暗雲より見えた白い雷に雀がうたれる
今日が休みで良かったと、少し重たい身体で散歩をしながら考える。
今日は土曜日、たまたま学校は休み。
今朝は夢見の悪さから、心の澱みを振り払うかの様に予定にない『狩り』。
何時もならば狩りと狩りの間には休みを挟むのだが、先日の『サトリ』に乱入された日の次の日だと言うのに狩りに出てしまった。
あの夢さえ見なければ出なかった。
最近見ない夢だったのに、見てしまったのは何故と自問自答する。
出る答えなんて一つしかない。
『黒の『霧衣』を着てるって事は実戦に出てる実働部隊の人間。私はあんたに聞きたい事があって此処まで来た・・・白の『霧衣』を来た長身の男を知らない?』
先日会ったサトリの言葉、彼女の探す人物。
私には彼女の探す人物に心当たりがある。
その人物にはとても世話になった。
彼からは、色々な事を教わった。
身体の鍛え方、動かし方や励起法に世界の闇の部分。
「ふふっ」
ほんの二・三年前の事なのに、あの時の事はとてもとても懐かしく感じる。
そんな事を考えながら散歩していたせいだろう、私はある場所へと辿り着く。
そこは小さな公園、家の近くにある森の隙間にポツンと空が開けた場所にある。
いつものトレーニングに使う石上神社の森林公園とは違い、駐車場とかにしか使えない小さな公園でジャングルジムや滑り台、ベンチが一つしかない。
その中の三人掛けのベンチに近づく。
そう、彼はあの時ここに居た。
雨なんか降ってないのに、白銀のレインコートを羽織って。
あれから私は海を見に行かなくなった。
得体の知れない彼に恐怖したのもあるが、それ以上に私の心をざわつかせるモノがある。
それは『復讐』と言う言葉だった。
私はあの時の事を全部覚えている。
夜中に起きて見た、血で真っ赤に染まった台所。
調理してますと言わんがばかりに、テーブルの上に横たえられハラワタを引きずり出された真っ赤なお母さん。
母の身体を貪り喰う、あの蜥蜴の頭をした化け物。
………母の最後の言葉は、今でもハッキリと覚えている。
音に関しては誰にも負けない私は、あの掠れた小さな声で『早く逃げなさい』と言ったのだ。
それから後は余り覚えていない、私が叫び蜥蜴人間は驚いて逃げ日が昇り母の死体の横で泣きつづけていた。
そう泣きつづけていただけだ。
私は奪われた。
親を、家を、居場所を、日常を!!
許す訳はいけない、取り返すのだ。
そのためにどうすれば良い? と考えていたら、いつの間にかフラフラと近所の公園に来ていた。
遊具も少ない、小さな公園。
近くに海に面した石上森林公園があるせいか、子供も寄り付かない静かな公園。
逆にちょうどいいと、私は公園の中に入り考え込む。
その時だった、誰もいないと思っていた公園に一人いたのに気付いたのは。
私は思わず驚いて声を上げる所だった。
何故ならば、最近までよく見ていたレインコートを見付けてしまったのだ。
ベンチに腰掛けて寝ている、レインコートを着た男性。
今彼には少々出会いたくない、気味の悪さもあるが復讐に歪む顔を見せたくもないからだ。
しかし驚きは直ぐに治まる、痩せ型の長身やレインコート等の共通したところもあるが徹底的に違う所がある。
漆黒ではなく、白銀のレインコートなのだ。
違いに気付いてからは、私は思わずジロジロと見てしまっていた。
ジッと見れば違う所なんていくらでもある、顔はフードに隠れてあまり見えないが口には無精髭がはえているレインコートから見える手足は細身の身体からは想像つかない程ゴツゴツしていた。
そして一番気になるのは、レインコートの端から見え隠れする『柄』。
白銀のレインコートのインナー、黒一色の服に同化する様にあるつや消しした黒い鞘。
あれは、私じゃなくても日本人なら誰でも知っている物。
『日本刀』
日本人ならば、一番先に思い付く武器であり刃物。
私はそれから目が離せない、心の内から声が聞こえる。
『それを手に取れ』と、『復讐をするために奪え』と。
ベンチで寝ているであろう男を起こさないように、ユックリと近付く。
ソッと息を殺し、音を立てない様に。
5メートル
砂を踏む音さえ気をつけて
4メートル
違和感を感じさせない様に慎重に足を運ぶ
3メートル………!!
聞こえたのはキィンと言う鍔鳴りの音のみ、瞼を閉じる刹那の瞬きで目の前に刀の切っ先があった。
「っっつ!!」
いつの間にか男は起きていた、フードの奥から感情を感じられない鋭利な刃の様な眼を覗かして私の方を見ていた。
切っ先はちょうど一寸(約3cm)、喉元の前にある。
「君は………何だ?」
恐怖や驚愕より頭が真っ白になった、フードから覗く男の眼。
心の奥まで覗き込まれそうな、その鏡の様な漆黒の瞳に私はのまれた。
「あっ私は………」
再び聞こえる納刀の音に、私は腰を抜かす。
男の眼には私の姿はなかった。
腰を抜かした私の姿に、危険や警戒する必要性を感じなかったのだろう、彼の眼からは無関心さが現れていた。
「まって!!」
ベンチを立ち去ろうとしていた彼の背中に、私は思わず声をかけていた。