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カモメは遥か水平線を見る  作者: オピオイド
8/22

不変を冠する岩の上の燕

岩上神社には実は奥の院がある。

木々の生い茂る参道から本殿に、その本殿の横を抜けて裏の小道から行ける場所。

一際大きな岩をくり抜いた様な場所で、天井の亀裂から漏れる太陽光がそこに漂う何かに反射してキラキラと輝き神秘性を演出していた。

そこは熱心な参拝客ではないと来る事はない、暗く静かで清廉とした所。

そしてその真ん中には、しめ繩を結んだ巨大な岩がドンと鎮座している。

随分と前に宗教好きなクラスメートに聞いたが、ここは巨石信仰と言う巨大な岩を神と見立てて奉る場所らしい。

それを聞いた時私は『あながち間違ってないなぁ』と思った。


「姫様〜いますか? 姫様〜」

「何じゃ、毎度毎度騒々しいのう」


私が誰も居ない事を確認して、何も無い筈の空間に声をかけると周囲に漂っていた光の粒が集まって形を作る。

黒々とした艶のある髪をした一昔前の童姿の少女の姿を形成し、私の前にフワリと重力を感じさせずに降り立った。


「久しぶりじゃのう、健勝であったか?」

「変わりありませんよ〜岩長姫」


彼女の名前は岩長姫。

古くは古事記に載っている有名な女神。

彼女の妹とその夫はもっと有名であるが、彼女の有名な所は別にある。

………まあ、そんな事は本で読んで貰えれば良い話で。


「なーにをブツブツ言っておる。オヌシの師に打たれまくった頭が今頃効いてきたか?」

「違いますよ〜もう、あんまりそんな事ばかり言うなら今回の奉納品を持って帰りますよ?」

「まっ待つのじゃ、わらわが悪かった。だから、の?」


あまりの物言いに私がエコバッグに詰めて持ってきた物を盾に怒った振りをすると、彼女は慌てて取り繕い手を出した。

私は仕方ないと呟きながら、彼女にエコバッグを渡す。

そうすると彼女は巨石に背を預けながら、袋の中にあった雑誌をいそいそと拡げる。


「ふーむ、最近のファッションはこう言うのか。次の流行は………」

「熱心ですね」

「神代のわらわならば気にもかけなんだが、この時代はとても華やかじゃからのぅ」


彼女が拡げる雑誌、それは最新号のファッション雑誌。

彼女は古い神のわりに、最新モードに興味津々。

それにはこうなった訳がある。


数年前 高見原岩上森林公園



森の中で、修行と名ばかりの模擬戦闘。

私の手には鉄芯の入った重い木刀。

一時間以上も続けた打ち合いで、手は鉛の様に重く肩からちぎれそう。

ブォンと耳元を掠る竹刀が、唸るように風を巻きつつ通り過ぎる。

落ち葉が足場を不安定にする中で、足を開き左半身の送り足で前に走る。

ゴウッと左から来る袈裟の一撃を、歩法を使い身体をずらし避けた。

普通の学校の試合や道場の練習試合ならば、ここで面を撃ち終わりだが…相手の実力と私の実力との差は、天と地ほど差が離れているのはここ四ヶ月のシゴキで良く解っている。

一時間以上の戦いで後一撃を見舞えるかどうか怪しい今の私の状態では、外した瞬間に敗北となる為、敢えて打たない…いや打てない。

ここは避け続けながらチャンスを待つ状況、そして予想通りならくる筈。

相手との距離を間合いギリギリまで詰める為に、ずらした運足の勢いそのままに相手の右側に回り込む。


「ッッッ!!」


予想通りの切り返し貫き胴!!

ギリギリの間合いまで下がっていたのが幸を奏す、相手の背中が見えたのを確認すると私は左足を支点に右足で跳ぶ!!


「ヤアアアアァァァ!!」


反撃を許さない、打ち下ろしの面打ち。


とった!!


そう思った瞬間、信じられないものを見る。

背中越し、右肩から見える拳、親指に装填されていた小さな小石。

マズすぎる!!

能力を使い小石の軌道を予測準備、同時に弾かれる小石が私の額に飛び来る!!

