葉遣い、がさつな性格、身だしなみには無頓着


と言う女性らしからぬものを両手一杯に持った君のその時の顔は酷く僕に君の女性を印象付けた。


「名前はソウメイ。お葬式のソウに、鳴くでソウメイ」


そんな暗くてじめじめした名前、どうかと思ったけど良いね、と肯定た。



「ねぇ、葬鳴が死んでる」


「はぁ?」


お風呂が沸いたよ、そんな風にさらっと君が言う。


「はぁ?じゃないわよ、ホラ見てみれば」


僕の返事にまたイライラした様子で庭を指す。

こたつから体を引きずりだして夜の庭をこっそりと覗く。


確かにそこには、口からだらしなく舌を出してぐったりと芝生の上に横たわっている葬鳴が居た。


「ほらね。」


「ああ、可哀想に」


「可哀想?馬鹿なことを言うね、映は」


「なんで?」


「葬鳴はやっと解放されたのよ。」


葬鳴を連れてきたときのような顔をする。

わくわくしたような、幸せなような顔をしている。


「『時間』から」


何から?

と、聞く前に君は淡白に言う。


そうして窓を閉めて、寒い寒いと言いながらこたつに潜り込んでしまった。

僕も続いてこたつに潜り込む。


「私たちはどんなに自由だと感じても、『時間』からは逃れられないの」


「もっと解りやすく」


わくわくしてる時はこうやって話を聞いてやる。

そうすると君は女性らしく流暢にしなやかに、言葉を、奏でるのだ。



「そもそも、誰が何の為に『時間』なんて概念を生んだのかが私には理解が出来ない。だって、それが受け入れられたせいで私はこうしてレポートに追われなきゃならないのよ。好きであなたといて、好きでこたつに入って。でも、『時間』だけは好きにはならないでしょう?あの番組が見たいから7時にしよう、なんて無理じゃない。ね?」


「でも、『時間』が無かったら電車も、テレビも、うまく行かない。それに、君と過ごすこの今も曖昧なものになってしまうよ」


すると、君は突然立ち上がり壁に掛けてある時計をむしり取り電池を抜いた。

長針と短針が止まる。


「私は、この針の言う通りに生きるのは御免だわ。曖昧なんかにはならない。今、私はあなたと居る。それで良いじゃない。それ以上に何が必要なの?」


「哲学的だね。」


「そうよ。哲学よ、これは。生きる上での自由を脅かす脅威の存在なの。でも、死ぬことによってイキモノはそれから解放されるの。葬鳴は、自由よ。それでね、疑問があるんだけれど、」


ぐい、と体を前のめりにさせて僕の顔に飾りっけのない素朴な君の顔が近づく。

うん、何?と聞くと益々楽しそうに言う。


「私とあなたが、葬鳴と出会って10年という『時間』を過ごしたわ。私もあなたも、見掛けはあまり変わらない。でも、葬鳴の10年は違う。目に見えて老いていった。なんで?」


「さあ」


「さあ、ってあなたねぇ…、これは重要なことよ。同じ『時間』なのに、なんで犬と人間は違うのかしら。不平等極まりないわ。同じ『時間』なのに、なんで犬は人間で言うと何歳、なんて言われ方をして人間より老いる速さが早いのかしら?人間以外の動物は時間が早く流れてるのかしら?」


「動物だけじゃないよ、植物もそうだ。稲苗だって、トマトの苗だってそうだ。成長するのが早い。刈り取られて食べられて死んでしまう」


君は閃いたように爛々と瞳を輝かせてまた続ける。

何の結論も見い出せないであろうこの話をいつまで僕らは続けるのだろうか。


「じゃあ、おかしいのは、不可解なのは犬や植物じゃなくて人間ね。人間だけ、やけにゆっくりだもの。『時間』は」


「…罰」


「なに?」


「…罰、なんだよ」


君の考えが妥当だとすると犬やトマト等のグループと人間との決定的な違いはなんだろう。


「僕らは沢山の事を知ってる。個人差はあるけど少なくとも犬やトマトよりはね。そして、そのせいで沢山のものを破壊して、腐らせた。」


「森林破壊や、イジメとか、温暖化とか…?」


「そうだね。君の言う、死ぬことイコール『時間』からの解放、自由と言うことが本当だとしたら、人間だけがゆっくりの『時間』を過ごす理由はそこしかないんじゃないかな」


「代償に、ゆっくりの『時間』を?縛り付けて、逃げられない。それだけの業の罪を償うゆっくりの『時間』」


「罰のはずの『時間』に、償わなきゃならないのに、人間はその『時間』にまた更に罪を犯すんだろう、これからも」


すっかり僕まで君の世界に入り込んでしまった。

考えることは好きだが、結果が得られない事について考えるのは無駄だと思う。



「それなら、あなたは私より長生きね。あなたの仕事はあなたの言う罪を重ねることだわ」


「そうだね。科学研究所なんかに勤めて、毎日温暖化に拍車をかけて、水を汚しているから」


「私とあなたが出会ったのも何かの償いなのかしらね」


ふふ、と微笑むと彼女はこたつがら出ていってしまう。

寝室のドアノブを回したのが見えた。寝るのだろう。


「少なくとも、君の、君の両親への償いじゃないか?」


「確かに。こんな親不孝な娘でも無事にお嫁に行けましたー。十分過ぎる程罪滅ぼしをしたなぁ」


「でも君が生きてるってことは、まだ償う罪があるってことだね」


「そうね」


「子供を作るとか?」


「冗談でしょ。罪を増やしてるようなものよ、そんな事」



二人ではいる布団は暖かくて、『時間』が止まっているような感覚がする。



「明日はお祝いね」


「そうだね」


「葬鳴が、自由になったお祝い」


「うん」






「ねぇ、あなたは私が解放されたら、お祝いしてくれる?」




ベッドサイドの時計の針は動いている。



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。時間から解放というのはあまり考えないこだったのでこういう考え方もあるんだと思いました。
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