外話 燕は永遠を意味する神の元へ
「う~」
神社へと続く上り坂、彼の背中から聞こえる少女の唸り声にふと足を止める。
いまだに治まらない荒れた息と、背中から伝わる熱い体温から彼女にとって先程の訓練はとても激しかったのだろうと解る。
『お前は、自分の身体能力の高さを理解していないから、やり過ぎるんだ』
かつていた同僚がいるなら確実に言われるだろう言葉だと彼は口の端だけで笑う。
時刻は六時半、修行は彼女の体力が尽き、酸欠による失神により終了した。
「全く、限界なら足を止めろと言ったのだがな」
誰となく言い訳を言う、彼も少しは責任があるからと理解しているからだ。
彼が殺意に近いプレッシャーをかけ、相手の動きを制限し操る『人形』の技を使って鍛え上げる案は、彼としては良い案だと思ったが問題があった。
彼は以前、これで『妹』を鍛え上げた実績で失念していた事…。
いくら能力者と言えども体力は一般人…基本的には耐えれないメニューだと言う事だ。
慣れない歩法による休み無しの全力疾走、しかも場所は急勾配の山の中の上に足場の悪い枯葉。
「まあ一ヶ月で一時間半持った、上出来…という所か」
妹には六時間ぶっ通しだったのはやりすぎだったのか? と彼は呟きながら歩き続ける。
しばらく歩くと神社の裏手に入る小道が見えて来る。
(さて責任がある私としては、此処で交渉を行う義務がある)
背中の少女を神社の縁側に横たえ、彼はこの神社に入ってからずっと覗いている存在に声をかける。
「出てこい岩長、見ているのは解っている。」
ザワッと森が彼の声に応えるように震えた。
「返答が無いようだな。もう一度言う、八方塞の北が会いたいと言っている。」
ザワッと今度は恐怖に戦く様に森が震える。
「はっ八方塞が何のようだ!?」
慌てた声が神社の境内に響く。
「頼みがある。取り敢えず出て来て貰いたい」
「な・・・何もしないか?」
「しない」
「本当か?」
「本当だ」
「わかった」
こちらが何もしないと解ったか、声の主が出てくる気配。
神社の角から顔を覗かせるざんばら髪の少女がヒョコっと、そう言う擬音が似合う登場を する。
「ようやく出て来たか。」
「…それで用とは何じゃ?」
少し怯えながらも、興味深々の犬の如く近寄ってくる少女。
トテトテと音を立てながら縁側を裸足で歩いてくる少女に向かって、彼は目を合わせるように一段下がった大地に立つ。
「この子の身体を治癒して貰えないか?」
「むっ。それだけか?」
少女の機嫌が途端に悪くなる。
「ああ、それだけだ」
「そんな小娘に、わらわの神の力を使えと言うのか貴様? いくら神を処断する八方塞と言えども赦さんぞ…」
尊大な言葉で大きな事を言ってはいるものの、八方塞~の言葉のあたりから恐ろしさの為か彼女の声は小さくなっていた。
「そんな小娘とも言えんぞ…よく見て感じてみろ」
「むっ」
彼の言葉に含まれた笑いに眉間を顰めながら、彼女はじっと横たわる少女を見つめると唐突にしゃがみ込み頭に手をかざす。
「これは、この波動は…!! 『多紀理毘売』の縁者か!!」
「解ってもらえたか?」
「むう、これでは助けぬわけにはいかん。これもご近所さんの縁という事じゃ」
「訳のわからん事を…頼めるか?」
「解っておる…神々の中でも、わらわの事を蔑まなかった多紀理毘売の縁者を見捨てたら…心までも醜いと言われるわ」
『神代』と呼ばれていた遥か昔、妹とは違い醜いと言われ蔑まれた自分を慰めてくれた年上の女神の一人を思い出した彼女は想い頷いた。
「そうか…では後は頼む」
少女の言葉を聞いて満足したのか、彼は踵を返す。
「お主どこに行く?」
「解っているだろう? 我々八方塞の意義を。元々は主神と我等『八方塞』の長『国之常立神』の要請で此処に着ただけだ…。それとその娘が気が付いたら、無理をするなと伝えておいてくれないか」
背中越しでも解る、自嘲の笑い。
彼は有無も言わせず、その場を立ち去る。
「しかし、あの男…何故この地に封じられて忘れ去られた筈のわらわを知っておる? それ以前に何所かであった気が…。それよりもこの地で…何が起こっておる?」
呟きは誰と無く空に消えた。