やや遅くなった時間の中(能力者の中でも識者は励起法中は高速思考により時間の流れがやや遅く感じる)首を捻り弾丸の様に迫り来る小石を私は避ける。

その刹那の一瞬は、私にとっては最大の失策で、相手にとっては余裕の予定されていた結末への一手だった。



いつの間にか相手の背中に背負られた竹刀。

私は回避する為に木刀がインパクトする瞬間、ポイントがほんの少しズレていた。



相手は竹刀を受け流すと同時に右足を中心に回転し、受け流した力そのままに私の延髄に竹刀を叩き込んだ。



意識が一撃で刈り取られ………。


「アイタタタ」


頭に添えられた手の温もりに母の温もりの様な幸せの残滓を感じつつ、身を捻り来たまどろみとは程遠い身体の端々におこる痛烈な痛みに起こされる。


「おお、タキリの娘子が起きたぞ」


私が目を開くと心配そうに私を見詰めるザンバラ髪の少女が誰かに叫ぶ様に訴えていた。


「起きたか・・・。」


もう一人の声、少女が向いた先を目だけを動かし見ると背の高い青年が、無表情に少しばつが悪い色を混ぜていた。

私は起き上がり大丈夫だと言いたかったがダメージが完全に抜けきってないのか、はたまた最後の一撃が効いたのか動けないし声も思う様に出なかった。


「うー…あう~」


出たのはうめき声ともつかない声と、微動すらしない身体。

そんな私の姿を見て意を決したのか、少女は男に声をあげた。


「お主、毎回毎回言うが少しやり過ぎではないか? いくら能力者といえども相手はまだ幼き娘子ぞ」


少女が私を心配してか涙目で意見している。

この間、先生から聞いた話だと少女の一族は先生の一族を嫌悪または、畏怖しているらしい。

見た目は私と左程変わらない位なのに恐怖交じりに私の為に言ってくれる、そんな彼女の優しさに喜びを隠せなかった。

だから少しだけ動く左手で、彼女の腕を軽く握り。


「私は大丈夫」

「そうは言うても。毎度毎度、気絶するほど打ち込むと言うのもどうかと思うぞ。」

「大丈夫…あれでも師匠は手加減しているんだよ………多分」


そう、今回の模擬戦…師匠はかなりの手加減をしている。

どれくらい手加減してくれているかは解らないが、私には確信できる事がある。


「…どこがじゃ? 体中悲鳴をあげる位の鍛え上げと、修行の終わりを告げてるような容赦無い一撃のどこが?」

「私この間、師匠と私の実力はどれぐらい差がありますか? って聞いたんだ。そうしたら師匠、竹刀片手におもむろにアスレチックの鉄棒の前に行くとね…バターみたいに切り分けちゃって………」


今でも目をつぶればあの光景が映る、最初は冗談や手品紛いの技かと思ったが、みじん切りにしだした時は思わず師匠の手をとって逃げ出した位だ。

アスレチックの管理人さんゴメンナサイ、今度会ったら地に頭付けて謝ろう。


「それは、また…人の常識と付き合わせると、どこを突っ込めば良いか解らん位に常軌を逸しておるの」

「それだけじゃ無いんだよ、歩法を見て覚えろって言いながら池の水面を平然と走るし…最近先生は私に人類を棄てろって言ってるのかと錯覚するんだ」

「はは、それは気の毒に。常識外れの師匠の弟子は、次の無理難題で気が気ではないと言った所か」

「人事だと思って~」


半ば呆れている彼女と共に、話題の主を見ると素知らぬ顔で明後日の方向を見ていた。


「ふむ、流石にばつが悪いと見える」

「そんな事より」

「うぬ?」


唐突に話を切り替え、最近思っていた事を切り出すべく私は話しかけた。


「あのさ、服を買いにいかない?」

「な、なな何故じゃ?」


途端に慌てだす彼女を、私は逃がさないとばかりに腕を捕まえる。

彼女の名前は『岩長姫イワナガヒメ』遥か古代に存在した不変を司る神。

変化と寿命を司る妹『木花咲耶姫コノハナサクヤヒメ』と違いその醜さからニニギノミコトから嫁にいらないと言われた、女性として傷つけられた女神である。

しかし私はそう思わない、目元も見えないざんばら髪でボロボロの服を着ていてかなり昔の浮浪児に見える、初めて会ったとき私を覗き込むその顔は薄汚れていたものの綺麗な顔をしていたからだ。

多分この子は綺麗に着飾って、髪を整えればかなり美人になると私は確信した。


「…別にいいのじゃ、わらわは咲耶と違い醜い」

「そんな事ないよ、岩長ちゃんは醜くない!!」


おそらく時代の美醜の違い(昔の人の美人はきめの細かい色白の肌に小太りで、顔形はしもぶくれ気味の丸顔で顎先は丸く、引目と呼ばれる細い象眼。さらに髪は水分の多いしなやかな黒髪)と、それに伴う本人の引け目からの着飾ろうとしない所からだろうと私は考えた。

なにせ岩長姫は目はパッチリとしたドングリ眼、顎は細く小さな頭に細く小さな色白な体、髪はボサボサのザンバラ髪…完全に過去の美人の定義と逆だ。

だからこそ私は確信する、今という時代なら違うから大丈夫と!!


「一度着飾ってみようよ、ね?」

「まっ待て待て待て、何じゃおぬしの目は!? その目は見た事あるぞ、咲耶が人形遊びで………そういえば、お主。学校とやらに行く時間ではないか?」

「え?」


腕時計を見ると7時半…マズイ、家に帰ってシャワー浴びて学校に行かなきゃと私はこの話はまた後でと言って、木刀片手に慌てて帰った。

背後で助かったとばかりに溜息をつく岩長姫を残して。


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