森を抜け強い風を感じる燕
―――最近、暴力団の構成員がピリピリしているよな。
うちの近所ってヤの事務所が多くて、うちはラーメン屋だからよく出前に行くんだよ。
で、この間ラーメンの注文があってラーメンを届けに行ったんよ。そうそう、この間話してた空手や柔道の黒帯や殺し屋みたいな恐面がゴロゴロいる武闘派で有名な○○組の所。
いつも通り事務所の前にカブを停めて事務所に入るとね、何か空気にこう緊張感と言うか緊迫感みたいなのが素人ながら解ってさ。
ちょっと退いたよ、ウン。
んで恐いながらも興味が湧いちまって、そこの顔なじみの下っ端に聞いて見たんだ。
そうしたら襲撃に備えてるって聞いてさ、俺は震えながら注文の品を置いて置いてあった空丼を回収してサッサと帰った訳。
問題はその帰りさ。
事務所の前に停めて置いたカブに跨がった時に気付いたんだよ、事務所の扉の前に立つ、白いレインコートの男が…。
その時は気付かなかったんだが、数日後に丼を取りに行った時に驚いたよ。
事務所が無くなっているんだ。
近所の人に聞いたら俺が出前しに行ったあの後に、襲撃があったらしくて…。
で、ここの掲示板見てたら思い出して………
ああ、その話なら知ってる。
実際、俺はそいつが襲撃した後を見たし、そいつが逃げて行くのも見た。
え?
俺の住んでいる所?
ああ、森林都市って言えば解るだろ?
これで解んない奴は確かに、このスレの初心者だから、とっとと帰るか検索推奨だ!!
森林都市で検索したら、一番上に出るあの場所さ。
話がズレた。
まあその日、その町で一番勢力が強い組の事務所の近くで用事があったんだよ。
で、たまたまその事務所(ビルの二階、今さっきのやつと多分同じ)近くを通った時に、いきなり響くガラスの割れる音で俺驚いたんだ。
最初は理解が出来なかったんだけど、恐る恐るその音の方向を見ると窓から放物線を描きつつ吹き飛ぶヤクザが…この世の光景と思えなかったね実際。
しかも一人じゃないだ、窓から投げ捨てる様に二人三人と、対面のビルにぶつかり落ちて山盛りになるヤクザ。
山盛りヤクザってパティ(全国展開のファミレス)のサラダメニューかよとか、馬鹿みたいな事思っちゃって、その後ヤクザが少し気の毒になっちまったよ。
状況が状況だから俺がポカーンと目の前の光景にフリーズしていた俺の前に、話題の白いレインコートの男が黒いナップサックを担いで出て来たんだよ…。
ありゃ、化け物か妖怪の類だ多分。
(某掲示板 現代のフォークロアより抜粋)
岩長ちゃんを着飾ろう計画が頓挫して二・三週間程、私の目の前に先生が黒いナップザックをドンと置いた。
いやに重い音をさせたその袋に、私は何だろうと首をかしげる。
「何ですかこれ?」
「出せば解る。ところで君、身長はどれくらいだい?」
「はい? えっと153cmぐらいかな?」
「ふむ、あそこの組の連中は小柄な奴が多いかったから丁度いいな」
元々背が低かった私だが、最近急成長していて平均に達した末の身長だ。
と言うか何か不穏当な単語が聞こえた気がするけど、そんなのお構いなしに先生はゴソゴソと一昔前の表現みたいな音を立てながらナップザックからなにやら取り出した。
「えっと先生? これはなんです?」
「防弾防刃に優れた布地で出来たタクティカルベストだ」
「えーっと、こちらの一般人では余りお目にかからない物は?」
「防刃手袋、オープンフィンガーグローブだから刃を掴む時には気をつけるように」
さも当然と言わんがばかりに先生は、黒い手袋とベストを渡してくる。
更に続いて出てくるものにも私は顔を引きつらせた。
「あの…この物々しい編み上げブーツは?」
「安物のタングステン合金で作られた安全靴だ。トラックで足を踏まれても大丈夫」
…何処から聞けばいいのか突っ込めば良いのやらで、私の頭はグルグルと回っていた。
明らかに女の子にプレゼントする可愛い物ではない、でもこれが意味する用途を考え見て私はなんとなく『来るべき時が来たか』と考え先生に聞く事にした。
「あの先生…もしかして…」
「そうだ、前々からの予定だった実戦稽古だ」
やっぱりと私は呟いた。
先週の事だ、朝稽古だけではなく夕稽古(朝と違い座学が主)も始まった時に先生が唐突に言い出したのだ。
『知り合いが近くに居て、その知り合いも弟子を取っているらしい。そこでだ…そちらに合わせようと思う』
『ハイ・・・?』
話によると昔なじみの友人が、境内の方で私と同じ様に鍛えられている人が居るらしい。
どうやらその人は実戦稽古に入っているらしく、私もそれに合わせるとの事。
あっちの方が私より2年以上前から修行しているから、無理なんじゃないかと言ってみたものの、『君の希望を叶えるためには遅いぐらいだ』と言い返されてしまえばぐうの音も出ない。
でもだ、私はその事に少し高揚もしていた。
何故ならばこの戦いが私の試金石であり、始まりでもあるから。
「いけるか?」
「………はい」
私は簡潔に頷いた。